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「私の記憶が本物なら、今から2年ほど前の事になるわ。私たちはここに集められたの。不思議な力の取り扱いに、モンスターとしか呼べない動物たちとの戦い。毎日のように体の検査もされたわね」
今のようなしっかりとした教育機関ではなく、実験動物のようだったと榎並さんが視線を落とす。
両親がいない者、施設に預けられた者、片親が海外へ単身赴任中だった者。
助けは期待できず、逃げ出すにもどっちに行けば良いのかもわからない。
そんな状況の中でも、いつも明るく接していた宇堂めぐみだけが、みんなの支えだったと言う。
「力を付ければ周囲の大人たちも優しかったわ。お金も十分にもらえて、逃げ出さないとわかったら自由な時間ももらえていたのよ」
検査や訓練は1日8時間。週に2回は自由な休みが与えられる。
俺が聞く限り、社会人と大きく変わらない生活をしていたようだ。
徐々に強くなっていく感じが、テレビゲームのようで楽しい。
大人に褒めてもらえるのが楽しい。
そうして実力を付けて、動画の撮影にまでこぎ着けたという。
「詳細は知らないのだけど、何かの実験に失敗して、私たちは記憶を失ったのよ」
記憶が戻ったきっかけは、橘理事長に動画を見せられたこと。
スカウトと称して、平然とやってきたと言う。
「すぐにあの時の4人を探したわ。誰が敵なのかもわからないから、ひとりだけで。男2人は見つけたのよ。彼らはすべてを忘れて高校で普通に生活をしていたわ。大勢の友達に囲まれてただ幸せに。だけど……」
どれだけ探しても、1番の親友だった宇堂めぐみだけが見つけられなかったそうだ。
橘理事長のスカウトを受け入れて学校で暴れれば、あの時の事を知る者たちが接触してくるのではないか。そう思ったらしい。
「なるほどな。初日に宇堂先生を挑発したのは、それが理由か……」
「えぇ、記憶を失った私が突然"力”を使い始めれば、上層部にも伝わると思ったわ」
だけど、宇堂先生に返り討ちにされ、入学祝いのテストは俺が目立ってしまったせいで彼女は俺の影に隠れてしまった。
「俺と敵対するのもそれか……」
「えぇまぁ、……そうね」
不意に俺から視線を外した榎並さんが、黙り込む結花の姿を流し見る。
ほんの少し違和感を感じながら結花に視線を向けると、ガイコツのキーホルダーを握る手が、小さく震えていた。
「私の話は以上よ」
重たい空気を振り払うかのように、榎並さんが小さく笑ってくれた。
自然と俺たちの視線が宇堂先生に向く。
「まず始めに言っておく。俺も詳しくは知らん。だが、娘が突然いなくなったのは事実で、それを直前まで忘れていたのも事実だ」
壁から背中を離して、先生が小さく息を吐き出した。




