第79話 三週間の成果
「こうして集まるのも久しぶりだな」
感慨深そうに呟いたのは一真だ。
週明けから文化祭の準備が本格的に始まるという土曜日。学校終わりに一真、拓海ともう一人の四人でファミレスに集まってもらった。
「それで、何でこいつが居るんだ?」
「……すみません」
雨宮が眉を寄せながら言葉を発した一真に謝罪した。
彼がこの場に居る事は本人の所為では無いので、連れてきた湊が口を挟む。
「たまたま見つけたんで引っ張ってきた。一緒に居るのが嫌だったら帰すが、二人共大丈夫か?」
時間に追われている訳では無いので、一真と拓海には二人の用事を優先してもらった。
その結果、一真は先に百瀬を家に送り、拓海は何かあったようで遅れ、湊だけがファミレスに向かっている際に雨宮に出くわしたのだ。
聞くところによると家に居ても気が滅入るという事で、単に目的も無くぶらついていたらしい。
なので連行してきたのだが、これは湊の独断だ。腫れ物扱いをされている雨宮と一緒に居たく無いという可能性もあるので、一真と拓海には無理強い出来ない。
湊も単に情報源という枠で連れてきたので、優しい言葉を掛けるつもりは無く、包み隠さず話した。
「お前が連れてきたのかよ、自分に暴言を吐いた奴と仲良くするとは相変わらず優しいねぇ……。まあ、俺は大丈夫だ」
「僕も大丈夫だよ。詳しい話も聞けそうだしね」
「程々にな。さて、とりあえず注文するか」
一真が呆れ気味に、拓海が穏やかに笑いながら同席を許可したので食べ物を注文し、全員分届いたところで二人が雨宮の近況について尋ねた。
本人も黙るつもりは無いようで、あっさり自分の置かれている状況を話す。
「――今はこんな感じです」
「自業自得ではあるが、変わろうとしてるのは良いんじゃないか?」
「僕も同じ意見だね。噂に聞いていた人柄よりずっと話しやすくて良いと思うよ」
「……ありがとうございます」
一真達にあっさり受け入れられるとは思わなかったのか、雨宮がたどたどしく感謝の言葉を口にした。
その態度を見て、二人が目を見開いて驚愕する。
「……本当に変わったんだね。僕からは頑張ってねとしか言えないけど、応援してるよ」
「俺もだな。仲良くするつもりは無いが、頑張れよ」
「はい」
「それで、今回集まった理由は何だい? 湊の事だから単に喋りたいって訳じゃ無いんだろ?」
雨宮の話が一段落したことで、拓海が今日の集まりについて切り出してきた。
言われた通り単に遊びたいからと呼び出した訳では無いので、本題に入らせてもらう。
「そうだな、じゃあ早速。この三週間で二ノ宮との距離を大分縮める事が出来たんだが、あまりに俺の周囲が平和過ぎる。正直異常なくらいだ、何か知らないか?」
夏休みが明けてから今日まで、嫉妬の視線は相も変わらず向けられている。
だが陰口こそあれど、湊に対して面と向かって非難の言葉を浴びせる人が全く居なかった。
谷口の時のように踏み台にされることや、最悪暴言を吐かれることすら有り得ると思っていたにも関わらずだ。
愛梨の方も文化祭の誘いは多いらしいが、断るとあっさり引いてくれるようで拍子抜けだと言っていた。
断る際も最初はただ単に断りを入れ、引き下がらなければ湊とまわるという事を伝えると、それ以上食い下がる事は無いらしい。
静かすぎて不気味なくらいなので、今日雨宮も含めて集まってもらい、ここ最近の情報を整理しようと思ったというのが今日の発端だ。
「じゃあ僕の方から言おうかな。湊と二ノ宮さんの関係に対しては、ほぼ親密な関係じゃないかって事が浸透してるよ」
拓海の発言はある程度予測していた事だ。
昼飯、そして放課後に二人で行動するという事は、少なくとも友人、もしくはそれ以上の関係でなければならないだろう。
