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【第96話】第七クラス

 テレビの音で目が覚めた。なにやら朝のニュース番組が流れてるらしい。

 朝霧は、寝ぼけながらそれを聞く。と、今日の天気予報をお天気お姉さんが伝えているのが分かった。ちなみに、お姉さんが言うには今日はずっと曇りらしい。

 ということは、一日中ムシムシと暑いのだろうか……なんてことを考える。

 いち学生としては、ムシムシ暑い日と雨の日ほど学校に行くことが鬱になる日はない。だから、カラッとした暑さになってほしいのだが……そもそも関東の夏にそれを求めること自体間違っている。まぁ、年中バカをやってる朝霧疾風が、そんな気象科学的なことに気づくはずもないのだが。

 朝霧は、ふぁぁぁと伸びをしながら布団から出る。

 どうやら、昨日はリビングに敷いてあった布団にダイブし、そのまま落ちてしまったらしい。その証拠に寝る直前の記憶がない。

 あるのは、ファンと行った倫理的にアウトなイチャラブと無言電話くらいだ。


「……はぁ、寝た気がしねぇな」


 朝霧は、ため息混じりにそう呟く。と、同時に電車の中でうたた寝をしてたかのような疲労感が彼を襲った。

 最近、このような寝た気がしない睡眠が多いように感じる。こんなことを佐倉先生に言ったら、保健室で介抱とかしてくれそうだが。そうすると学年の男子……いや、学校中の男子を敵に回しかねないため、妄想の中だけに留めておくことにした。

 と、そんなバカなことを考えながら、朝霧はテレビのチャンネルを探す。床を這いつくばるこの姿をファンに見られたら、それこそ変態扱いされそうだが、所詮彼も夜型の人間。朝は眠くてたまらない。

 仕方なく、ホコリまみれの床を這いつくばること数十秒。やっと、テレビのチャンネルを発掘する。

 テレビのチャンネルは、俺の寝返りの射程圏内にあった。恐らく誰も起きていないのにテレビがついていたのは、これが理由だろう。

 無駄に電気を使っちまったな。

 朝霧は無駄な電気代を親に払わせてしまうことに対して反省しつつ、テレビを切る。そして、また眠りに就こうとした……その瞬間。


「ハ~ヤテ君! あっそびましょっ!」


 そんなどこかの小学生が口にしそうな。けれど声の質は声変わりを終えた男の声。そんなものが玄関の向こう側から聞こえてくる。

 朝霧は少し不審に思いながらも、布団から出る。そして眠い眠らせろと主張する自分を抑えつけながら玄関まで歩いた。


「誰だ?」


 朝霧は玄関の向こう側にいる人物に聞こえるようそう訊く。と、向こう側の人物は、やだなー。隣人さんの声も忘れちまったのか? と返してきた。

 朝霧はとっさに玄関を開ける。


「やっと起きてきたか。ほら、早く着替えんしゃい」


 と、玄関を開けた先には予想通り篠崎健二が立っていた。健二は俺の顔を見るなり、着替えを要求してくる。


「なんだ健二? 貴重な休日の……それも朝なんかに」

「いやいや、休日って……。今日補修あるだろ?」

「あっ、忘れてた……」

「やっぱりな」


 健二は『計画通り』と言わんばかりに、ニヤッとする。その表情はイヤミというものを感じさせない。いや、そもそもイヤミを含めてないのだろう。だが、その代わりにただただ呆れるという感情がヒシヒシと伝わってくる。

 朝霧は、そんなにやけ顔をしている健二に玄関先で待つよう言いリビングへと駆け込む。

 そういや鬼熊が今日も補習があると言っていたな。なんてことを考えながら、部屋着を脱ぐ。そして、床に落ちている(朝霧曰く、落ちているのではなく置いてある)制服を慣れた手つきで着ていく。

 ……およそ一分。朝霧は学ランに学生服ズボンという、いつもの姿になる。

 朝霧はパパっと補助バックを手に取ると、少し急ぎ足で玄関まで行き、


「加奈子~ファン~。俺、学校行ってくるから留守番頼むなー」


 寝室に向かってそう言う。と、はーいという加奈子の声が聞こえてきた。

 朝霧はそれを確認しながら外に出る。


「やっと、行く準備終わったか」

「あぁ、悪いな。てか、先に行ってれば良かったのに」


 朝霧と健二はそんか話をしながら歩き出す。


「クラスの場所知らねぇから、それは無理だわ」


 え? と、朝霧は間抜けた声を出す。

 確か、少し前に健二は俺と一緒に学校へ行ったはずだ。なぜ、今更クラスの場所が分からないのだろうか。

 そんなことを考えていると健二はだってと言い、


「この前、俺クラスまで行ってないじゃん」


 そう言う。

 朝霧は少し記憶を呼び起こしてみる。あの日、健二はクラスに行く前に職員室へ行った。で、その後は…………。

 朝霧は、補習のときのことを思い出そうとするが、なぜか思い出せない。と言うより、補習のときの記憶だけがポッカリ無くなってるかのようだ。

 と、そんな朝霧の思考を読んだのか、健二はハハハと笑い、


「おいおい、覚えてないのか? じゃあ俺が、あのとき職員室に呼ばれたのは覚えてる?」

「かろうじて……」

「じゃあそこからな。あの後、学園長なる方と会ったんだよ。んで、補習は次回からで良いと言われ帰ってきたわけだ」


 あぁ、と朝霧は納得する。と、同時にそのときの記憶が蘇った。

 朝霧はあの日、黒崎高等学校三学年──またの肩書きを大京学会構成員──である神宮寺 洸大をマークしていたのだ。そのため、講習の内容はもちろん、健二のことも上の空だったというわけである。

