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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第三部
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第一章 獣人の青年(2)

 寮から学園までは五分ほど歩けば着く。試験間近とあって早めに登校する者は少なくなかったが、大半が魔法科の生徒のようだ。

「レポート出しに行って――わたしたちはそのまま授業にむかうけど……ガルはどうする?」

 クリスとアイザは教室から離れた教授の部屋にレポートを出して、戻れば時間としてはちょうどいいくらいだが、ガルは時間を持て余すだろう。

「ん? 少し身体動かしてから授業行くよ」

「……ちゃんと真面目に授業受けろよ」

 今から真面目に受けるだけでも試験の結果は多少変わってくるだろう。じろりと睨みながら釘を刺してもガルはあはは、と笑うばかりだ。

「わかってるって。じゃあまたな」

 ひらひらと手を振ってガルは訓練場のほうへと走って行った。

(全然わかってないだろうな……)

 いつもとまったく変わらない様子のガルに、アイザは頭が痛くなってくる。きちんと授業を聞いていれば補習なんて受けずに済むだろうに、彼は座学にそこまでの必要性を感じていないらしい。はぁ、とため息を零してクリスと共に歩き出す。

「アレは変わらないな」

 人の少ない教授の部屋近くで、クリスはぼそりと呟いた。アレとはガルのことだろう。

 ガルがアイザのそばから離れようとしない様子には、もう周囲もすっかり慣れている。アイザも正直どうしようもないとお手上げだ。

「んー……ガルのあれは素なのかなと思うけど。女の子には優しいんじゃ……」

 思えばガルのあの態度は出会った頃から変わっていない。お互い慣れ親しんだ分、遠慮はなくなったのでより過保護に見えるかもしれないが、彼は最初から異常なほどアイザに親切だった。

「それはない」

「それはないだろう」

(口を揃えて否定しなくても……)

 あまり会話に口を挟まないルーにすらきっぱりと言い切られて、アイザも苦笑いで言葉を呑み込む。

「言っておくけど、他の奴らはおまえら付き合ってると思っているから」

 親しい友人は作らないものの、広く浅く付き合いのあるクリスの耳にはしっかり噂話は届いているのだろう。

「……うん、まぁ、そうなるだろうな」

 どんなに否定したところで、ガルのあの態度は傍目から見ればどう考えても友人以上に対するものだ。男女ということもあって、そういう風に見られるのは諦めている。いくら恋愛ごとに疎いアイザでも、それくらいは容易に理解できた。

「……まぁ、アレも無自覚みたいだし、それに……もうすぐ来るらしいから多少は変わるだろう」

 呆れたようなため息のあとで、クリスは思わせぶりなことを呟く。

「……来るって、誰が?」

 首を傾げて問いかけるが、クリスはかすかに笑うだけだ。

「会えばわかる」

 こういうときのクリスは口を割らないと知っているのでアイザも深く問い詰めずに「そうか」と会話を終わらせた。会えばわかる、ということはアイザも会う可能性があるということだろう。


「ママー!」


 無事にレポートを出して最初の授業がある教室へ向かっていると、シルフィがどこからか飛んできた。近頃は風の精霊らしくあちこち好き勝手に飛び回っていて、アイザやガルのそばにいるほうが珍しい。

(そのうちふらっといなくなるのかな……)

 最初は早くそうなればと思っていたくせに、こうも懐かれるとそれはそれで寂しいような気がして、アイザは苦笑する。

「パパね、向こうにいたよ」

「そっか、そろそろ授業だろうな」

 魔法の基礎も学び終えたアイザは少し授業数を減らしている。一度にあれこれと学んでは頭に入らないような気がして、セリカと相談しつつ早めに応用を覚えたほうがいいだろうという分野から先に授業を受けている。

「すっかりその呼び名に慣れたんだな……」

 生暖かい目でクリスに見られて、アイザは口籠もった。

「え、これは、言ってもきかないからで」

 別に認めたわけでは、と否定すればするほど悪循環な気がする。

「そういえば、姉上がまたおまえに会わせろって騒いでる」

「ミシェルお……さんが?」

 王女、と言いかけて慌てて言いなおした。

「ああ。少し相手すれば満足すると思うけど試験もあるし嫌なら断っておく」

「いや、ちょうどわたしも、もう少し話したかったから」

 ぜひに、と答えるとクリスは「それなら伝えておく」と短く答えた。

(――タシアンとのこと、もう少し聞きたい)

