36. 王女様と対面です
「オスカー様、私、王女殿下と仲良くなろうと思うんです」
「……すまない、何を言っているのか理解する時間がほしい」
珍しい反応のオスカー様を眺める。デートの埋め合わせというか何というかで昨夜は色々と流されて、今朝はベッドの上でオスカー様に抱きかかえられながらの朝食だから、とても眺めやすい。ちょいちょいと顎をくすぐると、ムッとしたオスカー様に額をぐりぐりと合わせられた。
「王妃になるということは、侯爵とも長く付き合うことになるでしょう?」
「まぁ……」
「だったら、王女様とも仲良くしたいじゃないですか」
顰めっ面。眉間の皺が凄い。大方、オスカー様と結婚するかもしれなかった相手であり、契約婚とはいえ婚約者を奪った人と仲良くなんて、と考えているのでしょうけども。
元村娘の私にだって、王妃に私情は不要なことくらいわかります。
「嫌な気持ちなんてないですから」
散々な目に遭ってきていることは知っている。同情こそすれ憎むわけもない。
正直そんなことより、王女様とお話しできるかの方が問題だ。
「お初にお目にかかります、王女殿下」
「……来ないで」
ノックをして返事がなくて、侯爵の許可を貰って開けて……やっと返ってきたのは弱々しくか細い拒否。久々の侯爵邸はあまり変わっていなかったけど、この部屋の周りだけ空気が違う。どんより湿っているというか、陰のオーラが溜まっている。王女様は部屋の奥も奥、チェストの影に隠れているようで、姿を見ることすら叶わない。
「婚約者を奪ってしまったのは謝るわ。知らなかったの。ごめんなさい。でも、もう、辛い目には遭いたくないの」
胸が痛むと共に侯爵の懐柔能力に驚かされた。最後に聞いた時はこんなに喋れなかったはずなのに、今や感情を言葉にできているなんて。
「大丈夫です。怒ってませんし、王女殿下の嫌なことはしません」
「嘘よっ!!」
「私、侯爵のことが好きではありませんでしたから」
当然のように、淡々と伝えた。ガタンと何かが落ちた音がする。驚いたのか部屋の奥からドレスの端だけが見える。
「一方的な婚約破棄だったことに変わりはありませんが、それはオスカー様……王子殿下のせいもありますし、そもそも私たちは契約結婚です。ビジネスパートナーだったのですよ」
事情なんて知らない時でさえ、どちらかと言うと、この人も裏切るのだという感覚に近かった。今考えれば、商会や騎士様との方がよっぽど夫婦になれる可能性が高かったと思う。
また少し奥から出てきてくれて、今度は長い白髪の端が見えた。
「……あんな素敵な人を、好きにならないなんて嘘。無理はしなくていいわ。憎まれても仕方がないもの」
それはあなたには素敵な面しか見せていないからですよ王女殿下、とお伝えして差し上げたい。
オスカー様もだけど、正直人でなしというか、あの二人はどっちも決して善人ではないから。
……とはいえ、人の旦那様の悪口を言っては行けない。かくなる上は。
「私の好みはオスカー様なので、真逆なのです」
嘘ではない。好みとかそういうのは別で、好きになったのがオスカー様なだけだけど。侯爵が好みでないことは確かだし。
内心では焦っていても、顔には出さない。この邸宅で叩き込まれた淑女教育の賜物のおかげで、やっと王女様の顔が見えた。黄緑色の瞳は日に透けた葉っぱのように綺麗だった。
「……かわいい」
丸い目は小動物のようで、やっぱり侯爵と私は近しいものがあるのかもしれない。
なんて考えつつハッとする。今すべきことは惚気ることだ。
「侯爵は誰にでも人当たりが良いですが、殿下は相手に気を許すまで時間がかかります。その分親しくなるととても可愛らしいのです」
実際、料理長でさえキュンとしていた。私も破壊力にやられていたし、侯爵も染み入っていた。
……王女様はじっとこちらを見つめてきている。
「それに、端正なお顔は凛々しくて、ああ見えて筋肉もがっしりしています。私の父は騎士でしたから、筋肉のある殿方が好みです」
筋肉ががっしりしているのを知ったのは結婚した後だけど。あの細い体で腹筋が割れているなんてと驚いたけど。
「床は冷たくありませんか? よければ、お茶をしながらお話ししませんか?」
まだ半分くらいチェストの影に隠れているけど、王女様は何やらうずうずしている。
「王女様のお話も、聞かせてくださいませんか?」
よし、うまく行った。人に惚気られると自分も惚気たくなるものだ。




