第46話 水着を褒めるのは男の義務
愛梨の水着姿に見惚れてしまったものの、女子更衣室の前だと流石に迷惑になるので、彼女の姿をあまり意識しないようにして少し離れた場所に移動した。
「どうどう一真? 似合ってる?」
移動を終えると、すぐに百瀬が一真に自慢げに水着を見せて感想を求めている。
彼氏でもない湊が褒めるつもりは無いが、百瀬のオーソドックスなビキニタイプの水着姿はどうしても視界に入ってしまう。
ほんの少しだけリボンがついており、百瀬の活発な印象の中に女性らしさを感じてとても似合っている。
「紫織、可愛くて似合ってるぞ」
「えへへー、ありがと!」
百瀬が褒められて上機嫌にニコニコしている。
ナチュラルに褒められる奴は凄いなと思っていると、透き通るような声が湊の耳に届いた。
「あの、湊さん。私はどうでしょうか?」
そう言いながら恥ずかしそうに愛梨が目の前に立つ。
プールということで髪はお団子にして纏められていて、普段とは結構雰囲気が変わっているものの、これはこれで似合うなと感心した。
愛梨の水着はワンピースタイプのもので、フリルをあざとくない程度にあしらっており、清楚な感じと可愛らしさが絶妙に噛み合っている。
淡い青というのも良い。彼女のシミ一つ無い真っ白の肌や、夏の日差しを受けて輝く銀髪によく合っている。
正直これを見れただけでもプールに来た価値があると思う。先程更衣室を出た瞬間にあちこちから小さく声が上がったくらいだ。
すぐに湊達が合流したのでナンパなどはされなかったが、湊達が合流しなければ即座に声を掛けられていただろう。
湊があまりの可憐さに言葉を失っていると、愛梨が不安そうに眉を寄せた。
「やっぱり似合ってないでしょうか? あの、何か言ってくれると嬉しいんですけど」
「い、いや、その――」
「湊君、こういうものはちゃんと褒めないと駄目だよ?」
「そうだぞ、男の義務だ」
一真達が非難の目を向けてくる。
確かに、感想を求めている好きな子の水着姿は褒めなければいけないだろう。
であれば、湊が恥ずかしがっている場合ではない、と深呼吸をして覚悟を決めた。
「似合ってる、凄く綺麗だ」
「そ、そうですか、ありがとうございます」
愛梨は耳まで真っ赤にしながらもじもじと体を揺らしていて、とても可愛らしい。思わず頭を撫でそうになってしまった。
百瀬が満足そうに笑って指揮をとる。
「さあ、水着の披露も終わったし、早速泳ごうか!」
「紫織、ちゃんと準備運動しろよ?」
「分かってるよ、さあ一真、行こう!」
早く泳ぎたいのか百瀬が一真を引っ張っていった。
途端に愛梨と二人きりになる。
そわそわしていた彼女が、意を決したように上目遣いで湊を見てきた。
「では、湊さん。覚悟してくださいね」
そう言いながら愛梨が湊の手を取って指を絡ませてきた。細くすべすべしている彼女の指が、しっかりと湊を掴んで離さない。
まさか恋人繋ぎをすることになるとは思わなかったので動揺してしまった。
「お、おい、流石にこれは……」
「なんですか、男避けですよ。言ってたじゃないですか」
「まあ、そうなんだが」
「……あんまり渋ってると腕を絡ませますよ」
「それは――」
愛梨が不機嫌そうに湊を睨む。
腕を絡ませるとなると彼女の胸が湊の腕に当たってしまう。
普段着でも駄目だと思うのに今は水着だ、感触なんて丸わかりになってしまうだろう。それはとても湊の心臓に悪い。
止めさせようかと思ったが、先程の一真の言葉が脳裏をよぎる。『ナンパされない一番の対策はな、二人が仲良くしている事』というのは多少は事実なのだろう。
今回のプールの第一目標は愛梨に楽しんでもらう事だ。ナンパなどで不快な気分になって欲しくは無い。
ならば、腕を組んだ方がいいのかもしれないと結論を出した。
「いや、いっそのことやるか」
「……え、ホントですか?」
「なんで愛梨が引くんだよ、お前が言い出した事だろうが」
