共闘
10月22日
第一章の最後を加筆しました。
竜胆彩愛
僕のクラスメイトの一人にして、冒険者。確か戦闘スタイルはバトルサモナーだったか。とんでもない美少女で、物静かな性格も相まってまさに高嶺の花。入学一月にして既に告白した男子もいるとか。もちろん振られたらしい。
そんな彼女だが、生憎俺は話したことがない。というか俺だけでなく、クラスでも彼女と話したことある人の方が少ないかもしれない。休み時間なんかはだいたい一人で本を読んでいるし、希に誰かに話しかけられても、返す言葉は一言か二言。まず会話は盛り上がらない。
入学直後は、クラスのもう一人の冒険者である聖雅之君もよく話しかけていたのだ。けれど、冒険者としての話を振ってもこれまた一言か二言返されて終わり。一度、一緒にダンジョンに行かないかという誘いをかけていた事もあったが「ごめんなさい。ソロの方がやりやすいから。」という言葉に撃沈。
陽キャ女子や勇気ある男子(告白した奴)も頑張っていたが、今では全員諦めてしまった。
そんな彼女が今目の前にいる。
さて、当初俺は彼女に幼女人形形態を見られることを恐れていた。それは彼女のような美少女にこの姿を見られて罵倒されたくないがためだ。
だが今俺は影武者を手に入れ、端から見れば幼女人形を連れているだけの車椅子に乗った男子高校生だ。これなら例え見られても大丈…夫じゃないな、うん。
これはもしかしなくても、かなりヤバい状態なのでは?明日から俺が変態の誹りを受けるかどうかの瀬戸際なのでは?。
「誰だっけ?」
…まさかそもそも覚えられてなかったとは。いや、きっと名前を思い出せないだけだろう。何せまだ一月しか経っていない。俺だってまだ名前を覚えていないクラスメイトはいる。一度も話したことのない俺の名前を覚えていなくても仕方ないだろう。
「クラスメイトの、神田川夏海だよ。ギルドの依頼で異変の起きたダンジョンの攻略と、君の救助をするために来た。」
「…クラスメイトだったんだ。」
どうやらそもそも認識されていなかったらしい。いやまあ、席もけっこう離れているし仕方ない、か。
「まあそんなわけで、助けに来た。すぐに脱出しよう。」
奥へ一緒に行く訳にもいかないので、一旦彼女をオクリトドケルために戻ろうと思う。攻略に時間がかかってしまうが、まだ大丈夫なはず。たぶん。
「私も、攻略に参加する。」
「え、いや、でも」
いやいや、いくら試験中で侵入許可が下りてるからって、それはダメでしょ。異変中のダンジョンは何が起こるかわからない。普段のダンジョンにくらべて危険度は格段に上だ。それなのに連れていくなんて。
「私のスキルはサポート向き。この子も何かと役に立つ。」
この子、と言って指し示すのは足元にいるスライム型モンスター。んー、でもなあ。
「そもそも異変の解決はスピードが命。しかもギルドがこんなすぐに冒険者を送ってくるということは、スタンピードの可能性が濃厚。」
なにその洞察力。怖っ。
「そしてスタンピードは、1分1秒の遅れが大惨事に繋がることもある。一刻も速く攻略するべき。違う?」
まあそれを言われると痛い。まず、ここにくるまで一時間もかかっている。ここから戻れば往復で二時間攻略が遅れることになる。正直な話、できればそれは避けたいところ。
…仕方ないか。
「わかった。けれど、ちゃんと指示には従ってほしい。」
「もちろん」
というわけで、二人で行くことに。
道中、スキルや召喚モンスターのことについて聞いてみた。サポートタイプや役に立つだけでは何ができるのかわからないからな。
「私のスキルはδタイプ。相手の動きを封じることができる。この子はウォータースライム。水を出したり出した水を操る能力がある。索敵なんかもできて優秀。」
スキルは実演してもらったが、シャボン玉のような物を発射して着弾するとその場に停止。対象の着弾箇所を、まるで空に縫い付けるように固定してしまった。なかなか優秀なスキルだ。
ウォータースライムのは主な攻撃手段が水の射出。あとなぜか耳が良く索敵能力も高いので、砂に隠れたモンスターの奇襲も防げる。だがこの砂漠で最も重要なのは、飲み水を出せるということ。俺は必要無いが、竜胆さんはちょくちょく出してもらった水を飲んでいる。
ちなみに俺のスキルについても聞かれたので、話せる範囲で話しておいた。αスキル使いであること。各種αスキルの効果。人形を操ってるのは召喚モンスターであること。車椅子で移動しているのは呪いの代償のせいであること。
隠しておきたいことは上手くぼかした。特に俺が人形になっていることなど絶対ばれたくない。
さて、何はともあれ共闘することになった。
とはいえ、基本的にやることはほとんど変わらない。俺はひたすら氷結の呪いを撃つだけ。違うのは、ウォータースライムの索敵でモンスターがいるとわかっているところだけを指定すればいいということ。
まあつまり、ちょっと楽になった。これまではどこにモンスターが潜んでるかわからないから、とにかく全部凍らせていたからなあ。
それからダンジョン攻略は順調に進み、特に苦戦することもなくボス部屋の前まで来れた。
スタンピードが起こっても、ボスだけは最奥のボス部屋から動くことはない。そしてボスを倒せば、スタンピードは収まる。
あともう少しで、依頼達成だ。
ボス部屋の中に入ると、そこにいたのは一匹の巨大な蛇。おそらくボスだ。
「『氷結の呪い』!」
先手必勝、相手は死ぬ。ボスには何もさせないのが一番だとこの1ヶ月で学んだからな。ちなみに影武者にスキル名を唱えさせたのはただの気分だ。
まあなにはともあれ、これでスタンピードも収まるだろう。
この時俺は、ボスを倒した直後だったことで油断していた。ドールマスターとの戦いの教訓を、速くも忘れかけていた。
突然、視界が回った。遅れて、宙を舞っているのだと気づいた。
地面に落ちた俺が見たのは、ひしゃげた車椅子とその前に倒れ混むドールマスター。そしてそれを唖然と見つめる竜胆と、彼女の後ろで鋭利な爪を振り上げるモンスター。
(不思議の国の呪い!)
