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第97話 愛梨の部屋着?

「いいものですね、何の心配も無く手を繋げるというのは」


 文化祭以前まで、湊達は理由が無ければ外で手を繋げなかった。なので何の憂いも無く手を繋げるというのは、外でも近くに居るという実感が湧いて心が温かくなる。

 それがショッピングモールの中という、大勢の見知らぬ人が居る場所なら尚更だ。


「ああ、そうだな。今までだったらあれこれと理由を付けなきゃならなかったかったもんな」


 憂いが無くなった事も嬉しいが、これほどの美少女が大勢の人の前でも好意を隠さずに向けてくれているという事実に、独占欲と優越感を感じてしまう。

 実際、隣で無邪気な笑みを浮かべる彼女への視線が凄まじい。

 それを湊が独り占め出来るのだから、黒い感情を抱くのも仕方が無いだろう。

 とはいえそんなものを表に出す訳にはいかないので、しっかりと胸の奥に押し込めながら口を開く。


「それでだ、買うのは秋用の服だけでいいのか?」

「あとは部屋着が欲しいですが、同じ場所で買えるので、それ以外となると特にはありませんね」

「物欲が無いのは変わらないな。……あれこれと買われても困るけど」


 外でくっつけるようになったからといって、湊達の本質は変わらない。

 愛梨は相変わらず物を欲しがらないので、今回の買い物もすぐに終わるだろう。

 それに家にはあまり物は置けない。彼女もそれをよく分かっているからか苦笑した。


「でしょう? 視線も相変わらず多いですし、人の多い所は苦手です」

「俺もいくら周りの目を気にしないようにしてるとはいえ、ずっと見られてるのは疲れる。だから、短い間だけど楽しもうな」

「はい!」


 変わらないものもあれば、変わるものもある。

 外に出ても魅力的な笑顔を浮かべる愛梨に心をくすぐられながら、湊達は洋服屋を目指した。





「さて、何かリクエストはありますか?」


 目的地に着くと早速愛梨が尋ねてきた。

 その言葉から察すると、前と同じで湊の好みで選んで欲しいようだ。

 彼女の望みを叶える為に、あれこれ聞くのは止めにして考えを口にする。


「可愛い系、綺麗系と見たけど、愛梨にはやっぱり綺麗系が一番だな。あざといくらいのものすら着こなせる見た目ってのはやっぱり凄いよ」

「……当然のように言ってますが『俺が選んで良いのか?』って聞かないんですか?」


 素直に服について言葉にしたのが意外だったのか、愛梨が首を傾げて言う。

 普通であれば湊の行動は横暴なものにも見えかねない。だが、彼女の顔がにんまりと笑みを形作っているので、先程の言葉がからかうためのものだというのが丸わかりだ。

 なので、いつも愛梨の掌の上で踊るだけでは無いと、こちらも笑みを浮かべる。


「愛梨が選んでくれって言ったんだろ? じゃあ俺の好みでいいと思うんだが、違うか?」

「むぅ……。最近あんまり湊さんをからかえませんね」

「そう何度も上手い事やられてたまるか」


 これまでの態度から、湊が服を選ぶのを嫌がったり否定は絶対にしないと思っている。

 別にからかわれるのが嫌という訳ではないが、やられっぱなしではいられないと言うと、愛梨が綺麗すぎる笑みを浮かべた。


「ふふ、では私を湊さんの好みにしてくださいね?」

「……言い方が悪くないか?」


 心を乱すような言葉をそのまま受け取ると、服以外も湊の意志で決めるという風に聞こえてしまう。

 湊を一番に考えてくれるのは嬉しいが、それでは愛梨の意志が無くなってしまうのであまりいい気分にはならない。

 彼女は人形などとは決して違い、魅力的な女の子なのだから。

 顔を(しか)めながら(とが)めると、彼女は微笑を浮かべて首を横に振った。


「いいえ、何も悪くはありませんよ。私の望みは貴方の一番の好みの女性になる事なんですから。もちろん服以外も、です」

「程々にな」


 愛梨の言わんとしている事は理解出来るものの、これでは湊の言葉一つで彼女が変わってしまう可能性がある。

 好意を真っ直ぐにぶつけてくれるのは嬉しいが責任重大だ。決して縛ったり強要はしないと心に誓って服を選び始めた。

 