そして愛梨の男子に向けての対応を考えれば、湊に対しては気を許しているというのが分かる。
であれば、親密な関係になっているという噂が流れるのはおかしな事ではない。
だが、それにしても疑問は残る。
「にしては文句を言う人が少ないな……。陰口は言われてるけど」
「まず尻込み、もしくは今まで傍観していた人からは、行動に移した湊に文句を言う資格なんて無いってことで、その人達は大人しくなってるのが一つ」
「話したければ行動に移せばいいしな。……俺だって二ノ宮と接点が無ければ傍観者側だったから強くは言えないが」
愛梨と話したければ行動に移せばいい、という湊の意思は前から変わらない。
そもそも同居しているという事から始まらなければ、届かぬ高嶺の花というくらいで彼女を遠くから眺めているつもりだったのだから。
あくまでも湊達の状況は偶然の結果から始まっているだけであり、行動に移さなかった人達に向けて何かを言うつもりは無い。
拓海の発言には続きがありそうなので、次を促す。
「それで、次は?」
「次は行動に移した側だね。当然やっかみが酷かったけど、谷口が湊にお願いしても駄目だったのと、湊を逆恨みしても二ノ宮さんに近づく事は出来ないって事で大人しくなってるよ。代わりに湊の言う通り陰口は増えたけど、あれは言葉を選ばないのであれば負け犬の遠吠えだし、湊も気にしてないだろう?」
「そりゃあそうだ。俺を貶めたからって、二ノ宮が他の誰かと親密な関係になる訳ないだろ。陰口に関してはもう何も気にしてないな」
湊を非難したところで、その人に愛梨が靡く訳が無い。仮に湊を抜きにしても、他人を貶めて自らを良く見せようとする人を彼女は嫌う。
そして面と向かって湊を馬鹿にする人がいた場合、彼女が激怒するであろう事が予想出来る。
実際今隣に座っている雨宮や、名前は知らないが一年生で湊を侮辱した人、そしてこの前の昼飯時に湊を非難した人に対して彼女は怒ったのだから。
また、愛梨と二人でよく行動するようになってから一週間経ち、湊の陰口も増えてきた。けれど、正面から言われていないので特に気にもしていない。
呆れ気味の言葉に拓海が穏やかな笑みを浮かべる。
「ならいいさ、あんな言葉なんて無視するに限るからね」
「ああ、もちろんだ。……話を戻すと谷口だな。俺の良い噂を広めてくれるのは有難いが、それだけであんなに周囲が大人しくなるのは変じゃないか?」
いくら谷口が発言力がある人物だからといって、それだけで周囲が黙るのは異常だ。
例え愛梨に近づけずとも湊に文句を言いたい人はいるだろう。
それすら無く、ただ陰口を言われるだけなのだから、彼にしっかり向き合ったからいうことでは片付けられない。
湊が訝しんでいると、拓海が苦笑した。
「意外と他人の恋愛事情には首を突っ込まないのさ。それに、湊に文句を言ったところで、話したければ自分で話せって言われるのが落ちだって、谷口の一件で皆分かったんだと思うよ。だからそんなに神経質にならなくても良いんじゃないかな」
「そうだったら嬉しいけどな」
湊が覚悟を示せたことで周囲が納得してくれたというのなら有難い。トラブルが起こらないのが一番なのだから。
だが、拓海の言葉を聞いても胸の不安は消えてくれなかった。
「という訳で僕からは以上だよ。次は一真かな」
拓海が話を終え、手振りで次をどうぞと促したので一真が口を開く。
「拓海が殆ど話したから、俺からは紫織伝いで二ノ宮さんの状況だな。紫織曰く、湊に関する話をしようとした瞬間に壁を張るから、その話は厳禁なんだとさ。特に湊を馬鹿にした奴に対して怒ったのが決定的みたいだ」