それを見た俺が咄嗟に使ったのは、不思議の国の呪い。氷結の呪いは範囲攻撃だ。咄嗟に使ってしまえば竜胆まで巻き込んでしまうかもしれなかった。そのため対象指定ができる不思議の国の呪いを選択した。
代償はそこそこ高くついたが、まあ長くても半日くらいで戻るだろうからそれはいい。
モンスターも、小さくした後すぐに氷結の呪いで倒した。今度は、消滅して魔石を落とすところまで見たから間違いない。その時に確認したが、ボスの正体は巨大な蛇の尾を持つサソリ。最初に倒したと思った蛇は、ボスの一部でしかなかったのだ。今回はドールマスターが身代わりになってくれたから良かったものの、俺に直撃していたらどうなっていたことやら。今度こそ最後まで油断しないようにしよう。
さて、そろそろ現実と向き合うとしようか。
俺の目の前には、攻撃を受けて擬態の解けたドールマスター。糸が切れて倒れたコピー人形(車椅子を押す役)。それらを見て困惑した表情の竜胆。
うん、まずいな。
ここからどうごまかしたものか。せめて俺とドールマスターが離れていなければ、【内緒話】経由で指示が出せたのだが。もしくは擬態が解けていなければ気を失ったとでも思われたかもしれないのに。
…仕方ないか。
俺は倒れているコピー人形を動かし、俺を抱えさせる。そしてドールマスターの方へ行き、立たせる。あ、どうしよ、こいつ【不動の足】のせいで自分で歩けないんだった。足が動かないはずなのになぜか立つことはできるのはなんなのか。
まあそれは考えても仕方ない。速く俺に【擬態】させ…れないな、うん。今擬態させても幼女人形が増えるだけだ。仕方ない、しゃべらせるだけにするか。
【声帯模写】は聞いたことのある声なら発せられるからな。
「すまん、驚かせた。」
「!」
めっちゃ驚いてる。まあ、真っ黒のデッサン人形だもんなあ。そんなのから声が聞こえてきたらそりゃビビるか。
「あの、もし違ってたらごめん。」
「なんだ?」
「もしかして、そっちの抱えられてる人形の方が神田川君?」
マジかあ。
どうしよ。今ならまだごまかせられるんじゃないかと思ってたけど、まさか一発で言い当てられるとは。
いや、諦めるのはまだ速い。冷静に対処すれば今からでも挽回できるはず!
「ちなみに、なんでそう思ったの?」
できるだけ、的外れだけどただどうしてそう思ったのか知りたいだけだという感じに聞いてみた。
「ほとんど勘。でも、今確信した。やっぱり、あなたが神田川君。」
そう言って、俺を抱き上げる竜胆。
あー、これ俺の反応が不味かったのか。正直どう不味かったのかもわからないが、もっとあわてふためくべきだったのか?
それよりは反省は後だ。今はとにかく口止めしないと、最悪明日には学校中に広まりかねない。
「あのー」
「何?」
「できればこのことは内密にしていただけませんかね?」
「?別に構わないけど。」
「ありがとう!いやーもし学校でこのことを話されたらどうしようかと。」
「そんなに、誰かにばれるのが嫌なの?」
「え、まあそりゃあ。こんな姿で冒険者やってるなんて知られたら、どう思われるかわかったもんじゃないし。」
「……へぇ。」
そう呟くと、竜胆は少し考えるような仕草をしたかと思うと、何かを思い付いたのかニヤリとしながら言った。
「やっぱり、しゃべっちゃうかもしれないなあ。」
「え。」
「わざと言いふらすつもりはないけど、うっかり誰かに聞かれちゃうことはあるかもしれないなあ。」
「え。」
「でも、何かご褒美を貰えたら、口が固くなるかもしれないなあ。」
驚いたが、ようするに口止め料がほしいらしい。でも、いったい何が望みなんだろうか。
「……何が、ほしいの?」
「あなた。」
「へ?」
「あなたがほしい。」
「!??!!?!」
このとき俺は、まあ彼女からそういう意味で求められているのかと勘違いしたわけだが、男子高校生なんだ許してくれ。じゃあ彼女はどういう意味で言ったのかといえば、俺が変身した金髪碧眼の美幼女人形がほしいという意味だった。
別にがっかりはしてない。いや、ほんとに。
なんでも彼女は大の可愛い物好きらしく、俺を初めて見た時からほしいと思っていたそう。特に、見た目は完全に同じはずなのに、なぜか俺が変身した人形に目を惹かれていたらしい。これが女の勘ていうやつだろうか。
さて、これから俺と彼女はかなり長い付き合いになるのだが、この時の俺はもちろんそんなことは知らない。
いずれ俺と彼女が、何を成すのかも。
この時は、誰も予想すらしていなかっただろう。
これで、第一章は終わりです。
お読みいただきありがとうございました。
二章の更新はいつになるかわかりませんが、いずれ執筆したいですね。