 人様の恋愛ごとに首を突っ込むのはただのお節介かもしれないが、どうにももやもやして落ち着かない。ましてタシアンが異父兄だというのなら、多少のお節介も許されてもいいのではないか。

(タシアンに不幸にはなってほしくないし、ミシェルさんだって笑っていてほしい)

 避けられないこともあるだろうが、それでも最善といえる道はあるのだと……アイザはおそらく信じたいのだ。心を殺さずとも進める道はあるのだと。

「クリス……!」

 教室に入ると集まりだした生徒のなかでナシオンが怒ったような困ったような表情を浮かべて駆け寄ってきた。

「護衛を置いてふらふらしないでくださいよ! あなた自分の立場わかってます!?」

 護衛、という言葉が出てきたあたりでアイザはそっとルーを見た。ルーはすん、と鼻を鳴らして生徒にも気づかれずに音を掻き消す。

(こんなんでよく今までバレなかったなぁ)

 クリスはわりと迂闊だし、ナシオンは真面目すぎるせいか少し抜けている。

「これがいたら護衛なんていらないだろ」

 これ、と指差されたアイザは「うん?」と首を傾げた。

「友達を! 護衛代わりにしたらダメでしょう! だから友達少ないんですよ!」

 大人数の授業だけあって開始前の教室は騒々しい。クリスとナシオンの会話を掻き消したところで気にする者はいないようだ。

「少ないんじゃなくて作っていない、だ。正確には高位の精霊をつれたこいつと一緒なら安全だろって話だよ。席は?」

 仮の姿であるクリスティーナ・バーシェンで友人を作ってものちのち困るだけだ。

「とっておきましたよ!」

 律儀に三人分の席を確保しているあたりで、やはりナシオンは生真面目だと思う。




 ミシェルのところへ行く、とガルに告げたとき彼はわかりやすすぎるくらいに顔を顰めた。

「……誘拐されるわけじゃないんだから」

 ガルを連れて行ったところで邪魔をするだけのような気もするし、同行しなくていいむしろついてくるなと言ったらすっかり不機嫌になった。どうもガルにはいい印象が残っていないらしい。

「ただ話がしたいだけなら俺がついていっても問題ないだろ」

「ただ話をするだけなんだからそんなに過保護にする理由がない」

 きっぱりと言い返すとガルはますますむっつりと不機嫌になる。

「過保護とかそういうんじゃない」

(いや過保護だろ)

 口に出すとガルはますます不機嫌になるので心のうちに留めたが、これを過保護と言わずなんと言えばいいのか。少なくともアイザの辞書には載っていない。

「おまえ、なんでそんなにこいつにひっついてんだ? 理由は?」

 珍しくクリスが口を挟んできて、アイザはきょとん、と目を丸くした。彼はいつも呆れているだけで仲裁に入ることはほとんどなかった。

「理由っている?」

 苛立ちを隠さないガルの返答にも臆さずにクリスは言葉を重ねた。

「普通、たいていの行動には欲求なりなんなりで理由があるもんだ」

「意味わかんないけど、そばにいたいっていうのは理由にならない?」

「なんで? なんでそばにいたがる?」

 重ねて問いかけられ、ガルは眉間に皺をますます深くする。

「だってアイザは」

 と口を開きかけて、ガルは止まった。そして目を落とし、飲み込みかけた言葉を小さく呟く。


 ――だってアイザは、俺が守らなくちゃ。


 表情は一変して、自分でもなぜそこまで頑なに守らなければならないのかわからない、と言いたげな顔をしている。

 アイザにはルーがいる。シルフィだっている。本人も多少なりとも魔法を使えるようになって、よほどのことがない限り彼女に危険が及ぶようなことはない。それは、ガルもわかっていた。

 何も持たない、何もない、出会った頃のアイザとは違う。

 違うけれど、けれどガルのなかではアイザはますます守らなければいけない存在になっている。

「本能のまま突き進むのもいいかもしれないが、おまえはもう少し頭を使って考えろ」

 呆れたようなクリスの声にも、ガルはもう言い返さない。

 アイザは何も言えずに、そんな二人を見ているしかできなかった。



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