33. お久しぶりです
「やぁ、久しぶ……ぐはっ」
軽く上げた手の袖を掴んで体勢を崩し、頭を固定して腕で首を絞める。
「羽交い締めしなくても、何でも吐くから、ちょ、待って」
「……大抵のことは聞きましたが」
「じゃあ何で締めるのかなぁ!?」
そもそもオスカー様は略奪宣言をしていて、侯爵は好きな人ができたとしても婚約破棄するつもりは全くなかったと聞いた。あの時は絶望がひどくて思い付かなかったけど、それもそうだ。私が契約妻に選ばれた理由に、メイドに好かれていたからというのがあった。
……だからこそ。
「まだ結婚してないんですか? 私はお幸せにって言いましたよね?」
「誰も彼もがすぐに婚姻証書を書かせるわけではないんだよ」
「王女様が不安そうにしていないでしょうね!?」
私は王女様が如何に虐げられて、可哀想な目に遭って来たかを侯爵づてに聞いている。けど、そんなことを末端が知るはずもなく。好かれていた契約妻を押し除けてやって来た他国……それもあまりいい印象のない国の王女様なんて、いじめられるに決まっている。
「大丈夫だよ、信用のおけるメイドだけをつけている。……まぁ、王女様は信用していないようだけどね」
「悪口どころか髪を切られて、ドレスや宝飾品を奪われて、食事を抜かされた末に殺されかけているんですから、当然でしょう」
「よく覚えているね」
その上でオスカー様の元に無理やり嫁がされるとか最悪すぎる。
あの話を聞いた時が、煌びやかな王族の印象が完全に消え去った瞬間だった。
「環境に慣れて、祝福の中で結婚させてあげたいのもあるけど……。まずは君たちが式を挙げてくれないと」
「ああ、そういえば」
「君と私が長らく婚約状態だったのは、殿下が未婚のままだったからだよ」
まさか婚約者を奪われるとは思わなかったけど……って、はい。本当にそうですね。とりあえず中腰がキツいらしいので解放する。
「で? 諸悪の根源殿下はどこにいるのかな?」
「夜中にこっそり抜け出すくらいなら昼間に堂々と出かけてほしいと、出て行ってもらっています」
「あの人嫌いの一途が密会かい?」
そんなわけがないと分かった上で言わないで欲しい。
実は一瞬考えもしたけど、日々愛されすぎてすぐに消えた。逆に離れたくないから、王宮で一人にしたくないから、わざわざ私が熟睡しているタイミングを選んでいたのだろう。
泥のついた靴、寝る前よりも増えた書物、謎の言語が書かれた紙、目の下の隈を見つけて初めて気づいたのだから。
「侯爵。オスカー様は、何を企んでいるのですか?」
人間不信を拗らせていて少々おかしいにしても、度を越している。常に私が寝てから、様々なジャンルの書物を読み漁り、何かを考え、そして実行しようとしているようだった。
「私も、聞きたいと思っていたんだよ」
侯爵は紅茶を一口飲んで、足を組む。
あの侯爵でさえ知らないのか。
「おそらく、この世には殿下しか知らないことが存在する」
「ええ」
倒れた時や淡い眠りについていた時に感じていたことだ。何かが切れて、私を包んでいた大きなものが剥がれた感覚。殿下の異物さ。
「……殿下は、結婚式の話をすると真剣に考えてくれるんです。私の負担が少ないように、いかに民や貴族に見せつけるのか。どんなドレス、指輪やティアラがいいのか」
人間不信で眉間に皺が寄ってばかりのオスカー様が、へにゃりと眉を下げて、私を抱きしめながら話す。その姿を見て、私も実感できるほどに幸せそうな姿。
「でも、実行しようとするといつのまにか話をずらされている」
ほんの少し顔がこわばるのを、私は気づいている。私を触っていない方の手を一人握りしめて、何かの不安に耐えている。そんなの、許せない。
「明らかに避けているということは、その知らないことでは、結婚式が引き金なのでしょうね」
「そのようだ」
暗殺計画でもあるのか、それとも。
侯爵ならば殿下の性格はよく知っているし、王族の結婚とそれに関することを調べられるだろう。
「私はそちらを調べてみよう。引き続き、頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
私も、妻として一番近くで観察できる。
あれだけ懐いてきておいて、自分が困った時には頼ってくれないなんて、許せない。




