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第35話 背中越しの温度

「なあ愛梨、やっぱり止めた方がいいんじゃないか?」

「駄目です。往生際が悪いですよ、先程の約束を早速破るつもりですか?」


 夜も更けて寝る準備が終わり、後は布団に入るだけだ。

 直前になって尻込みしてしまい、一緒に寝ることを無しにしてもらおうと思ったのだが、愛梨に有無を言わせない微笑で却下されてしまった。

 普通、男と女の立場が逆だろうと湊は溜息を吐く。


「……はぁ、もう知らんぞ」

「はいはい、分かりましたから」


 湊が唇を尖らせて言うと、愛梨はやれやれと首を横に振った。

 覚悟を決めて布団に入る。一つの枕を二人で使う事は出来ないので、湊は今まで通りクッションを枕にした。

 これなら愛梨の匂いもあまりしないだろうと思ったのだが、布団そのものから良い匂いがする。


(これは辛い……)


 美少女と同じ布団で寝る、という状況の上にこの男心をくすぐる匂いだ。湊の心臓が早鐘のように鼓動してしまう。

 なんとか鼓動を抑えようと必死になっていると、愛梨も布団に入ってきた。


「失礼しますね」


 すぐ傍に愛梨の温かい体温と息遣いを感じる。距離を取りたいとは思うものの、逃げ場なんてどこにも無いので布団の(はし)ギリギリのところに行く。

 そもそも湊の方が体格がいいので、湊が布団の中心に行けば愛梨の寝る場所が無くなってしまう。

 なので体さえ布団の中に入ってしまえば問題は無いと、愛梨と反対方向に体を向けて手足を布団の外に投げ出した。

 これで一安心だと湊は思ったのだが、(とが)めるような愛梨の声が聞こえる。


「湊さん、ちゃんと布団の中に入って下さい」

「入ってるぞ」

「嘘つき。手足が布団からはみ出てるじゃないですか」

「……なんでこっちを見てるんだ」

「どうせ湊さんはそういう事をするんだろうなと思ったんですよ。当たりでしたね」


 湊の行動は完全に見抜かれていたらしい。

 愛梨が呆れたような声を出して湊を布団の中に誘導する。


「もうちょっとこっちに来てください、ちゃんと布団の中に入って下さいよ」

「俺がそっちに行くと愛梨の寝る場所が無くなる」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですから。ちゃんと自分の寝るスペースくらい確保してます」

