表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/166

第48話 彼女の本当の笑顔

「やっぱりじっとしてると暑いですね」

「真夏だからなぁ」


 愛梨を普段の調子に戻してウォータースライダーに並んでいるが、この施設の目玉アトラクションであり、かなりの人が並んでいる。

 しかも夏真っ盛りなので、じっとしていても汗をかいてしまう。

 やると決めたのは自分達であり文句こそないものの、照りつける日差しにはうんざりする。


「大丈夫か? 熱中症には気をつけろよ」

「分かってますよ。そういう湊さんこそ気を付けて下さいね」

「勿論だ。……気になったんだが、愛梨は肌大丈夫なのか?」


 愛梨は雪のように真っ白な肌をしていて、日焼けとは無縁に感じられる。

 日焼けや紫外線が駄目ということは聞いてはいないものの、心配になったので尋ねてみた。

 湊の言葉を聞いて、心配するなというように愛梨が柔らかな笑みを浮かべる。


「肌ですか? ちゃんと紫外線対策はしてるので大丈夫ですよ。更衣室で日焼け止め塗ってしまいましたから」


 普通日焼け止めというのは背中側は誰かが塗るものだと思うが、違うのだろうか。

 愛梨はワンピースタイプの水着なので、背中側はそんなに必要無いと言えば確かにその通りなのだが、気にはなる。

 別に日焼けした肌が嫌いという訳では無いが、折角のシミ一つ無い肌が焼けてしまうのは勿体無い。


「ならいいんだが。よく一人で塗れたな」

「背中側とかの手が届かないところは紫織さんに塗ってもらいましたよ」

「愛梨の肌ってすべすべで、もちもちなんだよ!」

「はぁ……」


 愛梨が更衣室で塗ってもらった時の事を思い出したのか、困ったように眉を寄せながら溜息を吐いた。

 彼女が湊以外にこういう露骨な態度を取るのには正直驚いたものの、百瀬と打ち解けて遠慮が無くなっている証拠だろう。

 だが、愛梨の溜息が気になったので百瀬をじとりと睨む。


「百瀬、お前どんな事したんだよ」

「えー? そんなに聞きたいの?」

「そうじゃない。愛梨の嫌がる事をやってないだろうな?」

「…………大丈夫だよ、ねえ愛梨?」

「待て、今答えるまでに少し間があったぞ。愛梨、本当か?」

「私、止めてって言ったんだけどな……」


 愛梨が虚ろな目をしながら言ったのでやはり無理矢理やっていたのかもしれない。

 湊が疑いの目で百瀬を見ると、焦った顔で首を横に振った。


「ち、違うんだよ。あんまりにも触り心地が良くて、つい興が乗っちゃったんだ。悪気は無かったの、ホントだよ!」

「お前なぁ……。愛梨、大丈夫だったか?」

「まあ、心底嫌という訳では無かったですし、何とか大丈夫でした」

「ならよし」

「でも他に日焼け止め塗れる人はいないし、これからもわたしが塗るからね。大丈夫、次は今日のような事はしないから!」

「正直遠慮したいなぁ……」


 愛梨は次を想像したのか、肩を落として落ち込んだ。

 彼女が本気で嫌がっている場合はこういう対応を取らないと思うので、過剰なスキンシップに困っているだけだろう。

 とはいえ、百瀬は一応大丈夫とは言っているが、愛梨の態度からしてあまり信用できないのは確かだ。

 流石に見かねたのか、自信満々に言う百瀬に一真が苦言を(てい)する。


「紫織、分かってるとは思うけど、女同士だからってやったら駄目な事もあるからな?」

「なんだよー、一真まで。皆してそんなに言うなら、今度からわたし以外がすればいいじゃない」

「百瀬以外に誰が出来るって言うんだ。お前が余計な事をしなければいいんだよ」


 湊と一真が文句を言ったものの、百瀬以外の人が愛梨に日焼け止めを塗る事は出来ない。

 というか万が一にも一真に塗らせるくらいなら湊がやる。断じて愛梨の肌に触れたい訳では無いが、百瀬以外の人が塗るとなると湊しかいないだろう。

 とはいえ、それを言う訳にも実行する訳にもいかないので百瀬を注意すると、一瞬だけニヤリとした笑みを見せた後、拗ねたように頬を膨らませた。


「ふん、もう知らない。いっそ湊君に塗ってもらえばいいんだよ」

「湊さんにですか!?」


 愛梨が頬を染めて素っ頓狂な声をあげる。

 百瀬がほんの少しだけ見せた顔から察するに、ここまでの流れはワザとやった可能性がある。

 だが、百瀬の策に乗る訳にはいかない。

 先程まで一真にやらせるくらいなら湊がやると思っていたものの、冷静になるとやはり男が肌に触れるべきではないだろう。


