番外編2 私の全てを受け入れてくれた、愛しい彼に
愛梨視点となっております。
湊視点で見たいという方はブラウザバック、もしくは読み飛ばしてください。
「う、ん……」
どうやら私は寝てしまっていたようだ。
あれ程泣きわめいて感情をぶつけたにも関わらず彼は私を抱きしめてくれている。
まずは彼への謝罪をすべきだろうとは思うものの、この温かい腕の中から離れたくない。
「おはよう」
「……おはようございます。すみません、取り乱しました」
「気にすんな、偶には吐き出しとけ。スッキリしたか?」
「はい、ありがとうございます」
彼は私の中の全ての苦しみを取り除いてくれた。どれほど感謝してもしきれない。
この温かさを離したくなくて、我が儘が口から出る。
「あの……、我が儘を、言っていいでしょうか?」
「ああ。良いぞ」
「また、頭撫でてくれませんか?」
「分かったよ」
「……ん」
私とは違う男らしい手。私を気遣ってくれる温かい手。
その手が頭を撫でる感覚があまりに気持ち良くて、幸せで、もっとして欲しくて、もっともっと彼に一緒にいて欲しくて。
私の好きな彼の顔を見つめながらお願いを口にする。
「湊さん、お願いがあるんです」
「好きなだけ言ってくれ」
「私を独りにしないで下さい」
「一緒に住んでる人を一人になんてするか。それに、前に一人じゃないって言っただろ?」
「そうじゃないんです。私がまた人形にならないように、傍にいてください。貴方の傍なら私は人形にならなくても良いんですよね?」
「当然だ、愛梨が望むなら傍にいるよ。俺で良ければ甘えたり弱音を吐き出してくれ」
私の望む言葉をくれるという確信はあったものの、そこまで言われるとは思わなかった。
いつも彼はそう言って私を甘やかす。彼の優しさで私は離れられなくなってしまいそうになる。
でも、本当にいいのだろうか。私が望むならずっと一緒に居てくれるのだろうか、もっと甘えて、触れて、頼っていいのだろうか。
今でも十分彼に甘えてしまっている。これ以上となると彼に迷惑がかかると思う。
「……いいんですか? 私、いっぱい甘えますよ?」
「好きなだけ甘えればいい」
「無茶もいっぱい言うと思います、嫌な時はちゃんと言って下さいね」
決して彼に無理や無茶をさせたい訳では無い。彼が辛い目に合う事などする気は無い。
そういう意味を込めて言うと、彼は優しい言葉で私を包み込む。
「分かった、その時は遠慮無く言うよ。お願いはそれだけか?」
「じゃあ、もう少しここにいさせて下さい」
「お安い御用だ」
彼がいいと言ったのだ。なら、自分の気持ちに正直になろう。いっぱい甘えたい。いっぱい頼りたい。
体育祭の日に好意を自覚してから、その気持ちはどんどん私の中で大きくなっていった。
私の我が儘を受け入れてくれる彼が大好きだ。
彼の手を堪能していると、彼のお腹が鳴った。
私が泣き疲れて眠ってしまったせいで、いつもよりかなり遅い時間だ。
私もお腹が減ったし、お腹の音に邪魔されるのが私達なのだろう。
「ふふ、私達ってこんな事ばかりですね」
「悪い、なんだか締まらないな」
「私達らしくていいじゃないですか。さあ、ご飯にしましょう」
きっと、彼とならこんな素晴らしい生活を続けられる。
そう思うと、甘い雰囲気では無くなった今の距離感すら愛しく思えた。
夜ご飯とお風呂を済ませてから彼に甘える。
既に彼の許可はもらっているし、もう私は遠慮するつもりは無い。彼は私の事を受け入れてくれるのを知っている。
背中を彼にくっつけると戸惑った声が聞こえてきた。
「愛梨、どうした?」
「こうしたかったんです、駄目ですか?」
「……まあ、いいけどさ」
彼の顔は見えないが、私の好きな困ったような顔をしているのだろう。
彼の困った顔を見るのが好きになるなんて嫌な女になったと思うが、楽しくてやめられない。
もっと私で困って欲しい、もっと私を意識して欲しい。そう思うのはおかしな事なのだろうか。
彼も彼で困った顔はするものの本当に嫌ではなさそうで、最終的に私の行動を許してくれる。そんなことをするから私が調子に乗ってしまうのに。
「湊さん、もう寝ましょうよ」
背中越しに彼に触れていると眠くなってきたのでおねだりしてみる。
泣くのには結構体力を使うし、彼の腕の中で寝ていた時間はそう長く無いので疲れが取れていないようだ。
彼に撫でられることで疲れが取れないなんて我が儘な身体だな、と自分の身体に悪態をつきつつも彼の様子を見る。
てっきり許してくれると思ったのだが、何か考えているようだ。
無視しないで欲しい、もっと私を見て欲しい、どうして見てくれないのだろうか。
「無視ですか? 泣きますよ? 泣いちゃいますからね?」
「分かった分かった。確かに今日は疲れたからな、早めに寝るか」
「はい」
こんなにも我が儘な事を言ってるにも関わらず、彼は苦笑ではあるけれど本当に嫌そうな顔はしていない。
もっと触れていたい、ずっと一緒にいたい、どんどん思いが膨らんでいく。
布団に入る間際までくっついていると、流石に彼が不思議そうに尋ねてくる。
「なあ愛梨、近くないか?」
「甘えて良いんでしょう? 傍に居てくれるって言ったじゃないですか」
「……確かにそう言ったが」
「なら構いませんよね? ……でも、本当に嫌だったら言って下さいよ?」