「これはどうだ?」

「はい、着てみますね」


 湊が選ぶと言ったとはいえ、女性のファッションに詳しくはないので、正直一人で選べる気はしない。

 それを愛梨も分かっているので、意見を求めると愛梨はしっかりと応えてくれる。

 二人であれこれと話しながら服を見繕い、ようやく決まった。


「どうですか? 似合ってます?」


 試着室から出てきた愛梨を見て、やはり彼女には清楚系が似合うと改めて思う。

 ドット柄のロングスカートに厚すぎないベージュニット、冬はカーディガンを羽織れば良い。

 見せつけたいのか愛梨が一回転すると、スカートがふわりと広がってとても綺麗だ。


「似合ってる。美人だからやっぱり綺麗系で正解だったな」

「ふふ、そうやって見た目も含めて真っ直ぐ褒めてくれるのは良いですね」

「確かに、今までは褒めないようにしてたからな」


 これまで愛梨を褒める時は服だけに留めておいたが、もう気にする必要は無い。

 前々から湊が外見を褒めても嫌がらないと分かっていたので尚更だ。

 あえて言わなかったのは気遣いのつもりだったのだが、彼女が不満そうに唇を尖らせる。


「前から褒めて欲しかったんですけど」

「そう言うなよ。愛梨の外見を褒めるのは地雷だっただろうが」

「それはそうですが、湊さんなら大丈夫って言ってましたよね?」

「彼女でもない人の見た目を少しの事で褒める訳にはいかないだろ?」


 夏休みの終わり際では湊が褒めても何も問題無いと分かってはいたものの、付き合ってもない人の見た目を褒めるのは気が進まなかった。

 なので余程の事が無ければ言葉にしなかったのだが、愛梨は頬を膨らませて拗ねる。


「いじわる。やっぱり湊さんはいじわるです」

「代わりにこれからいっぱい褒めるから、それで許してくれ」

「……ふむ。それで今回は手を打ちましょうか」

「助かるよ。じゃあ早速褒めようか?」


 愛梨の露骨過ぎる不機嫌アピールを何とか(なだ)め、お許しをもらえた。

 すぐに褒めるべきかと尋ねると、彼女はほんのりと頬を染めて首を振る。


「いいえ、湊さんがそういう時は褒めちぎるので今は無しでお願いします。嬉しいですけど恥ずかしいので」

「良く分かってるじゃないか」


 前回の寝顔の時はそれで愛梨が顔を真っ赤にしたので、そうならないようにしたのだろう。

 もし許可をしてくれれば、どんなに止めろと言われようとも褒める自信があったので、非常に残念だ。

 恥ずかしがる姿も魅力的で見たかったと笑みを浮かべると、彼女は目を細めて睨んできた。


「そんなに私の見た目を気に入ってるんですか?」

「もちろんだ。それに見た目だけじゃないぞ? 愛梨の――」

「あーもう、すぐそうやっていじわるするんですから! 着替えるので閉めますね!」


 勘違いして欲しく無いので褒めようとするが、愛梨は湊の言葉を(さえぎ)って試着室のカーテンを引いた。

 こうなったら話す訳にもいかないので、壁にもたれて着替えを待つ。

 ようやく周囲に意識が向くようになると、店員や試着室を利用している他の客から生暖かい視線を向けられている事に気付いた。


(しまった、やりすぎた)


 先程までの湊達のやりとりはどう考えても過剰だったし、試着室でするような会話では無い。

 逃げ出したくなる衝動を抑えつつ、早く着替え終わってくれと思いながら、衣擦れの音が収まるのをジッと待つことにした。



「……あれ?」


 あの後外用の服をもう一着選び、後は愛梨の部屋着だけになった。

 だが、彼女はなぜか男性用のエリアに足を運んでいる。


「部屋着じゃないのか?」

「ええ、そうですよ、部屋着です。湊さんのですが」

「俺の部屋着は間に合ってるぞ? もう必要無いだろ」

「まあまあ、いいじゃないですか。(ちな)みにこれは先程のお仕置きですので、つべこべ言わずに選んでくださいな」


 出掛ける前に湊がやらかした事へのお仕置きだと愛梨は言うが、これが何のお仕置きになるか全く分からない。

 けれど、無駄な買い物をしない彼女の性格からすれば、これにはしっかり意味があるのだろう。

 適当に選ぶ訳にはいかないなと思い、秋から冬に掛けて使え、湊が既に持っているスウェットの色違いを選んだ。


「これにするよ」

「分かりました、サイズは家にあるものと同じですよね?」

「ああ、だから試着もいらないな」

「でしたら買いにいきましょう」


 特に何の問題も無く選び終わり、レジに向かった。

 湊が払おうかと財布を取り出したところで声が掛かる。


「今日は私が払いますよ」

「別にこれくらい問題無いぞ?」


 高級品では無いので、これくらいなら湊でも十分払える。

 そもそもこういう時は男が払うべきだと思うのだが、彼女は首を横に振った。


「湊さんと出掛ける時には(ほとん)ど買ってもらってるので、偶には私にも買わせてください。私が貴方と居るのは財布係をして欲しいからでは無いんですよ?」

「……分かったよ」


 言われてみれば、ネックレス等の二人が使う物の時は湊の方が多く払うようにしており、それ以外の買い物は湊が出す事が殆どだった。

 なので愛梨にそう言われると、ここで「何が何でも俺が出す」とは言えなくなってしまう。

 あまり納得はいかないものの、これが彼女のやりたい事ならばと承諾し、支払いを終わらせて店を出る。

 不満を表情に出したつもりは無いが、愛梨が気遣わし気に湊を見つめた。


「貴方に頼るだけじゃないって所を見せたかったんです。気にしないでくださいね」

「そんな事これっぽっちも思って無いから。……でも、ありがとな」


 どちらかと言うと湊が頼りっぱなしな気がするが、お金の為に湊と居る訳では無いと、奢られっぱなしは嫌なのだという意思をしっかりと受け取る。

 そしてもう一つ、愛梨の言葉にこもっている、同じ目線でありたいという思いに感謝を返した。

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