第67話 夏休み明けの相談
夏休みも最終日であり、明日から学校が始まる。
課題はとっくの昔に終わっているので焦ってはおらず、それは湊の傍でくつろいでいる愛梨も同じだ。
夏祭りから今日まで、少しの間はあったが湊達の関係は特に変化していない。
どうなることやらと思ったが、彼女の態度は拍子抜けするくらい全く変わらなかった。
その結果お礼の件を聞く事は出来ず、これ以上近づきも、離れもしない微妙な距離を保っている。
とはいえ、明日からの事はしっかりと話し合う必要があるだろう。
「なあ愛梨、俺達外で距離を近づけるとは言ったものの、具体的にどうしようか?」
「そうですねぇ……、とりあえずはお昼ご飯でしょうか。湊さん達と一緒に食べようと思います」
基本的に湊と愛梨は学食を利用している。
コンビニ弁当は学食より値が張るし、作るとなると内容が一緒になる。そこから万が一にでも親しい事がバレる訳にはいかないので、随分前にお互いに止めようという話をしていた。
そして湊は一真と食べる事が多いものの、彼は友人が多いので毎日という訳では無い。
また、一真が居る時は百瀬も一緒の場合が殆どだ。とはいえ夏休み前は百瀬が愛梨にべったりだったので、あまり三人で昼飯を食べていないが。
四人とも学食を利用しており、一緒に行動してもおかしくないので、第一歩としてはいい落とし所だろう。
「妥当なところだな」
「でしょう? それでお昼時に湊さんと一緒に居ることが違和感じゃなくなれば、次は放課後ですかね」
「また噂になりそうな所を……。まあ、その次って言ったら、確かにそれくらいだろう。放課後は別れて家に帰ってくるって感じになりそうだな」
夕方に愛梨と会うようにするのは構わないが、同居している事が知られる訳にはいかない。
一応家族であり何も悪い事はしていないものの、良い目では見られないだろう。
夕方は一真達と別れた時点で愛梨とも一度別れ、別々に家に帰ってくるというのが良いと伝えると、彼女も同じ気持ちなのか、頷きを湊に返した。
「最初はそれがいいでしょうね。問題というか疲れる所は、私達の家と紫織さん達の家が微妙に離れている事ですかね」
「そこらへんがややこしいんだよなあ……」
一真達の家と湊のバイトしている場所は結構近いので、バイトに行く時は一緒に帰る事がある。
だが、今の湊の家と一真達の家は微妙に離れているので、登校も下校も遠回りになるだろう。
面倒臭い事になるなと苦笑いしていると、愛梨が申し訳なさそうに沈んだ表情をした。
「最終的には紫織さん達が居なくても、私と湊さんだけで夕方一緒に行動できれば問題無いでしょう。紫織さん達にずっと迷惑を掛ける訳にはいきませんし、あの二人には二人の付き合いという物がありますから」
「だな、一真達に付きっ切りになってもらう訳にもいかないし、そこまで迷惑をかけられないからな」
今までも一真達と四六時中一緒に居た訳では無い。
外で愛梨との距離を縮める為とはいえ、一から十まで世話を焼いてもらう訳にもいかないし、そもそもあの二人は湊以外にも友人が多い。
無理して一真達が湊達に合わせた結果、一真達の友人関係に亀裂を入れたくは無い。
なので、どこかの段階で愛梨と二人で行動できるようにしなければとは湊も思っている。
本当に大変な事になるだろうなと気が重くなっていると、愛梨が頭を下げてきた。
「すみません、私が今まで周囲とあまり関わらなかったから……」
「いや、それを言うなら俺が愛梨と並んでも変じゃなければ良かったんだ」
夏祭りの時にも話してはいるが、この状況はどちらの所為かと言われれば湊だろう。
結局のところ話題になるのは「なんであんなパッとしない先輩と一緒に居るんだ?」という事に尽きるのだから。
傷つくのは構わないとは思っているが、顔の形は変えられない。
「でしたら、前にも言った通り二人の所為という事にしましょう。それに、湊さんは私のお願いを聞いてくれましたから、それだけで十分ですよ」
ままならないものだと苦笑していると、柔らかい声が耳に届いた。
愛梨のお願いは湊も望むところであり、気に病んで沈んだ表情を見せると彼女が心配してしまうので、ここは甘えさせてもらおう。
「ありがとな」
「お礼を言うのはこちらの方ですよ。……こんな事になるならもう少し男子とも仲良くしていれば良かったです」
ぽつりと呟かれた言葉を聞いて、醜く黒い感情が心に生まれ、湊は顔を顰めた。
愛梨を束縛するつもりや独占するつもりは無いものの、彼女が他の男と仲良くするというのは気分の良いものではない。
「……それは、ちょっと勘弁してくれ。あんまり想像したくない。いや、他の男に関わるなって言いたい訳じゃないんだ」
「ふふ、ごめんなさい、意地悪すぎました。安心してくださいね、私が一緒に居たいと思うのは貴方だけですよ」
湊の嫉妬と独占欲に対して嬉しそうに愛梨は顔を綻ばせた。
その笑顔と湊の感情を肯定する言葉にますます申し訳ない気持ちになる。
「悪い。みっともないな、俺」
「いえ、全く。正直嬉しいので。という訳で二人共納得の上でこうなっているんです、気にしないでくださいね」
「ああ」
「でしたら、二人で苦しんで、二人で頑張りましょうね」
そう言って愛梨は湊に身を寄せ、頭を撫でてきた。
至近距離の穏やかな笑顔と優しい指使いが心に沁みる。
これから苦労するのが分かっていつつも、それを受け入れてくれる事が嬉しくて湊も顔を綻ばせた。
「ありがとな」
「お礼なんていいんですよ。もっと甘えてください」
「……夏祭りの日にそう言った割には、今日まで特に何もしなかったな」
あの日甘やかすと言ったのにも関わらず、今日までそれ以上の事を愛梨はしなかった。
しかし、こうして慰めているのはなぜだろうかと疑問が口から出た。
すると、彼女はいつも湊をからかう時の悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「普段から用も無いのに過剰なスキンシップは駄目でしょう? けれど、貴方を甘やかせるような事があれば遠慮なくこうしますよ」
その言い方からすると、何かがあれば全力で湊を駄目にしてくるようだ。
確かに湊達は今のところ同居人なので、何も無いのに甘えたりくっつくのはおかしいだろう。
普段から近い距離にいたり、湊が頭を撫でる事や背中をくっつけるのは過剰ではないのかとは思ったが、今更離れられると寂しく感じてしまうので言わないでおく。
代わりに、湊を蕩かすような笑顔をしている愛梨へのお返しを口にする。
「じゃあ俺も愛梨に何かあれば俺に出来る事をする。遠慮しないでくれよ?」
「ええ、遠慮しませんから。一杯甘えますし、甘えさせますよ」
これから先、簡単にはいかないだろう、大変な思いをする事もあるはずだ。けれど湊の胸の内は不安で曇っておらず、むしろ晴れやかですらある。
その理由である湊を撫でている少女を見つめながら、互いに笑い合って夏休み最後の夜は更けていった。




