41. 支えてくれた人
薬は飲んでくれた。体調は良くなっていった。でも、遅かった。もう治すとかそういう段階ではなかった。最後の最後で、和らげることしかできなかった。
『ごめん、ね』
たらればが渦を巻いて、私の方が謝りたくて、何も言えずに手を握り続けることしかできなかった。
じいちゃんが最初に死んだ。妹が死んだ。ばあちゃんが、お父ちゃんが、兄ちゃんが、お母ちゃんが……みんないなくなった。家族と同じ数の穴を掘った。騎士様が手伝ってくれた。全員埋めた。
空っぽの家には、死の匂いしかなかった。
『俺がいる』
空っぽで浮いてしまいそうな私の手を、騎士様はずっと握っていた。
『……どうして』
『一人に、させたくないから』
死体のような私と余所者な騎士様。奇妙な二人暮らしだった。騎士様の作ってくれるスープは暖かくて、夜に震えていたら抱きしめてくれた。一緒に寝て、起きて、食事を摂って。
あの日の朝は、冴返った春で寒かった。目が覚めると、騎士様が隣にいなかった。慌てて寝巻きのまま外に出て、探し回って。
『起きたか! この牛が鳴いて……』
『っよかった、いた』
感情が押し寄せてきて、涙になってぼろぼろと溢れた。騎士様が駆け寄ってきて、涙を拭ってくれたけど、止まらなかった。
『今度から起こしていく。大丈夫だ。だから、そんなに泣いたら目が溶けちまう』
『い、一緒にいて。何もないけど、そばにいて』
『……言っただろ。いるよ。ずっといる』
初めて騎士様の名前を知った。ずっと言ってたのにってレオは少し拗ねた。名前の通りの人だと思った。
暖炉の前でブランケットにくるまって、いろんなことを話した。レオは王家直属の騎士で、伯爵令息で、あの時一緒に捕まっていた高貴な人は、お忍び中の王女様だった。
『どーせ今戻ってもしゃーねーし、王女様がうまく誤魔化してくれるだろ!』
レオは豪快に笑ったけど、罪の意識がなかったわけじゃない。婚約者がいないとはいえ、伯爵令息なんて大事に育てられてきたはずだ。豊かな暮らしも、出世も、何もかも捨てさせてしまった。
『俺は、あんたを支えたい。ただそれだけだ』
でも、レオは教えてくれた。
王家の血で血を洗うような闇に、何もできない自分に嫌気が差していたこと。あの時、爪が剥がれそうになるほどに悔しがっていた私の叫びを聞いた時のこと。死に逝く家族を前に、一人耐えていた私を隣で見ていた時のこと。
『うん』
同情かなんて、野暮なことは聞かなかった。私を見つめる瞳が、触れる手が、燃えるように熱かったから。
伯爵令息と村娘なんて、本来出会うはずもなかった。でも、私たちは夫婦になった。春、夏、秋、そしてまた冬。何度も一緒に繰り返した。
レオは村にすぐに馴染んで、私が薬を買うお金が足りなかったという話を聞くと、村と街を繋ぐ方法まで考えてくれた。みんなで少しずつ山を整備して、町に村のものを卸す段取りをつけてくれた。村の学舎の先生に読み書き以上のことも教えてくれた。
『あー、俺はこれ以上はダメだ!』
とか言って頭を掻いていたけれど、十分すぎるほどだった。貴族であることは二人の秘密だったけど、村の中での評判はどんどん上がっていった。次第に、子供を作らないのかと言われることが多くなった。レオは曖昧に笑って流していたけれど、私が固まってしまうことに気づいていた。
『気にするな』
聞いてきた人が去ると、レオは私の背を撫でた。けど、私だって、レオが子供が好きなことに気づいていた。
ある晩、二人で話し合った。
『あなたのことは愛しているわ。子供もきっと可愛いと思う……でも、また喪うのが、怖いの』
村で育った身として、子供を産まないなんて選択肢はない。でも、人はすぐ死ぬ。子供なんて尚更で、私はその時、耐えられる気がしない。
武骨でガサガサで、熱い手が、私の手を握った。
『何があっても、俺がいる』
私はその言葉を信じた。
『お父ちゃんですよ〜あばばばばべろべろばぁぁ〜』
『凄い顔ね』
『アンナには好評だぞ!』
『見すぎて最近ちょっと笑わなくなってきたわよ』
アンナが生まれて、レオは親バカになって、穏やかで笑いの絶えない日々だった。アンナは賢く、可愛かった。
『アンナはお嫁になんて行かせないぃ……』
『そんなわけいかないわよ』
酔うたびに鼻水を垂らして号泣するほどだった。酒場にいた周りの男どもはドン引きしていた。しょうがないから引きずって帰った。
アンナが九歳になった年に二人目がお腹に宿った。
『名前はクリフなんてどうだ!?』
『お父ちゃん、まだ男の子ってわかんないよ?』
『こいつは男だ。間違いない』
『そもそも早すぎるわ』
なんて、レオはとてつもなくはしゃいでいた。
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次回は明日更新です。




