11. 三度目の婚約破棄でした
「はい、なんでしょうか」
「遠征で男爵家のご令嬢に助けていただいたのですが、お礼はどうしたら良いでしょうか」
今回は国境付近での異民族の討伐で、部下を庇って腹を負傷し、帰りに具合が悪くなったところを世話してもらったらしい。
「男爵令嬢とのことですし、侯爵領で流行りの紅茶の茶葉などはいかがでしょうか」
「良いですね。そうします」
なんて言えばいいのかわからないけど、とりあえず無事で良かった。そう思いながら、シチューを口に運んだ。この人が騎士である以上、危険はすぐ隣にあって、そうなったら私は未亡人にもなれない。一人になっても養ってくれる家族もいない。
お互い働き者というか、まるで雇用関係のようだったけど、ここでの生活は心地よかった。なのに、それがかなり危うい場所だと気づいてしまって、味がしなかった。
「ご馳走様でした。今日もうまかったです」
「お粗末様でした」
私一人がそんなことを気づいても、現状は何も変わらない。普通に日々はすぎて、侯爵家のドタバタが落ち着いてきて、メイドとして呼ばれることも少なくなって。
騎士様も侯爵が結婚する気がまったくないことに気づいたようだった。
「自分は、これ以上貴女を不安定な立場に置くのは……と考えますが、アンナさんはどうでしょうか?」
「お気遣いありがとうございます」
私が婚約者のまま二十一歳になったことを、騎士様は気にしてくれたようだった。気にするということは、つまり結婚するということで、私は頷きつつもなんだかモヤモヤしていた。
結婚するということは、私は安心できる。でも騎士様は、雇用関係のような妻と添い遂げることになる。確かに穏やかで信頼しているけど、互いに家で落ち着けているわけではない。仕事で忙しい人にずっとこんな生活を送らせるのか、とも思う。
「……先のことを考えても、しょうがないわよね」
結婚してから変わるのかも知れない。気にしても仕方がない。誠実な人だし、きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせた。
……それから数日後のことだった。
「好きな人ができました。悪いとは思っています」
寝耳に水とはこのことで。拭いていたお皿を落としかけて、静かに食器棚に仕舞う。
お相手は、この間紅茶の茶葉を贈った男爵令嬢とのことだった。二度あることは三度あるというけれど、今度こそ、大丈夫だと思っていたのに。
なんとなく、次の言葉に予想がつく。
「ですが、主君が貴方を婚約者として迎えたいと……」
主君、つまり侯爵。騎士様の上司で、私のひと時の雇い主。自分に興味がなくて良い、と仰った人。騎士様は分かっていないだろうけど、ぜっったいに裏がある。でも、侯爵から呼ばれて断れる身分ではない。
詫びの意思はあっても、あまり深刻に考えていないのは、玉の輿に乗ったと思っているからだろう。
「誠実に言ってくださってありがとうございます」
世間的に考えれば、それはそうだと思う。ただの村娘が侯爵の婚約者になるなんて、童話の世界ではとてつもないハッピーエンドだ。それも、ただ騎士様の婚約者としての勤めを果たしただけなんて、後ろから刺されるだろう。
けど、私は別に侯爵の婚約者になりたいわけじゃなかった。
「貴方も、私を捨てるんですね」
ここまで尽くしてそれなのか、と思うところはあるわけで。
恨み言を吐いて、部屋に戻った。トランク一個分しか、私の荷物はない。だって、ねだったことも貰ったこともないから。
「それとは別に、お幸せに」
流石に良心をお持ちの騎士様は、思い上がっていた自分を恥じたようだった。自分が忠義者だからと言って、主人が万人から愛されているわけではない。
わざとドアを乱雑に閉めて、二年住んだ家を出た。いい生活をさせてもらったけど、裏切られた気分だった。
侯爵邸に向かう途中で、何人もいる元婚約者の一人、商会の息子を見かけた。侯爵領の商会と取引にきたのだろう。少し太ったようで、ずいぶんと幸せそうだった。