「そ、そうなんですけど、実際にやるとなるとちょっと……」
湊が許可すると急に愛梨がしどろもどろになった。
割と勢いで言い出したことのようだ。あるいは湊が乗って来るとは思わなかったのかもしれない。
「で、どうする? 愛梨が嫌なら無理強いしないが」
「……すみません、これでお願いします」
愛梨が頬を朱に染めて、繋いでいる手を小さく振る。
結局恋人繋ぎのみにするらしい。これもこれで普段なら十分おかしいのだが、今は考えないようにする。
「分かった、なら行くか。合流しないと一真達に怒られそうだ」
「はい、今日はよろしくお願いしますね、湊さん」
愛梨が嬉しそうに手をにぎにぎさせた。
好きな人がこれほど喜んでくれるのなら普段から手を繋いでもいいかもしれないと一瞬思ったが、それは駄目だろうと邪な思考を頭を振って追い出した。
「しっかし、視線凄いなぁ」
一真達と合流するために移動していると、視線が物凄く突き刺さる。
嫉妬の目線が特に多いので気疲れしそうだ。その多さに辟易していると愛梨が心配そうに湊を見上げてきた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、覚悟してたからまだ大丈夫だ」
「湊さん、ああいうのは無視ですよ、無視」
「そうは言っても、普段こんなに視線を受ける事は無いからなぁ」
「でしたらいっそのこと、こう思えばいいんですよ『なんだお前ら、こんなに綺麗な女の子と一緒に居る俺が羨ましいのか?』って感じです」
「――ははっ! 俺の物真似、微妙に似てないな! それに自分で綺麗って言うとは思わなかった!」
前までの愛梨からは考えられないくらいの冗談に思わず笑ってしまった。
しかも彼女は湊の声を出そうと思って低くしたつもりのようだが、絶妙に似合っていない。
湊の大笑いに愛梨が不服そうに頬を膨らませた。
「笑いすぎですよぅ。それに湊さんは私のこと美少女って思ってるようなので、間違いじゃないです」
「確かにそうだな、愛梨は美少女だ」
「なんですかその反応。適当すぎます」
面と向かって正直に言うのは恥ずかしいので、ワザと割と投げやりに言ったのだがお気に召さなかったようだ。
不満な態度を隠そうともせずに、愛梨が湊の肩にぐりぐりと頭を擦りつけてくる。
「愛梨、くすぐったいから」
「うるさいです。なんですか、私、頑張って湊さんを励ましたのに……」
「分かってるよ、ありがとな」
愛梨の物真似が湊を元気づける為なのは初めから分かっていた。
あんまりにも愛梨の拗ねる態度が可愛らしくて頭を撫でると、すぐに機嫌を直して気持ち良さそうな声になる。
「んぅ……。分かってるならいいんです。罰として、もっと頭を撫でてください」
「はいはい、仰せのままに。本当にありがとな、励ましてくれて」
「まあ、元々は私のせいですから。すみません、我が儘言って」
「気にすんな、これくらいお安い御用だ」
「ふふ、ならお礼に本当に腕を組みましょうか?」
「愛梨がやりたいならいいぞ?」
「湊さんがやって欲しいならやりますが?」
頭を撫でながら至近距離で煽りあいをしていると、呆れたような声が聞こえてきた。
「おーい。二人の世界に入っていちゃつくの止めてくれませんかねえ?」
「熱い、熱いよ。火傷しちゃうよー」
どうやらいつまで経っても湊達が合流しないので戻ってきたらしい。
一真達の事を途中からすっかり忘れてしまっていた。
すぐに愛梨の頭から手を離して彼女と二人して謝る。
「……悪い」
「……すみません」
「仲良くしろとは言ったけど、まさか早々にこんな事になるなんて思わなかったぜ。二人きりにした方が良かったか?」
「余計なお世話だ。愛梨、行こうか」
「はい!」
半眼で睨んでくる一真に悪態をつきつつ愛梨の手を引くと、彼女は照り付ける太陽に負けないくらいの眩しい笑みをした。




