39. 血気盛んです
お婆さんに目を覗かれる。鋭い獣のような視線だ。
「後ろの坊主にはなんの言うこともない….がこの子はブランドンの金糸じゃないね。ああ、でも目が赤い」
「何より母上に似すぎていますから、血筋は疑いようもありません」
私が一番認めてもらいづらいと思っていたけど……。
なぜか頷く親戚一同。お婆さんに似ているということを話している横で、クリフに耳打ちする。
「ねぇ、そうなの?」
「……姉ちゃんが年取ったらああなるだろうなってくらいには」
「私、自分がお母ちゃん似だと思ってたんだけど」
「あのお婆さんとお母ちゃんを足して割ったような感じだよ、姉ちゃんって」
と姉弟でコソコソ。
自分ではわからないものだけど、似ているらしい。ブランドン卿や伯母様が話しているのを聞くに、雰囲気とか口元とか似てるらしい。
ブランドン卿の説明で納得したらしいお婆さんがこっちを振り向く。
「あんたたち」
「「はい」」
背筋が伸びる低い声だ。ガツン、と杖をついた音が部屋中に響いた。
「ブランドンは金獅子の髪と炎の瞳をもつ、王家の剣。何があろうと主君を守り抜く誇り高き一族だ」
古くから王家直属の騎士を務める家系。それは王朝が変わっても変わらず、爵位は必要最低限しか持たない。
「あたしは、王家への忠誠を捨て、家の使命から逃げたバカ息子を許さない」
私たちからすれば、お母ちゃんを選んだ人。親戚からすれば、そういう人。
私たちの肩身は狭い。この家の教育を受けていないし、忠誠心などわからない。この家に相応しくない。
「坊主、あんたはどうだ」
威圧感にクリフが唾を飲んだ。異様な沈黙の中で、気をつけの姿勢のまま、拳を握りしめている。
やがて、覚悟を決めたように口を開けた。
「……俺は、まだブランドンの人間である自覚がありません」
手に汗を握る。
けれど、お婆さんは、彼らは、何も言わない。
「でも、家族を、姉を守ると心に決めています」
息を飲んだ。私が王妃になるということは、家族にも背負わせるということなのだと、今更気づいた。
「姉を守るということは、王族を守るということ。そのためなら、俺はなんだってやります」
動揺している私に対して、クリフはまっすぐに立っている。
……本当に、大きくなった。
「二言はないか」
「ありません」
クリフが答えると、お婆さんは私を見つめた。お前はどうなのだ、と問う視線だ。
王家の剣。王家が、オスカー様が、私の新しい家族。
「私も同じです。生涯の伴侶であるオスカー様を守ります」
クリフのおかげで答えは決まった。
お父ちゃんは、お母ちゃんを選んだのだから。
「あんたたちを、ブランドンの人間と認めよう」
空気が和らぐ。
ほっと一安心をする間もなく、今度はお祖母様の大声が響き渡った。
「っよし、宴会だ」
バッと動き出した親戚一同と使用人たち。ドン、と座って鼻を鳴らすお祖母様。クリフと顔を見合わせる。
呆然としていたところを、後ろからちょいちょいと裾を引っ張られられた。
「私は三女のマーガレット。この子は娘のアビゲイル。嫁いだから姓が違うけど、貴方たちの叔母と従姉妹に当たるわね」
金髪赤眼。小柄で軽やかな声。でも、強い。お父ちゃんの妹だ。
「うちは何かあるごとにこうなの。訓練の一環として育ててる畑で採れた野菜や野営訓練の時に狩った肉で炊き出しをして、料理班以外は模擬戦。剣を交えた後に食べるご馳走は格別だとかなんとか……」
お父ちゃんが謎に農業ができて、謎に料理ができた理由がわかった。知れば知るほどおかしくて、血気盛んな一族だ。あと数がおかしい。お父ちゃんったら兄弟が何人いるのよ。一族だけで騎士団を組んでそう。
「早く行かないとあなたを探す声で屋敷中に爆音が響き渡るわよ」
「っは、はい」
後に教えてもらったところ、娘三人の息子五人の八人兄弟らしい。お父ちゃんはお騒がせ者な四男坊なんだとか。
炊き出しはとても美味しく、クリフは芝生に横たわって動けなくなるほどにしごかれた。
「見ての通り、ブランドン家は多産だ。後継者問題は気をつけてくれ。……我々は、王族同士の争いには介入できないからな」
長女である伯母様が、そう言った。
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