「……分かったよ」
一応許可はもらったし遠慮はしないものの、彼を縛り付けるつもりは無い。
その意味を込めて彼に言葉を伝えると、「仕方ないなぁ」と溜息を吐いて彼は許してくれた。
愛しいと思う気持ちはどんどん強くなり、布団に入って私に背を向けている彼の背中を見つめる。
私とは違う、痩せすぎでも太っている訳でもないが、しっかりと筋肉のある男らしい体つき。
男性の中では少しだけ背の高い彼の体はやはり私より大きい。
マッサージの時には何度も触れたものの、今彼に触れたくなって背中に手を伸ばす。
そんな事をされるとは思っていなかったのか、彼が私を問い詰める。
「なあ、何してるんだ?」
「湊さんの背中って大きいですねぇ」
彼の背中の大きさを改めて実感していると、彼が私の行動を制止しようとする。
「止めてくれ、くすぐったい」
「止めて欲しければ私の質問に答えて下さい」
こういう言い方をすれば彼は答えてくれるのは分かっている。
狡賢い、悪い考えだとは思うが、それでも聞いておきたい。
「……何だ?」
「湊さん、私の事好きなんですか?」
「ぶっ! な、何言ってるんだよ!」
「私が泣いてる時に言ってくれたじゃないですか。外見も、中身も好きだと」
「あ――」
彼が私の外見を褒める事は今日まで殆ど無かった。
チラチラと視線は感じていたので意識しているのは分かってはいたものの、私の外見は好みではないのかもしれないと思ったくらいだ。
だから、夏休みの最初に『美少女』と言ってくれたのは本当に嬉しかった。ニヤけてしまう顔を抑えるのに必死だったくらいなのだから。
唯一彼が褒めてくれたのは私の匂いだ。
正直私の匂いより彼の匂いのほうが落ち着くし良い匂いなのだが、褒められて悪い気はしない。
なので、前までは別に気にした事など無かったが、彼に匂いを気に入られてから気を付けるようになった。
そして今日、彼は私の外見を好みだと言ってくれた。
他の人に外見を褒められてもゾッとするだけだが、彼に言われると心が温かくなる。
もしかしたら彼も私の事を好きなのかもしれないと淡い期待をしながら言うと、彼が固まった。
「どうなんですか?」
私の外見は彼の好みなのだろうか、それとも彼が単に私を慰める為に言ってくれたのだろうか。
彼は嘘をつく人ではないので多少は好みなのだろうとは思うが、それは異性としてだろうか、それともまさか観賞用なのかもしれない。
早く言って欲しくて彼の背中を叩いて催促すると、ようやく彼の優しい声が聞こえた。
「愛梨に泣いて欲しく無かったから、ああ言ったんだ」
「では嘘だったと?」
「ノーコメントでお願いします」
嘘では無いが、本当でもないと玉虫色の回答に少しだけ腹が立つ。
なら、もっと私を意識してもらおうと彼を脅迫する。きっと彼は「嫌だ」とも「止めろ」とも言わないだろう。
「……仕方無いですね、今日は許してあげます。代わりに今から私のやることを止めないでくださいね」
「……痛かったりするか?」
「別に痛くなんてしませんよ、ちょっとくすぐったいとは思いますが」
私の全てを受け入れてくれた事への感謝に、彼への愛しさを混ぜて『ありがとう』と背中をなぞると彼が笑うように震えた。
しっかり理解してくれたようなので、背中から手を離して今度は頭をくっつけ、手を腰に回す。
彼の手はどこだろうとさまよわせていると、骨ばった温かい手が私の手を掴む。言葉に出さずとも私の意志を汲んでくれる彼が愛しい。
どれくらい時間が経ったのか分からない、おそらく結構な時間が過ぎたのだと思う。だが、布団に入る前はあれほど眠かったのに今は目が冴えている。
飽きもせずに彼の手と背中から温かさと鼓動を感じていると、彼の鼓動が落ち着いてきた。
彼の手からするりと手を離し、もう一度背中に指を這わせる。
あんまり強くすると起きてしまうだろうから、そっと、そっとと意識する。
文字はたった二つ、『すき』という言葉だけ。
(――私、なんて事してるんだろう)
とんでもない事をしてしまった、と自分の行動を自覚して頬が熱を持つ。
いつか、いつかこの想いを伝えられる日が来るのだろうか。
体育祭後に自覚し、想いは日増しに大きくなった。
そして今日、彼は私の全てを知って、その上で受け入れてくれた。
正直なところ、彼さえいれば他の誰から冷たい視線を向けられようとも、どれほど爪弾きにされようとも構わない。
けれど、彼はどうだろうか。特に彼と私では見た目が違い過ぎる、それを彼は気にするだろう。
心底どうでもいい事だとは思うが、それは私一人の場合だし、彼に迷惑を掛けてしまうことは確実だ。
もし彼が私を好きになってくれたら『誰に批難されても構わない』と思ってくれるのだろうか。
だが、おそらく今の彼の中の私の立ち位置は『大事な人』というところだろう、でなければ体育祭後や今日のように慰めるようなことはしないはずだ。
ただ、その『大事な人』というのが親愛なのか、異性としてなのかが分からない。
であればもっと彼を困らせよう、彼に近づこう、甘えよう。
彼が私をしっかり異性として意識してくれるまで、そして、それからも彼と一緒に居られるように。
(覚悟してください、湊さん)
好きな、大好きな、愛しい彼に、私を好きになってもらおう。




