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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第四部
115/115

第二章 己を知る為の(3)

『まー……俺もいろいろ考えたりするけどさ』

『……そのうちアイザにも話すよ』


 以前にガルが話していたことを思い出して、アイザはもしかしてそのうちとは今なんだろうかと思った。

 ジェンマへ行くと口にしたガルは、意思はもうはっきりとかたまっているようで、悩んでいる素振りはない。考えた末に彼なりに答えを見つけたということだろう。

「ジェ、ジェンマ? なんで? なにがどうしてそうなった?」

 混乱したような顔をしてヒューが矢継ぎ早に問いかけている。

「んー……まずは獣人について知ろうと思って?」

「疑問形なんだけど……本気なの、ガル?」

 心配そうなケインが確かめるようにガルを見た。しかしガルの金の目は迷いなく「うん」と答える。

(……ガルが本気なら応援するべきだよな)

 でもなんだろう。どうしてだろう。

 なんだか少し、寂しい気がする。

 悩んでいるなら相談してくれても良かったのに。一人で考えて一人で決めなくても良かったのに。そこまで考えて、でも自分はガルの未来に関係ないだろと窘めた。踏み込みすぎては迷惑なんじゃないか。

「だからさ、アイザに頼みがあって」

「……頼み?」

 ガルが体勢を変えてアイザの方へ身体を向ける。隣に座っていたから少し窮屈そうだ。

 科が違うアイザはガルが不在の間のフォローはできない。頼まれても助けになれるようなことはあまりないのに。


「俺と一緒にジェンマに行かない?」


 それは頼みというか、お誘いというか。

 予想していなかった言葉にアイザは目をぱちぱちと瞬かせた。

「……わたしも?」

「うん」

 どうして? とアイザが言葉を重ねる前にガルはしっかりと頷いた。

「アイザにも一緒に来て欲しい」

 真剣な顔をするガルを横目にヒューやケインは「それはちょっと……」「無理じゃね?」と小さな声で話していたが、ガルの耳に届いているのかどうか。アイザはしっかり聞こえているから、ガルは聞き流しているかそもそも気にしていないかのどちらかだろう。

(……確かにわたしには関係ないことかもしれないけど)

 でもガルにとってはアイザが一緒に行くことが意味あることなんだろう。そうでなければガルはきっと、アイザを巻き込んだりしない。

(そもそもマギヴィルだって、ガルは通わなくてもいいところをわたしが誘ったわけで)

 先に未来へガルを巻き込んだのはアイザだ。もちろん後悔していないし、やり直すことがあってもアイザは何度も同じ選択をするだろう。あのときアイザはそうしたかった、ただそれだけだ。

 だからたぶんきっと、今度はアイザが巻き込まれる番なのだ。


「いいよ」

「いいのかよ!?」

 あっさりと答えたアイザの声にヒューの大きな声がかぶさる。

「まったく興味がないわけではないし……いろいろ見て歩くのも、将来的には役立つだろうしな」

 ジェンマに関しては詳しくないが、ルテティアやノルダイン以外の国へ行ってみるのもいいかもしれない。精霊とどう接しているのか、またはどんな精霊がいるのか知る機会になるはずだ。

「休学することになるのはいいの?」

「休学に関しては別に……。単位は順調に取れてるし……考えてみればあちこち動き回れるのも学生のうちだけだろうし」

 ヒューも驚いたような顔で問いかけてくるが、アイザにはそれほど大きな問題には感じない。だってマギヴィルは学ぶ意欲がありきちんとしていれば、よほどのことがない限り退学にはならない。

 今回もしっかりと休学届を出しておけば問題にはならないだろう。セリカに相談してみてもいいかもしれない。

「あ、でも出発はすぐじゃなくてもいいかな。クリスが卒業するのを見送りたいんだ」

 すぐにジェンマに向けて旅立ってしまうと、クリスはアイザたちが戻るまでには卒業してしまっているはずだ。そう長い間ではなかったとはいえルームメイトの卒業は見届けたい。

