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【第98話】戦争の材料

 部屋を出た朝霧は、黒い軽自動車に乗れと指示される。軽自動車には既に、無精ひげを生やした四十代くらいの男性とフェイロンがそれぞれ運転席と後部座席に座っていた。

 それにしても、と朝霧は車を見ながら思う。正直大京学会という一つの大きな組織が持っているものとは思えないほど、チンケな車だと思う。イメージ的にはベンツとかに乗っていてもおかしくないような気がするし……。

 と、そんな朝霧の思考を読んだかのように神宮寺は、


「イメージとは違った?」


 と、聞いてくる。まるで朝霧の反応を楽しんでいるかのようだ。


「そりゃあな。てっきりベンツとか高級車に乗ってるもんだとばっかり……」

「ハハハ。大京学会ってのは表向き、スキアーと明自党を含めた不穏分子の内偵・崩壊を目的としてるんだ。そんな派手な車に乗ってたら内偵できないだろ?」

「まぁ、そう言われてみるとそうだな」


 そう納得しながら朝霧は後部座席に乗り込む。車の中は芳香剤の匂いに包まれており、とても心地良い。


「君が電子光線君か。話は常々聞いているよ。なんでも戦闘のセンスは素人にしてはピカイチだとか……」

「い、いや! そんなことありませんよ!?」

「けど、この喧嘩バカの腹に一発かましたんだろ? それも攻撃を受け流しながら……」

「達矢さん。余計な話は良いから行きましょう」


 助手席に乗り込んだ神宮寺が、やれやれといった顔でそう言う。なんだか不機嫌そうだな~と感じる表情である。

 と、そんな神宮寺に「別に良いだろ? お前さんのお気に入り君の話をしてるわけだしよォ」と運転席のオッサン……こと達矢がつつく。


「はいはい。さっさと港まで行かないと、あっちから連絡が来ちまうぞ。それよりも早くに着かないと、計画が破綻しちまうんだろ?」

「カァ。ったく、お前は変なところバカ正直だな。バカなところは喧嘩だけにしとけっての」

「さっさと車を動かせ。俺がアクセル踏むぞ」


 朝霧は後ろの席でそんなやり取りを見ながら少し驚く。

 あの理不尽で残虐で人を殺すことに躊躇いを持たない神宮寺相手に、あそこまで軽いやり取りができるなんて。この達矢と呼ばれてるオッサンは何者なんだろう。

 と、そんなことを考えたとほぼ同時に車が発進した。


「目的地までのナビゲーションはフェイロン。任せたよ?」

「分かってる」

「えーと……俺は?」

「君は戦略でも練っていてくれればそれで良い」


 なんだか現場に着くまで俺って必要ない子だよな、なんてことを考える。そして窓から外を見た。

 外には無機質なビル群が流れていく光景しかない。……なんだか本当につまらないな。

 朝霧は暇つぶしに、ポケットの中にしまってあるスマホを取り出……そうとしたとき達矢から声をかけられる。


「ところで電子光線君」

「は、はい!?」

「おぉおぉ。一々威勢の良い声が喧嘩バカとは違うねェ。君は将来大物に……」

「さっさと要件を話せ。そして俺を一々引き合いに出すな」

「オイオイ、なんでお前は不機嫌そうなんだよ」

「別に不機嫌じゃねぇっての」


 神宮寺はあからさまに不機嫌そうに、車の扉に寄りかかる。

 あれ? 俺なにかしたっけ?


「まぁ、良いや。で、電子光線君。君は竜の力について何か知ってるかい?」

「竜の力について? うーん……」


 思考を巡らす。が、ファンから教えてもらった属性の話しか出てこない。


「闇と光という属性がある、ということくらいしか知らないです」

「そうか……」

「はい。でも唐突に何でそんなことを?」


 車が赤信号で急停止する。


「……スキアーが竜の力について、研究をしてるらしい」

「研究?」

「あぁ、別に変な話ではない。例えば、九州国や北海国も竜の力について裏で研究しているし、最近ではアメリカさんも国連の議長国に戻るべく竜の力の研究に力を注いでる。まぁ超能力の研究を今更行っても、東京国には勝てないと踏んだんだろう」

「って、竜とかそんなオカルトチックなものを本気で研究してんのかよ……」


 少し呆れた感じの声で朝霧がつぶやく。そこで信号機のライトが赤色から青色に変わった。

 車が急発進する。


「そもそも、超能力だって一昔前まではオカルトだったんだぞ? 第三次世界大戦前のロシアとアメリカでは、裏で超能力者を育成していたしな。その技術がまさか、第三者の東京国に盗られるなんて思ってもなかっただろうが」

「そう言われてみれば確かに……」


 朝霧は歴史の教科書に書かれてあったことを思い出す。


 超能力の科学的実証が公になされたのは、第三次世界大戦が終結してから約二年後のこと。その間になにかしらの情報合戦があったらしい。


 当時のアメリカやロシアは戦争の被害をもろに受けていたため、混乱が生じていた。恐らく東京国は、その隙を突くように研究資料を盗んだのだろう。


 てか、なんだか話がズレた気が……。


「まぁ歴史のお勉強はここまでにしておこう。話はここからだ」

「あ、はい」


 どうやら達矢も話がズレたことに気づいたらしい。運転しながら一度咳払いをして再度会話を再開する。


「この第二十四都市のどこかに……スキアーの人工竜力製造研究工場なるものがあるらしい。まぁこの調査結果は、曖昧な点や不透明な点が多々あるから、本当にあるかどうかは不明なんだが。だが、もしこれが事実だとすれば、九州国や北海国は良く思わないだろう」

「でも、おかしなことではないんでしょう?」

「そう。おかしなことではない。エネルギー資源として利用する研究をしている、と言えばそれまでだしな。だが、そうだとしても、だ。もしそれが強大な兵器に転用可能となれば、近隣諸国の反応はいつの時代も決まっている。原発と核爆弾の関係性が良い例だろう。本当に……この手のモノは、下手をすれば戦争になりかねない危険な材料だよ」

「……戦争」

「まっ、そんなビクビクせんでも大丈夫だ。それよりも今は目の前の敵だしな」


 そう軽く達矢は言う。

 そんな中、車は高速道路のインターチェンジへと吸い込まれた。

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