第45話 ナンパの一番の対策とは
二章終わりに愛梨視点を入れました。
「さて湊さん、改めてお願いがあります」
一真達とプールに行く日。家を出る時に、お約束のように悪戯っぽい笑みを浮かべている愛梨にお願いをされた。
内容は前に聞いた通りだろうし、湊も行くのだから聞かなければならない。
「……何だ? って言っても前に聞いた『男避けになってもらう』って事だろ?」
「そうですね、前に言った通り、湊さんには今日は私とくっついてもらいます」
「それなら一緒に居れば問題無いな」
「そうじゃないです、具体的にはこんな感じです」
「お、おい!」
玄関の鍵を閉めた湊の手を愛梨にギュッと握られ、そのまま彼女は上機嫌に湊の隣に来た。
少しだけひんやりしているものの、やはり人の手なので繋いでいるとじんわりと温かくなる。
指はほっそりしているが女性特有の柔らかさがあり、肌はしっかりと手入れしていて、とてもすべすべだ。
手の感触に湊の心臓が鼓動を早めていると、愛梨がニコニコと機嫌良さそうにこちらを見てきた。
「練習ですよ、練習。プールではもっと近くに行きますからね」
「これ、どう考えても駄目だろう。同じ学校の奴らに見られたら話題になるぞ」
「一番信頼できる人に男避けをしてもらっているだけですよ。それとも、いろんな人にナンパされる私を見たいですか?」
「……それは、ちょっと」
好きな人が目の前でナンパされ続ける光景など見たくも無い。
その光景を想像して渋い顔をしていると、愛梨が妙に嬉しそうな笑顔になった。
「じゃあいいですよね。……目線は多くなると思いますけど、大丈夫ですか?」
「覚悟してるから気にすんな」
嫉妬の目線がとんでもないだろうなとは思うが、愛梨の頼みを断るという考えは湊には無い。
暗い顔ばかりしていては彼女がいつまでも気に掛けるだろうと、気持ちを入れ替えて笑顔で愛梨に答えた。
「ありがとうございます。とはいえ、今はこれで我慢しますよ」
流石に今からずっと手を繋ぐつもりは無いのか、柔らかく微笑んだ愛梨が湊の服の裾を摘まんでくる。
最近こういう風に裾を掴まれて歩く時が多い気がする、気に入っているのだろうか。
「助かりはするんだが、それお気に入りなのか?」
「……はぁ。はいはい、お気に入りですよー」
大きく溜息を吐かれて投げやりに答えられた。
そんなに呆れたような顔をするのなら止めればいいのにとは思ったものの、口に出すと取り返しのつかないことになりそうだ。
なので、特に何も言わずに裾を摘ままれながら歩き出した。
プールは湊の家から少し離れているので、家の近くの駅に集合してから電車に乗って移動する。
夏休み真っ只中なので車内には人が多いものの、どうにか座れた。
ただ、隣の愛梨の肩がしっかりと触れるくらい近い。
「なあ愛梨、妙に近くないか?」
「人が多いのでなるべく詰めないといけないでしょう? 仕方ないんです」
「それはそうなんだが。なら手を触る必要は無いんじゃないか?」
「この車両に知り合いなんて紫織さん達しかいませんし、暇つぶしです。気にしないで下さい」
先程から愛梨が湊の手にさわさわと触れている。
手の平、甲、指先と興味深そうにあちこち触れられるのでくすぐったい。
愛梨から意識を逸らすために正面を向くと、目の前にいる年上の女性と目が合った。
微笑ましい物を見るような温かい目をされ、気恥ずかしくて苦笑いすると手の甲に痛みが走る。
「いてて。愛梨、どうした?」
「……ふん、知りません」
「えぇ……」
急に不機嫌になって愛梨がそっぽを向いた。
訳が分からずに困惑していると、目の前の女性が含み笑いをする。
すると、更に愛梨の抓る力が強くなった。
「愛梨、痛い、痛いから」
「……湊さんにはちょうどいい罰です」
「俺、何もしてないんだが……。頼む、止めてくれ」
訳の分からない文句を言いつつも湊の手を離すつもりは無いようで、このままではまずいと必死に愛梨を宥めた。
「なあ一真。なんで俺達こんなところにいるんだ?」
プール施設内に入って着替えを終えると、すぐに一真が女子更衣室と付かず離れずの位置に移動した。
湊は去年プールに行かなかったので、一真がこんな行動をする理由が分からない。
