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第28話 拗ねるような表情

 一真達と買い物に行った次の日。バイトから帰って来ると、愛梨が妙に疲れているように見える。

 朝の時点では特に体調が悪いわけでは無さそうだったので、学校で何かあったのかもしれない。


「今日元気が無いな、どうした?」

「やっぱり、昨日出かけていた所を誰かに見られていたようです。クラスメイトから根掘り葉掘り聞かれました」


 夜飯を食べ終えてから尋ねてみると疲れ果てた声で返された。

 誰かに見られる可能性はあったのだが、本当に見られていたようだ。彼女の見た目が華やかなので、どうしても誰かの目に入ってしまうのだろう。

 別にショッピングモールにいるのが日本人だけではないものの、銀髪、美少女とくれば愛梨を知っている人はすぐに彼女だと分かるはずだ。

 どうやっても人目についてしまう愛梨が気の毒で湊は苦笑した。


「それはお疲れ様だな。百瀬はどうしたんだ?」

「私が取り囲まれているので助け船を出してくれましたよ。紫織さんが最初に事情を説明してくれました、ですが――」

「大方、なら私とも行こう。みたいな人が多かったんだろ?」

「……はい」

「ちなみに結構多かったのか?」


 元から予想出来ていた事ではあるが、愛梨の想像以上に人数が多かったようで湊の質問に彼女が渋い顔をした。


「私の想像なんかよりずっと多かったですね。あと、女子だけじゃなくて男子もです」

「一真や俺と出掛けたんだから、じゃあ別の男子とも出かけられるだろうってか」

「その通りですよ。全員お断りしましたが」


 よほど熱心に誘われたらしい。確かに愛梨が男と出かけたという事が話題に上がったら、チャンスがあると思う人は出てくるだろう。

 その時の光景を思い出したのか、愛梨が嫌悪感を滲ませて眉を寄せている。


「私にも遊びに行く人を選ぶ権利はあります。下心丸出しで近づいて来る人となんて勘弁ですから」

「本当にお疲れ様だ。悪いな、力になれなくて」

「いえ、いいんですよ。紫織さんが力を貸してくれましたから」


 おそらく百瀬が必死にフォローしたのだろう。愛梨は嬉しさが混じった苦笑をしている。


「それで、女子の中に打算無く付き合ってくれるような良い人はいたのか?」

 

 話しかけてくるのは男子だけでなく女子も多かったようだし、これで愛梨にも友達ができて外で遊ぶようになってくれるのなら嬉しい。

 別に彼女と一緒に家に居て気まずくなる事は無いが、女子高生としてもっと外に出ても良いのではと思っている。

 あくまで湊の願望なので、無理してまで外に出るくらいなら家に居てもいいが、最終的には愛梨の判断だろう。


「多すぎてよく分からない、というのが本音ですね。それに今のところ紫織さん達と九条先輩だけで十分ですよ」


 言われてみれば、大勢の人の中から悪意無く接してくれる人を探すというのは無理だ、流石に無茶を言い過ぎたようだ。

 それに、妙に湊達を気にかけてくれている。湊達を絶対に優先しなければならないという事は無いので、遠慮はしないで欲しい。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいが、俺達を気にする必要は無いからな? 家事があるからって誘いを断るような事も無しだぞ」

「そもそも私が大勢の人と一緒に居るのが苦手って知ってるでしょう? 何を大切にするかは私が決めます」


 湊の言葉に納得がいかないのか、つん、と愛梨がそっぽを向く。 

 湊には愛梨を縛る権利なんて無いし、彼女の意志を曲げさせるつもりも無い。

 けれど沢山の人の誘いを断り続けるのは精神的に辛いと思うので、湊に出来る範囲でフォローしなければと思う。

 とはいうものの、情けないが湊には特に何も思いつかないので、今は言葉だけでも(ねぎら)いたい。


「確かにそうだな。でも本当に無理するなよ、全員に良い顔をする必要は無いんだからな」

「はい、分かってますよ。それで、九条先輩の方は何かありましたか?」

「俺か? 軽くは聞かれたが、特に何も無かったぞ」


 教室でクラスメイトに多少聞かれたものの、百瀬の伝手(つて)で知り合ったと言ったら全て一真に流れていった。

 一真は苦労していたようだが、百瀬に関わりが深い方に聞きに行くのは当然だろうと思いながら眺めていた。

 そんな風に何事も無かったと伝えると思いきり睨まれた。


「一緒に出掛けたはずなのに、私が疲れて先輩が疲れないのは何か不公平な気がします」

「話題の中心にいる人物かどうかと、後は見た目の差だろうな」


 当事者である愛梨と、百瀬の幼馴染なだけの湊では周りの反応が全く違うだろう。

 見た目にしても美少女と普通の男子高校生だ、比べるまでも無い。

 そもそも今回の件での周りの反応は、少しは嫉妬の目線を感じたものの、百瀬と一真のおこぼれをもらっただけの男という感じだった。

 

「納得いきません」

「そう言われてもな」


 愛梨がクッションを抱きしめながらムスッとした顔をしている。

 睨まれたりすることは多いものの、拗ねるような表情はほぼ見たことが無い。

 不機嫌さを前面に出そうとしているようだが、仕草と表情が相まって可愛らしさの方が強い。


(こんな顔もするんだな)


 こういう顔も似合うのはずるいと思いながら、さてどうしたものかと考える。

 おそらく本気で怒っている訳では無く、単に行き場のない感情を湊にぶつけているだけだ。

 素直に感情をぶつけてくれることを嬉しく思っていると、どうやら顔に出ていたようで再び眉を寄せて睨まれる。


「何笑ってるんですか」

「悪い悪い、お詫びとして何かやって欲しいことはあるか? 当然俺に出来る範囲でだが」


 これ以上愛梨の機嫌を悪くはしたくないので、お詫びという建前でご機嫌を取る。

 こういうフォローしか出来ないが、何もしないよりはマシだろう。そもそも愛梨が無茶な要求をして来ないという前提もある。

 まあ大丈夫だろうと楽観的に考えていると、愛梨が意地の悪そうな顔をした。何故だか嫌な予感がしてきた。 


「ではこっちに来て下さい」

「……分かったよ」

「で、私の横に座って下さい」

「ああ、これでいいか?」

「はい。じゃあ失礼しますね」

「おい」


 愛梨が湊の肩に背中を預けてくる。肩越しに暖かい温度が伝わってくるし、距離が近いので良い匂いもする。

 愛梨にもたれ掛かられても体勢を崩したりなどはしないが、彼女の存在を近くに感じてしまい胸の鼓動が速くなってしまう。

 疲れているからと言って油断しすぎだろう。


「無防備な事をするな」

「大丈夫ですって。九条先輩ですから」

「はぁ、もう勝手にしろ」

「はい、勝手にしますね」


 突き放すように言ったものの、愛梨は全く気にしていないようで、更に力を抜いて完全にリラックスしている。

 湊は絶対に何もしない、という信頼が込められた態度をされれば、これ以上注意するのも馬鹿らしくなり、愛梨が満足するまで寄り添い続けた。

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