第58話 アクセサリー
本当に申し訳ありませんが、納得がいかなかったので前話の前半部分を変えています。
変な箇所がありましたら言っていただけるとありがたいです。
「で、何を買いたいんだ?」
一真達と一緒に来た時と同じショッピングモールに着いたので愛梨に尋ねてみた。
真昼間であり、なおかつ人が多いので、彼女は最近よくやっている湊の服の裾を掴む事はしていない。
ここに到着するまで掴みたそうにそわそわしていたが湊はあくまで男避けなので、そんな事をする訳にはいかないのをきちんと分かっているのだろう。
表情もいつも一緒に家に居る時の明るいものではなく、ほぼ無表情に近い。
完全に外行きモードと言いたいが、話す時だけは少しだけだが家に居る時のようなにこやかな表情になるので知り合いにバレないかと内心冷や汗ものだ。
「そうですね。二つありますが、先ずは小物からです」
「小物って、足りない物でもあったか?」
「いいえ、違いますよ。まあついてきて下さい」
そう言って隣に並びつつも、ほんの少しだけ湊の先を歩く愛梨の姿を見ながら、どうか今日は知り合いに会いませんようにと願った。
「アクセサリーショップ?」
「はい。ここに買いたい物があるので、と言うよりは見つけたいので、と言った方が正しいかもしれませんね。一応言っておきますけど、ヘアピンが嫌だからじゃないですよ」
「……なら良いんだが」
湊が連れられたのは以前ヘアピンを買ったアクセサリーショップだ。
こちらの思考を読んだのか、完全に先回りしてヘアピンの件を話したので思わず苦笑してしまった。
彼女も女の子なのでこういう物は気になるのだろう。
先程湊が選んだ物を着けたいと言っていた事に反しているように思えるが、愛梨には愛梨の事情があるので文句を言うつもりは無い。そもそも彼女は自分の物を買うとすら言っていない。
だが、どんな理由があるにせよ、こういう場所に用事があるのには違和感を覚えた。
「目当ての物が見つかるといいな」
疑問をここでぶつけても何も良い事はない。折角のお出掛けに水を差して機嫌を悪くしたい訳ではないので、口には出さずに疑問を飲み込む。
大人しく愛梨が選んでいるのを傍で見ようと思ったのだが、きょとんと首を傾げられた。
「何言ってるんですか。湊さんも選ぶんですよ?」
「……は? 何で俺もなんだ?」
一つのアクセサリーを二人で見る理由が分からない。
愛梨が気に入った物を買えばいいだろうと今回は疑問を言葉にすると、彼女はやれやれと言わんばかり首を横に振った。
「私が選んでいる物の種類に気づきませんか?」
「種類? ……ちょっと待て、何でペアなんだ?」
愛梨が見ていた商品はペアアクセサリーだった。
確かにそれならば湊も選ばないといけないが、そもそも選択が間違っているのではないだろうか。
その質問に彼女は先程までの無表情を崩し、ほんのりと悲しそうに目を伏せる。
「湊さん、ヘアピンの事を気にし過ぎていますから。ここら辺でアクセサリーに対する負い目を払拭してもらおうかと思いまして」
「ならペアじゃなくて別のでもいいだろ」
「それと、私が湊さんに普段のお礼としてプレゼントしたいんですよ。一緒に見ておいてプレゼントも何もありませんがね。そんな訳で二つを同時に満たすにはこれしか無いかな、と思いまして」
悪戯っぽく微笑む愛梨に湊は溜息を吐く。その表情が外行きのものでは無くなっているが、気にしている場合ではない。
こんなものを互いに身に着けてしまえば、男避けという言い逃れなど出来なくなる。
決して嫌ではなく、むしろ一緒のものを身に着けることが出来るというのは嬉しいのだが、許可する訳にはいかない。
「駄目だ。一緒のものを身に着けていることが周りにバレてみろ、確実にネタにされるんだぞ?」
「……なら、こういう場所では着けないようにしますから。どうしても駄目でしょうか?」
愛梨が透き通った碧色の瞳をうっすらと濡らしながら湊を見つめるので、心が揺れてしまいつつも、話を逸らして否定する。
「普段のお礼というなら既に十分もらってる。それに家の事をしてもらってるんだから、気にしなくていいぞ?」
「それだけじゃ足りないんです。というかそれ、私がしたくてやっている事ですし、お礼じゃありませんよ。……本当に駄目ですか?」
「……人気のあるところでは着けないってのをしっかり守れるか?」
「はい、もちろんです」
「……なら買うか」
「ありがとうございます!」
結局湊の方が先に折れてしまった。瞳に涙を溜めながら不安そうに見つめるのは反則だと思う。
しっかりと約束をしてから許可すると、愛梨は鮮やかな満面の笑みになった。
その笑顔を見て疑問が浮かぶ。
(物欲の無い愛梨が理由があるからってペアを選ぶか? それに外で着けれない物を買う意味は何だ?)