「二ノ宮が苦労してないならそれでいいが、怒った事で周囲から浮いてないか?」
「どうやらそれが良い方向に働いたようで、女子から好意的に受け止められたらしい。二ノ宮さんに想い人が居たことで、他の女子の敵に回らないことが分かって安心したんだろうな。それに、二ノ宮さんの熱を持った態度を見れたことで周囲との距離が近づいたって聞いたぞ。良い事じゃないか」
一真が明るい笑みを浮かべているので、愛梨は問題無く周囲に受け入れてもらえているらしい。
湊を思って怒ってくれたのはいいが、爪弾きされていないかと心配だった。だが、話を聞く限り杞憂に終わりそうで何よりだ。
それに、男を作らない愛梨に自分の意中の男子を取られないか、という女子の心配も無くなったのと、彼女にも女子高生らしい感情があるという事が分かったので、女子が近付きやすくなったのだろう。
上手くいっている事に安堵し、溜息を吐く。
「だったら一安心だ」
「そんなに心配すんなって、紫織もいるんだからな。短いけど俺はこれくらいだ。じゃあ最後は雨宮だが……、何かあるか?」
一真に話を振られたことで雨宮に視線が集まる。
それを受けて、気まずそうに苦笑した。
「俺からは何もありません、なにせ話す人が居ないので。……強いて言うなら九条先輩の陰口を聞くくらいですね」
「それくらいならもう分かり切ってるから、予想の範囲内だな」
どうやら三人の話からすると、今のところ陰口を叩かれるだけで済んでいるようだ。
ここまで話してくれた事に頭を下げる。
「皆ありがとな」
「気にすんなって、お前は神経質になりすぎだ。それに誰に文句を言われても譲るつもりは無いんだろ?」
「当たり前だ。二ノ宮が俺を嫌いにならない限り、その隣を譲るつもりは無い」
嫌われるような事をするつもりはないものの、愛梨が離れたいと言うのであればそれを引き留めはしない。彼女の幸せが一番なのだから。
そうなってしまった時は湊の力が足りなかったのだろう。
だが、そうならないように出来る限り気遣うつもりだし、周囲に非難されても離れるつもりは無い。
一真の言葉にキッパリと言い返すと、三人の顔に苦笑が浮かんだ。
「なあお前ら、これでまだ付き合って無いんだぜ」
「僕、これだけでも湊達の関係が分かったよ」
「というかあの時の二ノ宮さんの態度からして、どう考えても脈有りでしたからね。……いや、俺が言うなって話ですが」
「……うん? 雨宮、折角だからその時の状況を教えて!」
「そう言えば俺も詳しい状況教えてもらって無かったな。俺にも聞かせてくれ」
雨宮の言葉に一真と拓海が目を輝かせた。
あの時の状況は二人に詳しく話していないので知りたいのだろう。
「え、えっと……」
困ったように雨宮がこちらを見る。その表情からは「本当に言っていいんですか?」という内心が透けて見えた。
当然ながらバラされたく無いので、首を横に振って否定する。
「……無しだ無し。雨宮、言うなよ?」
「了解っす」
「まあ、それならそれでいいが、口止め料は必要だよなぁ?」
「そうだね、軽く摘まむ物だけじゃあ物足りないなぁ」
「お前ら……」
一真と拓海が悪い笑みをしながら「黙って欲しければ奢れ」と暗に伝えてきた。
単にこの場を和ませる為だろうと、溜息を吐いて許可する。
「はぁ、人の足元見やがって。分かった、けど頼みすぎるなよ。雨宮も良いぞ」
まさか自分も頼んで良いと言われるとは思っていなかったのだろう。
雨宮の目が驚きに見開かれる。
「いいんすか?」
「ここまで来たら奢るのが一人増えても変わらん。代わりに、今日の話は誰にも言うなよ?」
「当然です、言いません」
「ならよし」
そうして意外な四人での食事は結構盛り上がり、想像以上に楽しい時間を過ごした。




