決壊
あれから一月。
今日も俺は元気に冒険者をやっている。
ダンジョンも3つ攻略し、順調に実績を積み上げ貯金もそこそこ貯まった。
高校にも慣れてきて、そこそこ話が合う奴もできた。もちろんクラスメイトに俺が冒険者であることはばれてない。まあ、冒険者の二人とは活動範囲が違うし、会うとしたらギルドぐらい。それだってひんぱんに行くわけじゃないしな。
そんな俺が今どこにいるかというと、Eランクダンジョンのボス部屋前。
普通、Fランクの俺では一つ上のEランクダンジョンには侵入許可は降りない。だが、いくつか例外が存在する。
その一つが、ランクの昇格試験。ダンジョンの攻略数などの一定の条件を満たすと受けることができ、その内容こそがワンランク上のダンジョンの攻略だ。
そして俺は、もう後はボスを倒すだけとなっている。
楽勝とまではいかないが、特に苦戦することもなくここまでこれた。それはやはり、スキルのおかげだろう。
氷結の呪いはほとんどのモンスターに対して即死攻撃に等しく、罠などは人形達を先行させて見つけられる。まあつまりは、ごり押しだな。
そもそもDランクまでのダンジョンには、厄介な能力を持ったモンスターも凶悪なトラップもほとんど無い。だからごり押しで無理やりなんとかなる。
だが逆に言えば、Cランクからはそういった一筋縄ではいかないモンスターや環境が増えてくる。
今はまだごり押しで通用するが、Cランクに上がるまでには対策を立てないとな。
とはいえ、まずはボスを倒してさっさと試験をクリアしてしまおう。
このダンジョンのボスを一言で表すなら、翼の生えた虎だ。少し打たれ弱い以外に弱点らしい弱点がなく、鋭い爪と牙による攻撃を縦横無尽に飛び回りながら仕掛けてくる。
Dランクモンスターの中でも最上位の強さを誇る、が。
(氷結の呪い)
俺との相性は最悪だ。モンスターといえど生物である限り、俺は絶対の優位性を取れる。
つまりどういうことかと言えば、俺は今日からEランク冒険者だ。
まあ正確には試験結果をギルドに報告して証拠の魔石を提出後、認定証を受け取ってからなのだが。
帰るまでが試験ですってね。
というわけでギルドに来たのだが。
なんか、ばたばたしている?
まあいいか。さっさと報告を済ませてしまおう。
「おめでとうございます。こちらが認定証です。」
認定証は、冒険者ライセンスの淵に緑の線が入って少し鮮やかになった感じ。まだあまり実感はわかないが、これでまた一つ夢へ近づけた。
そんな風に感傷に浸っていると。
「あ、すみません神田川様。支部長お呼びのようでして。」
なんで?
「というわけで、君に迷宮異変の解決を依頼したい。」
支部長さんに呼び出されて何かやらかしたかとびくびくしていたが、そういうことではなかった。よかった。
何のことはない。前受けたのと同じような、異変が起きたダンジョン攻略の依頼だ。
成り立てとはいえ俺も冒険者、この依頼を受けることに何の問題もない。けれど気になることが。冒険者としてまだ一月程しか経ってない俺に、ギルドの支部長が直接依頼してくるということ。しかも何となくだが、焦っているようにも見える。
俺のその疑問は、その支部長によってすぐに解決することになる。
「依頼の詳細だが、まず今回の異変はEランクダンジョンで起きた。迷宮改変と迷宮決壊の複合型だ。」
スタンピードは、ダンジョンからモンスターが溢れるように出てくる異変。その性質上、周辺地域には避難勧告が発令され迅速な解決が求められる。しかもアルタレイションと同時に起こった場合、それまでに集めた情報が役に立たなくなる。つまりは初見でRTAしなければならないようなもの。
そんな重要な依頼を俺に振ってくるってことは、俺以外に手が空いてる冒険者がいないか…
「それでこの依頼なのだが、できれば君には受けてもらいたい。なぜならこのダンジョンを最も速く攻略できるのは、おそらく君を置いて他にいないだろうからね。」
よっぽど俺と相性がいいかのどちらかだ。
というわけでやってきたのは、件の異変が発生したダンジョン。
入り口の前では、時折出てくるモンスターを冒険者が撃退している。おっと、見ている場合じゃない。速く準備を整えないと。
スタンピード中は、入り口近くならダンジョン外でもモンスターの召喚が可能だ。いつもならダンジョンに侵入してから人目を盗んでしていたが、冒険者達も入り口に集中してこちらに気づいていない今の内にここで済ませてしまおう。
「あっあなたが、依頼を受けていただいた神田川様ですか!?」
「は、はい。」
話しかけて来たのは、ギルドの職員さんと思われる男性。なにやらすごく焦っている様子。
「つい先程情報が入ったのですが、ランクアップ試験中の冒険者が中に取り残されているようです!しかも神田川様と同じく高校生のFランク冒険者です!」
マジか。
衝撃の事実を直前になって告げられたが、救助を待つ人がいるというのならなおさら急がなければならない。
何せダンジョン内は、人がまともに活動できる環境じゃなくなっているからな。
一言で表すなら、燃える砂漠。灼熱の太陽が頭上を照らし、砂に足をとられ、燃えるサボテンやモンスターが行く手を阻む。しかもモンスターは砂に身を潜めて奇襲を仕掛けてくる。
まあ俺には関係ないが。人形の体なら暑さも苦に感じないし、水分補給も必要ない。燃えるサボテンもモンスターも、氷結の呪いで処理できる。奇襲を狙っていようが、常に周囲を凍らせ続けながら進めば問題ない。強いて言えば砂の足場で移動がしずらいが、少し煩わしいと思う程度で厄介とまでは思わない。
確かにこれは、俺が最も適任だ。対応手段を持っていなければ、Cランク冒険者でも攻略は困難になるかもしれない。
これでは取り残されているという冒険者も無事かどうか。元々異変が起きる前のこのダンジョンは、草原のような環境だったらしい。モンスターも元々出現していた種に加え、燃え盛るサソリや大蛇などが増えている。
少しでも暑さや炎に対する何かを持っていればいいが、そうでないなら…
そう思っていたときだ。
「─────」
かすかに人の声らしきものが聞こえた。たぶん、女性の声。女性だったのか。ともかく良かった、どうやら間に合うことができたらしい。
急いでそちらへ向かうと、いた。
召喚モンスターらしきスライム型のモンスターを引き連れた女性。後ろ姿なことに加え、長い髪で顔は窺えない。
そして彼女の前には、燃え盛る炎を纏う蠍が今にもその尾を振り下ろそうと───(氷結の呪い!)
炎は鎮火し、霜が下り白っぽくなった蠍はゆっくりと崩れ落ち…る前に消滅し魔石へ変わった。
彼女は、いきなり倒れた蠍に驚いているようだ。
「おーい!大丈夫かー!」
とにかく声をかけることにする。まあ実際に話すのは俺に擬態させたドールマスターだが。
俺の声に振り向いた彼女の顔を見て、驚いた。
「あなたは…」
「まさかこんなところで会うとは、竜胆さん。」