愛梨は無駄な買い物を嫌う。今回の件はそれに当てはまるのではないだろうか。
それに、アクセサリーというのは外に出る際に着けるものであり、人目の無いところでしか着けないという事になれば、それは買う意味が無いのではないかと思う。
だが、買うことが決まると花が咲くような笑みを浮かべた。湊にはその理由が分からない。
(いや、余計な事を考えるべきじゃないな)
考えたところで答えは出ないのだ。それに、今更発言を取り消す事も出来ないし、するつもりも無い。
頭を振って疑問を追い出していると、買うと言ったにも関わらず湊が選んでいないのが不満なのか、愛梨がムスッと拗ねた顔になった。
「湊さんも選んでくださいよ」
「はいはい、分かったよ。それと、表情に気を付けろよ。完全に消せとは言わないけど、ある程度はな」
愛梨が家に居る時の様な感情豊かなところを周りに見せているので注意すると、すっかり忘れていたのか急いで表情を取り繕った。
「……すみません、気を付けます」
「頼むぞ」
アクセサリーを選びつつ周囲を盗み見ると、先程の湊達のやりとりをばっちり見られていたのだろう。他の客や店員までもが微笑ましいものを見るようにこちらに視線を向けている。
既に手遅れのような気がするが、どうやら愛梨は選ぶのに夢中で周りからの生暖かい目線に気付いていないようだ。
羞恥心で頬が熱を持っているのを自覚しつつ、目線を周りに向けないよう湊は必死にアクセサリーを選んだ。
「これはどうだ?」
「いいですね、これにしましょうか」
周りからの視線に慣れる頃にはいつもの調子に戻り、暫くあーでもないこーでもないと二人で悩んでいたものの、ようやく互いが納得する物を見つけた。
シンプルなリングのネックレスで、女性側がピンクゴールド、男性側がシルバー。
簡素な作りなものの、二人共派手な物は好まないのでこれくらいがちょうどいい。値段も見た目相応の安さだ。
(あれ? この人……)
商品をレジに持って行くと、会計をしている女性の店員はどこか見覚えのある人だなと思った。
おぼろげな記憶を引っ張り出す。そこまで詳しく顔を覚えてはいないが、ヘアピンを買った時に質問した人とおそらく同じだ。
別に会話する仲ではないし、あちらも湊の顔など覚えていないだろうと思ったのだが、会計を終えた際に店員から声が掛かった。
「ヘアピン、受け取ってもらえたんですね」
「っ!? ……そうですね。一応喜んでもらえました」
以前話した客の隣に、この店で買ったヘアピンを着けた人が居ればそう判断するに決まっている。
だが、まさか話しかけられるとは思っていなかった。なので驚いたものの、表には出さずに返答した。
愛梨は湊がいきなり話しかけられたことに一瞬だけ驚いて目を見開いたが、すぐにいつもの無表情に戻った。
「お幸せに。それと、また当店を利用してくださいね、初々しいカップルさん」
「……ありがとうございます」
完全にカップルだと思われているようだが、ここで否定しても意味は無いのでお礼を言って店を出た。
隣を歩く愛梨の顔はほんのりと朱に染まっている。湊と同じでまさか店員に茶化されるとは思っていなかったのだろう。
会話が無くなり、手が触れるか触れないかの位置に彼女がいるのがもどかしく感じてしまう。店を出てまで甘く気まずい雰囲気になるとは思わなかった。
何を話せばいいかと悩んでいると、おずおずと愛梨が前を見ながら話しかけてくる。
「あの人、知り合いなんですか?」
「前にヘアピンを買う時に花の名前を聞いたんだ、それで覚えられたんだと思う」
「……そうですか」
ぎこちなく、お互いを探るような会話をする。
横目で愛梨を見ると、まだ頬の赤みは引いていない。
「……私達、恋人に見えたんでしょうか?」
「……知らん」
互いの頬の赤みはしばらく消えることが無かった。




