32. とりあえず、幸せです
「女神なのか?」
「いえ、あなたの妻ですが」
間髪入れずに返したけど、冗談なのか本気なのかよくわからない。
本当に王妃にはなっていいのか、オスカー様が気遣ってくれる気持ちはわかるけど。
「確かに私に選択権はありませんでしたが、もらおうともしていませんでしたから」
他人に振り回され続けた六年だったけど、自分で振り回すほどの身分を持っていなかった。心配の言葉を受け取れずに、無碍にした。向こうに非が一つもないとは思わないけど、愛し合えなかった原因が私にないとも言えない。
どうして聞けなかったのかはわからない。だけど、『頼れ』だとか『無理しないように』などの真心は、拒否された側にも痛みが残る。……はずなのに。
オスカー様は、何度でも、好きだって……。
「っ!」
オスカー様から離れて、思い出して熱くなる頬を抑える。
「どうした?」
「何度も好きだって言われ続けていたのを思い出したんです」
「そんなことか」
まったくそんなことじゃない。
オスカー様は、侯爵邸で白昼堂々と、それはもう何度も、好きだと伝えていた。二人っきりじゃなくても、使用人が聞いていても、もはや侯爵がいても。無意識に無視していたみたいだけど、思い出すたびに顔から火を吹きそうになる。侯爵と会ったら、何故止めないどころか反応しなかったのか問い詰めたいくらい。
「恥ずかしい……」
「好きなのだから仕方ないだろう。アンナの方から言えというくらいなのに一体何を……」
「思い出してからはなんてお願いをしちゃったんだろうと思ってましたよ!」
まだ眠る時間が長かった頃、頭はふわふわしてるし現実だと思えないしでお願いしちゃったけど、もし過去に戻れるなら叩き起こして止めたい。
「……」
顎を掴まれて、背けていた顔を無理やり向けさせられる。端正な顔が至近距離にあった。まつ毛が長い。瞳の中に、顔の赤い私が映っている。
「恥じらっているところも好きだ」
「っいじわる!」
「本心だ」
幸せだけど、もう嫌だ。穴に入りたい。お父ちゃんの好き好きオーラを浴びても涼しい顔をしていたお母ちゃんは凄い。
そもそも、この人は着替えの途中で何を言っているのだろう。元々は確か……。そうだ、私の血筋と王族になるかどうかの話だ。
「とりあえず、私は逃げませんから、さっさと朝ごはんにしますよ!」
「……ああ」
下がっていてもらっていたメイドに入ってきてもらって、朝の支度を終える。ベッドルームから隣の部屋の窓際のテーブルに移動して、朝食を摂る。
本来なら食堂とかで摂るものだけど、オスカー様はいつも部屋で摂る。理由は聞いたことがないけど、人間不信のせいだろう。
「……もう少し食べたらどうですか?」
「あまり食事は好きじゃない。筋肉を維持する分は摂取している」
王族への食事というのは、当たり前に国で一番のシェフが作っているはずなのに。オスカー様が食べるのは鶏肉を煮たものと温野菜とたまごだけ。
「……早死にしないでくださいよ?」
「アンナが死んでからすぐ死ぬ」
「いいのか悪いのかよくわからないんですけど」
嬉しいけど、愛が重い。
もう喪う事は耐えられないから、意気込みはありがたいけど、なんだか心中のようにも思える。
「オスカー様、本日のご予定は?」
「アンナと一緒にいる」
「公務ですね、わかりました」
しかも放っておくと常にべったりついて回るから、私が管理しなければならない。王子一人いないところで仕事が回らなくなる方が良くないって屁理屈捏ねたりするけど、我が国に王子は一人しかいない。側近さんたちの泣き顔を見るのは辛い。
「……」
「仕事してください」
「…………アンナが、執務室にいるなら」
毎日こんな会話をしている。王妃教育もそろそろ受けようかと思っているけど、その前にオスカー様のあしらい方を覚えないといけない。側近さんしか入ってこない執務室で、オスカー様の膝の上にいる日々。休憩時間には結婚式の話をして、途中で過剰な愛に耐えきれなくなって逃げる。そう、結婚……。
「オスカー様、王女様と侯爵の結婚はどうなっているんですか?」