 ──と、そんなやり取りをする二人は気づけば学校まで一直線の道にさしかかっていた。まぁ、言わなくても分かるだろうが、現在絶賛近道中だ。


「おっ、校舎が見えた!」

「この前も見ただろ。はしゃぐなっての。まぁ、この調子なら遅刻も大丈夫だろうな」


 朝霧はそんなことを言いながら歩く。と、そのとき。学校の門をある女子生徒がくぐっていった。

 艶のある黒髪をロングにした髪型に、つぶらな瞳。体系もスリムな上、顔も並みいる女優より美しい。更に歩く姿からは優等生のオーラが発せられている。

 そんな黒崎氷花とはまた違った美少女。朝霧と健二の視線が強制的にそちらに向く。


「…………見たか?」

「…………あぁ、見た」

「すっげぇ美少女だったな!」

「ホント、この学校に転入できて良かった!」


 閑静な住宅街にそんな思春期男子の会話声が響く。住民からしたら、朝から大迷惑だろう。

 まぁ、学校側はこのような近隣の住民への配慮のため、この近道を許していないのだが……。そんなことをバカ二人組が理解しているはずもなく、大声での会話は途絶えることを知らなかった。




 チャイムが朝霧の意識を夢から現実に戻した。そして、気がついたら講習が終わっていた。

 黒板には『能力者』やら『ホルモン』やらという単語がズラッと書き並べられている。恐らく、EWU放出物質についての勉強をやっていたみたいだ。


「ふぁぁぁぁ、よく学習できた」

「良く言うぜ……。先生が寝ているハヤテのことを何度睨みつけたと思ってんだよ。こっちまでヒヤヒヤしたからな」

「ハハハ、まぁ第七クラスってのは、そういう奴らのためのクラスなんだ。気にすることじゃねぇよ。それに今日の監督は鬼熊じゃなかったしな」


 朝霧は健二にそう言いながら帰り支度を始める。と、言っても特に勉強をしなかった(本人曰く睡眠学習をやっていた)ため、支度という支度はない。

 せいぜい机の上に置いてあるマンガ本をカバンの中に入れるくらいだ。


「さぁて、さっさと帰ろうぜ」

「そうだな……」


 健二はなんだか疲れたように言いながら咳から立つ。──と、


「はやてぇ。ちょっと良いかにゃん?」


 そんな可愛らしい(?)声とともにちょんちょんとされる。朝霧は、んー? と、後ろを振り向くと、そこにはオレンジ色の髪をした天鬼 優芽(あまのき ゆめ)が立っていた。


「……って、なんだ。天鬼か。どした?」


 天鬼というのは、高校一年生のときに仲良くなった女子生徒である。成績は、第七クラスにいることから分かるようにド底辺。けれど、まぁまぁの胸と標準的な身長+可愛さから男子から一定の定評を得ている。

 なお、朝霧とは友達以上恋人未満の関係を保っていたりとする。


「はやてぇ。なになに、そこのイケメン君は♪ 私に紹介してくれないかにゃん?」

「健二のことか? ダメダメ。まだ転入して間もないし……お前に健二が壊されるかと思うと気が引ける」

「どういうことかにゃん!? ミーは、そこまでドS気たっぷりなヤンデレ少女じゃないにゃんよ!」

「どちらにしろダメ」


 朝霧はそう言うと、健二を連れて教室から出る。後ろから、にゃんにゃん騒いでる奴がいるが、気にしてはいられない。

 と、言うのも天鬼と話している途中で気づいたのだが、朝霧は昼飯の材料を買い忘れていたのだ。今頃、ファンと加奈子が怒ってるに違いない。


「おっ、ハヤテっち! 良いとこに来たぜよ。今度、西方同人誌のコミケが…………って、無視!?」


 無論、後で電話で用事が済むようなことは、全て無視する。


「えーと……誰今の?」

「一言で言えば変態。ちなみに、アイツも第七クラスだから」


 そう言うと、健二は「このクラスでやっていけれる自信がねぇ……」と嘆く。まぁ、それに関して俺に責任があるわけではないし……。何より第四クラスには大バカ火炎少女がいる。第七クラスの(ある意味)平和なメンツに囲まれてるだけ良かったと思うが……。

 朝霧はそんなことを考えながら、朝来た道──ただ朝よりもムシムシしている──を健二と一緒に戻る。

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