24. 眠くなりました
「待たせた」
オスカー様はすぐに戻ってきた。私はソファから立ち上がり、脛を蹴って体勢が崩れたところで、胸ぐらを掴む。身長差があったって、このくらい造作もない。
「どういうことか、説明してくださいますよね?」
自分でも久々に出したくらい、とても低い声だった。絶対二人で何か共謀したに決まっている。返答次第では、このまま背負い投げする。
オスカー様は目を見開いて驚いた後、何かを考えてから、口を開いた。
「……アンナは僕のことが好きか?」
「そんな可愛い顔で言ってもダメです。ちゃんと答えてください」
誤魔化そうったってそうはいかないし、何その誤魔化し方。下手くそにも程がある。確かに可愛いけど、流されるほど余裕はない。
というか、好きって何。確かにオスカー様のことは大切だけど、私は、人を好きになってもいいの?
私には、お母ちゃんもクリフも婚約者もいる……のに……。
「どうした?」
「今の婚約者は、オスカー様ですか?」
「婚約者じゃない、夫だ」
夫。そもそも婚約者を……夫を好きになって、何がいけないのだろう。いや、そうじゃない。違う。
「あなたも、私を捨てるんじゃないの?」
「捨てない」
嘘だ。
「より身分の高い、本当に好きな人ができて……」
「僕の好きな人は、アンナだ」
結婚は、当たり前で、家族と生活のためにすることで。でも、より条件が良くて好きな人がいたら、そっちに行くのは当然のことで。
私は、きっと、そのためにいた。のに。
「私は、もう、いいの……?」
傷つかなくていいの? 婚約破棄されなくていいの?
「ああ、そうだ。君の話は終わった」
オスカー様は深く頷いた。
体から力が抜ける。何かがパチンと、弾けたような。凄く眠いのに、夢から醒めた気分で不思議だった。
「おっと」
オスカー様に支えられて、床に落ちることはなかった。オスカー様は私を抱き上げてソファに座る。膝を枕にするように、横にしてくれた。
「紅茶は飲んでいないな?」
「……は、い」
毒ではない。それはわかる。でも、毒を飲んだのだと思うくらい、胸がざわめいていた。
私は、なぜこんなに頑張ってきたのだろう。どうして誰も頼れず、婚約者様たちの話を聞けなかったのだろう。色々な人から、何度も気遣われていた気がするのに、どうして全て拒否してしまったのだろう。もっと楽な道が、あったはずなのに。どうして、私は……。
ああ、考えがまとまらない。何もわからない。ただ。
「……なんだか、凄く、眠いんです」
「そうか」
オスカー様に脈を測られる。ほっとしているし、正常なのだとは思う。多分、死にはしない。でも、酷く疲れた。侯爵から婚約を破棄された時なんて、比べものにならないくらいに。
「大丈夫だ」
落ち着く声が落ちてくる。下がりかけていた瞼をなんとか開けようとしたところで、目元が暗くなった。あったかい。オスカー様の匂いがする。
「アンナ、おやすみ」
泥のように眠ってしまいそうな気がして、少し怖い。でも、オスカー様が手を握っていてくれるから、大丈夫なような気もした。
何かよくわからない大きなモノに、包まれていたのだと、思う。




