34. 休日です
「今日は休日だ」
朝起きて、まず言われたのがそれだった。オスカー様の方が先に起きているなんて珍しい。ベッドから起き上がりもせずに、目を擦る。
「……確かに公務すら予定に入っていませんでしたけど」
「出かけよう」
そういえば今まで王宮の外に出ていないことに気がついた。私が寝たり起きたりを繰り返していたのもあるけど、オスカー様の警戒もあったと思う。やっと少し落ち着いたのだろうか。
「どこへ行くのです?」
「王都だ」
「何をしに?」
「デートだが」
縁が遠い言葉すぎて、理解するのに時間がかかった。世の中の普通の恋人たちはそんなことをすると聞いたことがある。
「わ、かりました」
今日の支度は着慣れた庶民服で楽だった。根っからの王族なオスカー様は少し苦戦しているのではと思ったけど、案外簡単そうに着ていた。なんなら手慣れている。
キャスケットにシャツ、ズボン。適度に汚れた靴。
お忍び姿を初めて見たけど、なんというかこう、隠しきれていない。例え庶民の姿をしていても、すれ違う人は皆振り撒くほどの美貌が。
「ん?」
「いえ、何も」
メイドも側近も全員諦めているのか、誰も何も言わずに食事を摂った。王族以外使わない裏口通路から、適度な距離に数人の近衛兵を付けて街に降りる。久々の王宮以外の空気は新鮮だった。大通りには高級そうな店が並び、裏通りの露店街からは活気あふれる声がする。
「何か欲しいものはあるか?」
「……オスカー様の瞳の色をしたものとか?」
今までは思いつかなかった欲しいものが、するりと口から出たことに驚いた。すぐに宝飾店に連れて行かれて、サファイアの髪飾りを買ってもらった。その後は露店の果実水を飲んだり、野外劇を見たりする。外で会うオスカー様は新鮮で、足が軽い。
「王都はやはり賑わっていますね」
「ああ」
「……どうかしましたか?」
好きな人と出かけるのなんて初めてで浮かれている私に対して、オスカー様は話半分といった様子で人混みで酔ったのかと心配になる。それとも、隠し事の方なのか。
「いや、人を探していた。そろそろなんだが」
「人?」
侯爵だろうかと思ったところで、背後から誰かに締め技をかけられる。この感じ、まさか。
「っお母ちゃ……あだだだだだだ!!!」
「ふん」
近衛兵が止めないわけだ。血縁だってすぐわかるくらい似てるから。私はお母ちゃん似。横にはクリフもいる。また背が伸びて、ますますお父ちゃんに似てきた。
「すっかり元気になったのは嬉しいけど、なんで」
侯爵の財力とツテは素晴らしい。首を回しながら尋ねる。
「なんでもかんでも勝手に決めて、事後報告される親の気持ちにもなりなさい」
「だって絶対反対す……」
「当たり前でしょう」
幼馴染に婚約破棄された時に置き手紙一枚で出ていったことをまだ根に持っているらしい。そんなのありえないって蹴飛ばしたんじゃないかと思っていたら、まさか受けただなんてって。薬代を無くせばいいとか抜かしたから口論になったけども。結局お母ちゃんの具合が悪くなってなぁなぁになってたけども。
「あの頃は怒る元気もなかったけれど……親の心子知らずっていうのは本当にこのことね」
「た、大変申し訳ございませんでした……」
お父ちゃんが土下座していたのを思い出す。久々に昔のように怒られてちょっと嬉しいのがバレたら、もっと怒られるだろうから、綺麗に頭を下げた。
「姉ちゃんが無理しすぎること、ずっと怒ってたんだよ」
クリフの援護が痛い。記憶の中にあったような、なかったような。面倒見させて悪いとかそういう言葉と一緒にして何もかも聞き流していた気がする。
……それよりも。
「待ち合わせがここなのはどうして? そもそもなんで王都に?」
「信用のおける者以外には今日は別の予定を伝えている。情報の漏れさえなければ、王城よりは安全だからな」
王城に来る時点で様々なところに情報が行き渡ってしまうのはわかる。だとしても会いに行った方がよっぽど……。
「あのね、私たち、これからこっちに住もうかと思っているの」




