23. 最も厄介
『略奪するつもりだ』
『まさかのする相手に宣言?』
まず、人を好きになれたことだけでも驚きなのに、こんなことを言われるとは。私たちの間で腹の探り合いなんて無駄なことくらいわかっているが。
『アンナは、愛する人と結婚したいと言っていた』
『一方通行でもいいとは言ってないよ』
『……僕に惚れていないのか?』
腹が立つなぁ、この王子殿下。
確かに君と私に惚れたことのない女性はいないけどね。凛々しい顔の君と美麗系の僕でちょうど需要も分かれていて。だとしてもだよ。
『君、他国から物凄い数の釣り書きがきてるよね?』
『全部燃やしたがな』
『使用人に謝ってくれ』
『勘違いするな。僕の手でだ』
それで他国から王女が送られてきそうなことになっているんだけど、わかっているのだろうか。あの国は弱いくせに強引だから、少々大変なんだが。
王妃問題自体は、長いこと大貴族の間で悩みの種になっていたし、娶ってくれるならもうなんでもいいんだけども。
どうしてこの方は、人らしいことになるとポンコツになるのか。
『そもそも、あの子の性格をわかってる? 君と比べれば身分は低いままだし、自分があれだけ振り回されているのに、恋を認めるわけがない』
むしろ、遠ざけているようにまで見える。家族を支えるという責任感か、また別のものか、心を動かさないようにしていそうだ。私と契約関係になってからは落ち着いているが、それまでの強迫観念のような追い込み様と鋭い気配は、なかなかのものだった。
『ひとまず、冗談にさせてくれ』
『……』
『そんな不服そうな顔をしてもダメだよ。もう少し人の機微がわかる様になってから、ね』
結局殿下は王女様を振ってしまって、少々どころか大変なことになった。殿下がいっそ属国にしてしまえばいいなんて言って、政界が荒れた。
気分転換であり領内の権力者の管理も含めた狩りから帰ると、アンナが石像になっていた。
『あー、殿下が来ていたのか。さてはあの好き好きオーラを浴びたんだね』
『凄い言葉をサラッと吐かないでください』
『ふふ、あれは強烈だよねぇ。癖になるくらい』
穏やかに返したけど、顔が引き攣らないようにするので必死だった。あれは、確かに納得していなかった。
……あの発言は半分本気で、半分は混乱させている間にアンナに会いに来るためだったらしい。戦の才がある分、余計にタチが悪い。が。
『これから、来る頻度が増えるかもしれないね』
『……』
『あっはっはは。困るって顔をしているねぇ。うんうん、君は随分と表情が良くなった』
殿下には教えなかったが、アンナが殿下と関わるうちに少し柔らかくなったことくらい、私はわかっている。惹かれているのも、そのことに気づいていないからこその感情なのも。
乳兄弟としては、応援したくもある。そう思っていたのも束の間で、王女様の件はより深刻になっていき、あの野郎と罵りたくなっていた。
基本仕事のことは持ち込まないようにしていたが、とうとうアンナに相談してみた。
『……差し出がましいことを申し上げますが、ひとまずお話を伺ってみてはどうでしょうか。王女様は、今とても不安だと思いますので』
そういえば外のことばかり対処していて、当の本人に目を向けたことはなかった。
『お話を、聞かせていただけませんか?』
王女殿下はそれはもう混乱して、逃げて、隠れて、泣いて……それでも少しずつ信用してくれた。ついには会いにいくとパッと明るく顔をあげるようになった。絹糸の様な白髪の隙間から見える瞳は、新緑の様に綺麗だった。
最初は懐柔するためだけのつもりが、二人でいる時間は、どこか優しく甘かった。
『王女のことが好きなんだろう』
ある日、殿下が言った。
『ああ、そうだね』
否定はしなかった。契約である以前に、人の心を縛ることなどできない。
『でも、関係のないことだ』
恋慕と結婚は違う。私は侯爵であり、アンナは侯爵の婚約者という役職なのだから。他の人を愛していたとしても、破棄する必要がない。
『愛人にでもするつもりか?』
『いいや? ただこのまま、君がどうにかしてくれるまで慰め役でいるだけさ』
結婚は政略相手で、恋愛は別の人を囲う。貴族の間ではそれが当たり前のことだとしても、民への印象が悪い。感情と理性は別だ。
それこそ王命でもない限り、婚約破棄するつもりはない。
『お前は、誰の臣下だ』
『もちろん貴方のお父上ですよ、オスカー第一“王子”殿下』
だから、このくらいの嫌味は言わせてもらう。
『ウィリアム、アンナとの婚約を破棄してくれ。どちらにせよ傷つくのなら、お前が悪いことになった方がマシだ』
『……最低だなぁ』
『アンナが理解してくれたら、全て話す』
大きなため息をついて、席から立つ。殿下の前で立膝をついた。
『御意』
葉巻を灰皿に押し付けた。
「なるべく、早くしてくれよ」
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