第26話 服選び
「やっぱり見た目が良いと選び甲斐があるー! はい次はこれ!」
「う、うん、分かった」
百瀬が愛梨を着せ替え人形にして楽しんでいる。
愛梨の方はテンションの上がった百瀬に引き気味なものの、文句は言わずに着替えている。なんだかんだでおしゃれができるのが嬉しいのだろう。
遠目から見ていたが、定番のカジュアルなものから当然ながら綺麗めのもの、そして彼女の綺麗な見た目に反してガーリッシュなものも実に似合っていた。
途中から店員も入って大盛り上がりしており、男二人の出る幕は無い。
愛梨達と少し離れた位置で一真に愚痴る。
「何か、凄まじい疎外感を感じるな」
「紫織と服を買いに行くと偶に起きるんだ、慣れておいた方が良いぞ。まあ今回は二ノ宮さんが着せ替え人形になってるが」
「確かに、あれが毎回起きるとなると慣れておくべきだな」
一真は慣れているようだがその表情は苦笑であり、苦労が滲んでいる。
百瀬も美少女なので一真の言い分には納得できる。美少女としての方向性は可愛い系と綺麗系で分かれているが。
今まで幼馴染とはいえデートの邪魔をしては悪いと思い一緒に服を買いに行くことは無かったのだが、これから四人で行動となるとこういうのは覚悟しなければならないらしい。
一真に苦笑で答えつつ、着せ替え人形になっている愛梨を眺めていると、百瀬が湊に向かって手招きしている。
湊の出番など無さそうだが、何の用なのだろうか。
「どうした?」
「どれも似合っていて決めきれないから、湊君に決めて欲しいんだ」
「何で俺なんだ?」
「はぁ……。マジかこの男」
どれも似合っていたので、百瀬や店員が一番似合うと思った物にすれば良いと思う。そもそも愛梨本人の希望もあるだろう。
わざわざ湊が選ぶ必要など無いので百瀬に疑問をぶつけたら、呆れたような目をされて盛大に溜息を吐かれた。
「ねえ愛梨。わたし達が選んだ服と湊君が選んだ服、どっちが着たい?」
湊に聞いても駄目だと判断したようで、百瀬が標的を愛梨に変えた。
とはいえ彼女も百瀬と店員が選んだ服の方が良いだろう。こういうのは慣れている人が選んだ服の方が失敗が無い。
そう思ったのだが――
「でしたら九条先輩、選んでくれませんか?」
ほんのりと頬を染め、首を傾げてお願いされた。
まさか湊の方を選ぶとは思わなかった。
「でも俺、女の子の服とか良く分からないから止めた方が良いんじゃないか?」
「分からなくていいです、九条先輩が選んだ物が着たいんです。駄目でしょうか?」
「……分かった」
そう言われると断れない、百瀬や店員の目線がとても生暖かくなっているのを無視して服を選びだす。
選んでいる間、愛梨は湊の横で上機嫌に微笑んでいた。アドバイスは何も言ってくれなかったが。
結局、百瀬達が愛梨に着せていたものの中から一つを選んだ。
「これはどうだ?」
「分かりました、もう一度着ますね」
愛梨が試着室に戻っていく。着替えている間試着室の前で待たされてなんとなく気恥ずかしさ感じていると、カーテンが開いて彼女が姿を見せる。
選んだのはフレアスカートに薄手のブラウスと、百瀬の話曰くフェミニン系という清楚なものらしい。
これから暑くなっていくので薄手のものが良いだろうと思ったのと、やはり彼女は上品な女性らしいものが似合うだろうと思っての選択だ。
改めて愛梨の姿を見ると、とても良く似合っている。
「良く似合ってる、綺麗だ」
「あ、ありがとうございます。ではこれにしようと思います」
素直に褒めると愛梨は恥ずかしそうにはにかんだ。百瀬の表情が生暖かいものからニヤニヤとしたものに変わっている。非常に鬱陶しい。
そのまま着て帰れるという事なので、愛梨がタグを外すのを待って支払いに行く。
服のお金も出そうと財布を取り出すと愛梨に止められた。
「九条先輩、私の服ですし、私が払います」
「いいや、普段のお礼だ。俺に払わせてくれ」
「そう言ってさっきも払ったじゃないですか、駄目ですよ」
「さっきの化粧品の値段なんてたかが知れてるだろ」
湊と愛梨がどちらも譲らないでいると、レジの店員に微笑ましいものを見るように笑われて助け舟を出された。
「ここは彼氏さんに出してもらってはどうでしょうか?」
「か、彼氏ですか!?」
愛梨が頬を染めておろおろしている。
どうやら店員は湊の味方をしてくれるらしい。彼氏扱いはどうかと思ったがこの際なので乗せられておこう。
「そういう事だ、俺に出させてくれないか?」
「……分かりました、ありがとうございます」
愛梨の許可を貰ったので湊が支払って外に出る。レジから離れる際に小さい声で店員に言われた。
「可愛い彼女さん、大切にしてくださいね」
「はい」
彼女ではないものの、愛梨は大事にしなければならない子だ、大切にするというのに嘘は無い。
愛梨には店員との会話がしっかりと聞こえていたようで、耳まで真っ赤にした顔を俯かせている。
いくら湊がお金を出したいからといって、先程のはやりすぎたかもしれない。
「一応言っとくが、俺が払うための口実だからな」
「……はい、分かってますよ」
分かっている、と言った割には暫く顔を上げてくれなかった。
その後、ショッピングモール内をあちこち回って夕方になり、一真達と別れる事になった。
「今日はありがとね、愛梨と買い物に行けて楽しかったよ!」
「こっちこそ。ありがとう、紫織さん」
「じゃあな、お二人さん」
「ああ、またな」
「さよなら」
主に百瀬が騒がしかっただけなのだが、一真達がいなくなったので急に静かになったように感じる。
愛梨は今日楽しめただろうか。表情を見ていた限りだと嫌そうでは無かったと思うが、彼女は元々出かけるのが嫌なタイプだ。実際のところは分からない。
「二ノ宮、今日は楽しかったか?」
「はい」
「そっか、なら良かったよ」
「九条先輩、この服似合ってますか?」
「ああ、似合ってる。二ノ宮の綺麗なイメージにぴったりだ」
「……そうですか」
今になってもう一度感想を聞きたいとは思わなかったが、正直に伝える。
一言だけ発した愛梨の表情は、夕暮れ時というのも相まって良く分からない。
それから特に会話することなく歩く。隣にいる愛梨と触れ合う事は無いし、甘い会話も無い。
けれど、こうやって出かけるのも悪くないなと思った。