「すぐに行こうなんてさすがに俺も言わないって」

「それもそうか。どうやって行くか調べてあるのか?」

 ガルはけっこうせっかちなところがあるけど、現実的だ。急ぐべきところとそうではないところは心得ている。

 アイザは地理は頭に入っているけれど、旅には慣れていない。なんせ生まれ育った街から王都に行ったこともなかったし、異国へやって来たのもマギヴィルが初めてだ。その道中は過保護な保護者による護衛兼案内付きだった。

「それなんだよなぁ……ルテティアを通っていくことになるんだけどさ、下手にタシアンに知られるとめんどうじゃね?」

「それは……」

(絶対にめんどうだな)

 正確にはタシアンに知られて、そこを経由してイアランに知られることがアイザとしてはめんどうかもしれない。休学するとはいえ長く休むのは本意ではないし、王都に寄れと言われても困る。

 だが仮にもタシアンはアイザやガルの保護者代わりなのだ。休学を知らせないでいるわけにもいかないだろう。

「……よし、全部終わってからタシアンには伝えよう」

「賛成」

 アイザの案にガルは即座に頷いた。同じようなことを考えていたのかもしれない。




 授業の合間を縫ってアイザは早速セリカに相談することにした。休学の手続きはどうすればいいのか確かめなければならない。ガルは授業に行ったが、早めに教員に相談してみると言っていた。

「セリカ先生、今お時間いいですか?」

 セリカの研究室に顔を出すと、彼女は「あら」と少し驚いたように目を丸くする。

「アイザが来るのは珍しいわね。どうぞ、お茶を淹れるわ」

 マギヴィルに入学したばかりの頃は右も左もわからなくてセリカに頼ることが多かったが、今ではそういうこともない。

 セリカが淹れてくれたハーブティーを飲みながらアイザは口を開く。

「あの、少しの間休学したいんですけど、手続きはどうすればいいですか?」

「休学?」

 セリカが首を傾げると、その白銀の髪がさらりと肩から落ちる。

「休学って、どうして? ルテティアにはこの間帰っていたし……また何かあったの?」

 後半の声はアイザの事情も考慮してか、密やかなものだった。アイザは慌てて否定する。

「あ、いえ。ルテティアは関係なくて、ちょっと……ジェンマに行きたくて」

 アイザがジェンマの名を出すとセリカはますます不思議そうな顔をする。

「ジェンマって……けっこう閉鎖的な島国だったと記憶してるんだけど、行きたいと思って行けるのかしら?」

「たぶん……? その国の人に、ガルが誘われたって聞いてます」

 ガルの連れということでアイザも入国できるはずだ。……たぶん、きっと、そのはず。

 一応あとでガルに確認しておこう、とアイザは思った。アイザだけが入国拒否という事態になっても、アイザ自身はそのときはそのときだと思っているがおそらくガルは反発するに違いない。

「あの子も一緒なのね……というか、ガルが行くのについて行くって感じかしら」

「はは、まさにその通りで……一緒にと、誘われたので」

「……誘われたからってほいほい一緒に行くものでもないと思うんだけど……春ねぇ……」

 セリカが窓の向こうを見つめ遠い目で呟いた。小さな声だったのでアイザはうまく聞き取れずに「えっと……?」と困惑したがセリカから「独り言よ」と返される。

「それなら休学ではなくフィールドワークってことにすれば少ないけど単位がもらえるわよ。専攻は決めた?」

「精霊学にしようかと……でもフィールドワークって、理由とかは……」

 単位をもらえるということはそれなりにしっかりした理由が必要なのでは? と思うが、セリカの言い方だと、他の生徒は随分と気軽にフィールドワークに行くのだろうか。

「そんなのでっちあげればいいのよ。精霊学ってことはレナード先生でしょ? ならきっと大丈夫。むしろ同じように言われると思うわ」

 生徒も先生もわりと行くのよ、フィールドワーク。セリカはけろりとした顔でそんなことを言う。

(た、確かに研究のためにフィールドワークが必要なこともあると思うけど……!)

 そんなに簡単だと悪用している人もいるのでは!?



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