不思議の国の呪い
さて、ダンジョンの呪われた球体関節人形こと俺です。
慎重にいこうと思っていたのに、さっそく調子に乗ってしまった俺は、人形化が解けるのを待っていた。
コピー石人形の操作は切ってある。維持してると、それだけで人形化の時間が伸びるし。
にしてもちょい暇である。まだ1分程しか経っていないが、身動ぎどころかまばたきすらできないのは、なかなかストレスがたまる。
そこで俺は思いついてしまった。『人形の呪い』は、その力で創った人形だけしか操れない。普通の人形なんかは対象外だ。
なら、今の俺はどうだろうか。俺は『人形の呪い』の代償で人形になっている。つまり、『人形の呪い』に創られた人形と言ってもいいのではないだろうか。
というわけでさっそくためしてみる。
まずは右腕から。普通に動かせた。ピースしてみる。うん、問題無さそう。
次は立ってみる。やはり球体関節人形になっているようで、慣れない体にちょっとふらついたが、なんとか立てた。歩くのもそう難しくない。しゃべるのは無理だったが。というか首はともかく顔は動かせない創りになってるらしい。まあ体を動かせるだけで、十分嬉しいからかまわない。
ただ、めちゃくちゃ力を使う。石を半永久的に人形化させたのより、数倍大きな力を連続して使ってる感じ。そろそろヤバそうなのでいったん座る。
これで、人形化した俺はスキルの対象になっていることがわかった。
なので、コピーもためしてみる。
スキルを発動させると、目の前に素っ裸の人形が現れる。どうやらこれが今の俺らしい。
髪の毛と眉毛、そして睫毛は生えているが、他はツルツルである。ちなみに股間には何も生えてなかった。肌──と言っていいのかわからないが、とにかく表面は白い。髪や目なんかは黒いが、他は唇がうっすら赤い以外は白一色だ。
顔のニキビなんかも消えてるので、色白さと無表情さが相まって普段よりイケメンな雰囲気がある。あくまで雰囲気だが。
動かしてみると、石人形より動かしやすい。自分を動かした時はものすごく力を使ったが、自分のコピーは違うようだ。何せコピー人形を動かす力と維持する力、両方合わせても自分を動かす力より少ないくらいだ。だいたい石人形のコピーに対するそれと、同じがちょっと多い程度
良い発見をしたものである。
さて、『人形の呪い』は十分調べられたので、次の検証に移りたい。
しかしまだ、人形化は解けてない。あと数分は解けないと思う。
そして俺はその数分何もせずにいられるほど、おとなしくない。
というわけでこのまま検証を進めようと思う。
人形のまま他のスキルが使えるかはわからないが、たぶんいけるだろう。
最後に使うスキルは、【αⅢ81】『不思議の国の呪い』。
我ながら、なかなかセンスの良い名前じゃないだろうか。
このスキルは、対象の大きさを自在に変えることができる。大きくも、小さくも。そして人形化と同じく、時間経過で元に戻る。もちろん不可逆化することもできる。直接的な攻撃力こそ無いが、工夫次第でいくらでも攻撃に使える。大きくしたもので押し潰したり、小さくして踏み潰したり。
色んな使い方ができる、かなり便利そうなスキルだ。
そんな『不思議の国の呪い』の代償は、”幼い金髪碧眼の少女になる“というもの。
何だそのふざけた代償はと思う人もいるだろうが、実際こんなふざけた代償なんだから仕方ない。それに成長した高校生の体から、未発達な幼い体に変わるのだから十分な代償だろう。まあそれより、人形の呪いの比じゃないぐらい好奇の目で見られることの方が精神的な苦痛になりそうだ。それにまだ代償をちゃんと消化できるうちはいいが、戻れなくなってからも使い続けると『αⅢ』スキルの代償は、精神や過去にまで及ぶらしい。例えば『不思議の国の呪い』なら、だんだん精神まで幼い少女の様になり、自分が幼い金髪碧眼の少女であることが正しいように感じてくる。最終的には、周囲の人間の認識や写真などの記録まで、最初から”そう“であったかのように書き換えられていくらしい。