こんなところに居ると下手をしたら覗きと思われそうな気がするので意図を尋ねてみた。
「紫織も二ノ宮さんもとんでもない美少女というのは分かってるよな?」
「ああ」
「という事は、あの二人だけでウロウロしていると間違いなくナンパされる。だからナンパされないように更衣室から出てきた瞬間に合流するんだ」
「わざわざそこまでしなきゃいけないのか?」
「当然だ。周りを見てみろ、一見気付きにくいがナンパ目当てで更衣室から出てくる人をチェックしてるやつらがいるぞ」
女子更衣室と付かず離れずの位置なので落ち着かなかったが、落ち着いてゆっくり周りを見渡す。
確かに、いかにも軽そうな人達が更衣室から出てくる人をこっそりと見ている。
「なるほどな」
「という訳で、ナンパの防止策を取ってるだけだ」
「でも俺達もそういう人の一人って思われないか?」
「こういう時は堂々としてればいいんだよ。露骨に『待ち合わせです』っていう感じを出せば怪しまれねえ」
「……それはお前の顔が良いからだと思うんだがな」
女の子だけで来たようなグループがチラチラとこちらを――正確に言うなら一真を見ている。
こういう事が出来るからイケメンは良いよなと溜息を吐いた。
「よし、なら湊には俺からアドバイスしよう」
「急にどうした?」
「まあ聞いとけ。ナンパされない一番の対策はな、二人が仲良くしている事なんだよ」
「……当たり前だろ?」
こういう場所に男女で来るという事は、仲が良い人達でしか出来ないだろう。
今更何を言い出すのかと一真を睨んだが、「甘い甘い」というように人差し指を横に振った。似合っているのが腹立たしい。
「誰かが入り込めないくらいに仲良くするっていうのは案外難しいんだ。こう言っちゃあなんだが、湊と二ノ宮さんの見た目には差がある。自覚してるよな?」
「ああ、分かってる」
花火大会の時に言われているし、自分で自覚もしている。
愛梨と湊が釣り合っていない事など誰が見ても分かるだろう。その事実を改めて突きつけられて胸が苦しくなる。
胸が痛んだ事が一真にバレたのか、苦笑しながらフォローしてくる。
「勘違いすんなよ。お前の見た目が悪い訳じゃねえ、あの子が別格すぎるんだ。そんなにしょんぼりするな」
「そんな顔してねえ」
「でだ、そんな湊にぴったりの言葉がある『それがどうした』ってな」
それは湊が体育祭後に愛梨に送った言葉と似ている。
まさか自分に返ってくるとは思わず、言葉が出てこなかった。
「見た目が釣り合わないなんて知った事か、他人の目なんて気にならないくらいにいちゃついてやれ。『この子に一番好かれているのは俺なんだ』って誰が見ても分かるくらいくっつけばいい。そうやってバカップルしてる人にはナンパは寄り付かねえよ。仮に、それでも寄り付くような奴に二ノ宮さんが靡くと思うか?」
「無いな」
断言できる、愛梨はそういう人達が大嫌いだ。
そして、仮にそんな状況になっても湊を優先してくれるくらいの信頼を勝ち取ってると自負している。
「なら良いじゃねえか。今日くらいは自分の欲望を優先しろ」
「欲望って言い方はやめろ。それに、愛梨には好かれているというか、単に一番信用できる人と見られてるだけだ」
ニヤニヤとした笑顔で真面目な雰囲気を台無しにされたので思いきり睨んだ。
そもそも愛梨本人が言っていたように、信頼できる人だから男避けを頼まれただけで他意は無いだろう。
湊の言葉を聞いて一真がやれやれと首を横に振る。
「はぁ……。お前気付いて無いのか?」
「何をだよ」
「だから――、いや、俺の口からはやめとこう。というか、これは気付かないフリをしてるのか?」
急に一真が言葉の続きを取り止めると、湊にも聞こえないくらいの音量でボソボソと何かを発した。
「え、何て言った?」
「いや、なんでもねえよ。せいぜい二ノ宮さんの水着姿に見惚れることだな」
「おい、誤魔化すなよ」
「ちょうど紫織達が出てきたな、迎えに行くぞ」
「はぁ……分かったよ」
問い詰めようと思ったが、愛梨達の着替えが終わったようだ。
一真から目線を外し、愛梨に目を向ける。
――そこには天使がいた。
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