「寝返りを打ってそっちに行くかもしれないだろ?」

「それはお互い様だと思うんですが。……ああもう、仕方ないですね」


 湊が屁理屈をこねると、愛梨がほんの少し苛立ったような声を発した。

 もぞもぞと彼女が動く気配がする。

 何か嫌な予感がして、愛梨を静止させる為に動こうとした瞬間、彼女の手が湊のお腹に回された。

 そのまま湊に引っ付いて体を布団の中心に持って行こうとしている。


「お、おい、愛梨、何してるんだ?」

「湊さんが動こうとしないので、私が無理矢理引っ張ってるんです」

「愛梨の力で動かせる訳ないだろうが」

「うるさいです、湊さんが悪いんですから」


 いくら湊の体格が普通でも女の愛梨が男の湊を動かせる訳がない。

 そして、密着しているせいで愛梨の柔らかい部分が湊の背中に触れてしまっている。

 普通の服ならまだ分かりにくいかもしれないが、今は互いにパジャマだ。薄着なので感触がハッキリと分かってしまう。

 これは体に毒だと思い、湊は焦った声を出して少しだけ布団の中心に行く。


「分かった、分かったから。もうちょっとそっちに行けばいいんだろ?」

「分かればいいんですよ、強情なんですから」

「それと愛梨。今度からこういう事はしないようにな」

「湊さんが悪いんじゃないですか」

「たしかに俺が悪かったけど、そうやって体をくっつけるのは駄目だ」

「でもこうしないと運べませんから。湊さんが駄々を()ねるとまたしますよ」


 どうやら愛梨は今の接触で柔らかい部分が触れたことに気付かなかったらしい。

 「仕方のない人ですね」とでも言いたげに愛梨に注意されたので、しっかりと事実を知らせて忠告しなければいけないだろう。

 すさまじく恥ずかしいが、また密着されるよりかはマシだと思う。殴られる覚悟を決めて湊は言葉を発する。


「……胸」

「はい?」

「その、胸が背中に当たるから駄目だ」

「――っ!」


 湊が嘘偽り無く伝えると背中越しに愛梨が息を呑む気配がした。

 布団の上でじたばたしている音が聞こえてくる。一発くらい叩かれると思ったのだが、身もだえているだけのようだ。


「……えっち」


 ぱたぱたと暴れる音が無くなると、替わりに羞恥に満ちた声が湊の耳に入る。

 愛梨の咎め方があまりに可愛らしくて今度は湊が身もだえそうになってしまった。

 頬はとっくの昔に赤くなっているものの、愛梨の方を向いていないのでバレずに済んだのは不幸中の幸いだろう。

 恥ずかしさを声に出さないようにして愛梨の発言を訂正する。


「理不尽だ。密着してきたのは愛梨だろうが」

「私はそういうの意識してませんでした、意識する湊さんが悪いです」

「男なんてそういうものだ、ちゃんと理解してくれ」

「……分かってますよ。なら私があんな事しないでいいように、今度から端に寄らないで下さいね」

「ああ」


 拗ねるような声で懇願(こんがん)されたら湊が折れるしか無くなってしまう。

 きちんと布団を半分ずつ使える位置に体をずらして一息つく。


「言わなくても分かると思うが、寝る時にこっち向くなよ」

「ふふ、それ普通私のセリフなんですが」

「こういうのは大事だろ」

「そうですね」


 一応の注意を伝えると愛梨にくすくすと笑われた。

 恥ずかしくなったので話を逸らす。


「ほら、電気消すぞ」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ」

 




 電気を消してどれくらい経っただろうか、隣の愛梨は規則正しい呼吸をしている。 


(そう簡単に寝られる訳無いだろ……。全く、人の気も知らないで)


 当然ながら寝られる訳が無い。愛梨の甘い匂いに体温、息遣いを間近で感じてしまって目が冴えてしまう。

 約三ヵ月間、思春期の男子なりに気を遣っていたが、どんどん愛梨との距離が近くなっている気がする。

 こちらを信用してくれているのは分かるが、湊もれっきとした男なのだ。無垢な信頼は湊の心臓に悪い。

 悶々としていると湊の背中に愛梨の体が当たる。触れた感じだと背中だろう。

 寝返りというのなら分かるが、背中だけが当たるというのは変だ。


「……愛梨、起きてるのか?」

「……」


 声を抑えて尋ねたが反応が無い、偶々(たまたま)触れてしまったのかもしれない。

 布団越しではなく背中越しにじんわりと体温が伝わる、意識してみると鼓動すら聞こえてしまった。

 だが、愛梨の鼓動がどくどくと妙に早い。明らかに寝ている人の鼓動の早さではない。


(起きてるな、これ。愛梨の方から一緒に寝ようって言った癖に緊張してるじゃないか)


 しっかりと湊を意識しているにもかかわらず、愛梨の方から一緒に寝ることを提案してくれたのだ。どれだけ湊の体を気遣ってくれているのかが分かってしまう。

 しかも寝たフリまでしている。そこまでして湊にしっかりと休んで欲しかったのかと思い、胸が温かくなって笑ってしまった。


「ありがとな愛梨。安心してくれ、変なことは絶対にしないから」

「……」


 返事が返ってくるとは思っていないが、せめて愛梨を落ち着かせようと小さく声を掛けた。

 背中に触れている愛梨の体がぴくっと少しだけ動いたが気付かないフリをする。

 そのまましばらく互いの体温を伝え合っていると、愛梨の鼓動が落ち着いてきた。どうやら本当に寝たらしい。

 規則正しい愛梨の鼓動がまるで子守歌のように湊の眠りを誘う。

 あれほど眠れないと思っていたのに、あっさりと睡魔に身を任せた。

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