つまり、”自分“という存在が消えてなくなっていってしまうのだ。
だからワールドチェインスタンピード時代の『αⅢ』所持者の記録は、ほとんど残っていない。
呪いのスキルという呼び名は、伊達じゃないのだ。
まあよほどの無理をしなければ、肉体の可逆変化のみで済むそうだが。というかそうでもなければ、いくら楽観的な俺でもこんなスキル、使おうとは思わない。
ともかく、ためしてみないことには始まらない。
幼い少女というのも、どれくらいの幼さなのかまではよくわからないし。
「『不思議の国の呪い』!」
今回も目の前の石に向かって、大きくなるように念じながらスキルを発動した。それと同時に、目線が低くなり、視界に黄色い物が垂れてくる。どうやら髪が金髪になるだけでなく、かなり伸びたらしい。前髪は目を覆ってるし、横髪なんて胸くらいまである。
邪魔なので、自分のコピー人形を創ってよけてもらう。自分の手でやるより代償が軽いので仕方ない。
それにコピー人形は、どっちにしろ今の自分の姿を確認するために創る予定だったし。まさに一石二鳥である。
さてそんなわけで今の俺の姿は…どこの美術品ですか?と言いたくなる具合。
まず顔、めっちゃ美少女。どんな巨匠が手がけたのかというぐらい整ったパーツ。それが肌の色白さと、微動だにしない人形特有の無表情と相まって、神秘さすら感じる程。特に若干伏せぎみなまぶたが良い。青い瞳の煌めきが、隠れるどころかむしろより引き立てられ、宝石のようにすら見えてくる。
背中まである金の髪は、一筋もくすむことなく輝いて、綺麗な天使の輪を形成している。
130センチあるかも怪しい身長。なだらかな胸。細い四肢。それらはより未成熟さを際立たせ、黄金比を体現する肢体と相まって、独特な魅力を放っている。
おかしいな、俺はロリコンではないはずなんだが。
…これが今の俺かぁ。なんということでしょうとか言いたくなる。
というか幼い少女て、これ幼女じゃね?もしくは女児。小学校高学年くらいを想定していたのだが、下手すれば一年生くらいにも見える。
何というかこう、ヤバい。
俺がこのスキルで戦うなら、自分をコピーした人形を前衛に、俺自身は後衛として氷結の呪いで攻撃するか不思議の国の呪いで人形のサポートっていうのが基本的な戦闘スタイルになると思う。
その場合、絵面が色々ひどいことになる。犯罪臭がするというか、業が深いというか。もしこのまま俺が冒険者として活動したとしよう。間違いなく話題になる。…悪い意味で。
正直なんとなくこうなるのは、スキルを手に入れた時から予想してはいた。
その上で、夢のためなら多少の汚名ぐらいなんだと思ってもいた。
だがこれは多少どころではない勇気がいる。
そもそもただでさえ、αスキル所持者は犯罪者予備群みたいなイメージを持たれやすい。なぜかと言えば、十年以上前に起きた自爆テロが原因だ。
スキルを使用するには、どれもが魔力というダンジョン由来の謎エネルギーが必要だ。ダンジョン内に満ちる魔力を吸収して使うωスキルや、モンスターに近い体に変化するβは言わずもがな。自信の体力を使うδスキルも、生命力を魔力に変換してエネルギーにしているらしい。つまりスキルは魔力の使用を妨害してしまえばほぼ封じることができ、そういった魔道具が要人警護の場などでは必ず使われる。
他にも、魔道具は取り上げてしまえばいいし、モンスターはそもそもダンジョン外ではまともに活動できない。
つまりダンジョン由来の武力で大きな犯罪を起こすことはまず不可能。…αスキルを除けば。
αスキルは、唯一魔力を必要としていないスキルだ。そのため封じることが難しく、度も凶悪犯罪に利用されてきた。
だからαスキルの規制強化は度々論じられるし、一部にはαスキル所持者は常に拘束しておくべきなんていう過激な人もいる。
日本では、αスキルを所持するには冒険者ライセンスの他にまたもう一つ資格が必要になる。まあ多少の料金を払って小一時間講習を受けるだけで取れるものではあるが。
それでも法律で明確な区別が付けられているというのは大きい。