「百瀬、俺が愛梨に触れられる訳ないだろうが。だから、お前が変な事をだな――」

「湊さん、そんなに私に触れるの嫌だったんですね」


 急に愛梨が暗い声を放つ。先程までの彼女の表情からは考えられない声色だ。

 どうしたんだと思って愛梨を見ると、どんよりと濁った眼をしている。 


「……なんで俺が責められてるんだ?」

「だって湊さん、私に触れたくないみたいですし」

「いや、触れたくないというか、普通駄目だろ。日焼け止めだぞ、頭を撫でる事なんかより比較にならないからな?」

「分かってます。でも、湊さんなら良いですよ?」


 愛梨が頬を赤らめて湊を見上げてくる。

 いくら彼女から一番信頼されているとはいえ、湊は異性なのだからしっかり線を引くべきだろう。

 実際のところ、もし湊がやることになった場合、平常心を保てる自信が無いので止めさせるべきだ。


「愛梨、俺男なんだが」

「知ってますよ。当然じゃないですか」

「お前、男に触られたくなんかないだろ?」

「他人に触られるのは死んでも嫌ですね」

「なら――」

「でも湊さんは特別です。という訳で、次からお願いしますね」

「……」


 くすり、と頬を染めながら妖艶に微笑む愛梨に見惚れてしまい、反論が出来なかった。


「おい紫織、何燃料を追加してんだ」

「……ごめん、まさかここまで燃え上がるとは思わなかった」





 愛梨が妙に上機嫌になったところで、湊達の番が来た。


「さあ、次の方。お二人でしたら前と後ろを選んでくださいね」


 この施設のウォータースライダーは二人でも滑れるので、係員の方が尋ねてくる。

 愛梨は初めてなので、折角だから誰かと一緒の方が良いだろうと思って二人にしたのだが、百瀬ではなく湊が一緒になった。


「なあ愛梨、本当にいいのか?」

「はい、よろしくお願いしますね」

「分かった、ならどっちがいい?」

「……そうですね、なら前でいいですか?」

「初めてで前って度胸あるなぁ。まあいいか、じゃあ先に座ってくれ」

「はい」


 そう言って愛梨が準備を終え、次に湊の番になったのだが正直困った。

 確かに二人でも滑れるし、そういう専用の浮き輪も借りた。

 密着する訳ではないので滑る分には大丈夫だとは思うが、何かの拍子に彼女の肌に触れてしまうかもしれない。

 そもそも座り方からして湊の太股に愛梨の頭が触れてしまうだろう。

 湊が動かずに固まっていると、彼女が眉を寄せる。


「湊さん、後が詰まってるんですから、早くお願いします」

「……多少触れても怒らないでくれよ?」

「そんな事しませんから」

「じゃあ失礼して」


 許可をもらえたので安心して愛梨の後ろに座る。

 湊の太股が愛梨の頭の横に来る形になるが、特に気にはしていないようだ。

 しっかりと準備を終えると係員が湊達を押し出した。


「それじゃあごゆっくりー」


 このウォータースライダーは目玉アトラクションということもあり、長めの距離がある。

 結構なスピードが出ていて最初は結構怖いと思うのだが、愛梨が悲鳴を上げる事は無い。

 滑りながらも声を掛ける。


「怖くないか?」

「はい、楽しいです。結構速いんですね」

「ならよかった。速度が出るから悲鳴を上げるかなと思ったんだが」

「そっちの方が湊さんの好みなら上げましょうか?」

「いや、愛梨が楽しんでくれたならそれでいいんだ」

「ふふ、ありがとうございます」


 愛梨の表情は見えないものの、弾むような声だ。

 湊も楽しいことは楽しいのだが、愛梨の頭に意識が行ってしまう。

 こんな状況になる事など無かったし、ましてや今は水着だ。

 曲がりくねった道をスピードを出しながら通過するので、愛梨の頭が内太腿に触れる事が多く、くすぐったいというかムズムズする。

 彼女は純粋に楽しんでいるので、余計な事を考えては駄目だと必死に愛梨の体から意識を逸らしているうちに終わりが来た。


 プールに勢いよく突っ込み、視界が水で埋め尽くされる。

 水面から顔を出すと愛梨も同じように顔を出し、水に濡れた美しくも満面の笑みを向けてくる。


「湊さん。本当に、本当に楽しいです!」


 氷の人形とはとても思えない無邪気で子供っぽい笑顔は、きっと彼女のありのままの笑顔なのだろう。

 その笑顔を見て改めて好きだという気持ちを実感した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