【第92話】神人の出来損ないvs世界一の能力者
そう言い放った瞬間、朝霧の足下から生成された稲妻が、暗闇に包まれた地下道を照らしながら一直線に突き進む。油断していた斑鳩を勢い良く吹き飛ばし、スパークする。
不意を突かれた斑鳩は受け身をとることもまならず、数メートルほど後方へ吹き飛んだ。
う゛っ! という呻き声を漏らしながら斑鳩は、痛みを押し殺すように大きく深呼吸をする。
「ど、どういうつもりですか? あなた方のおかれた立場は崖っぷちということをもう忘れたのですか?」
「あ? 寝言は寝て言えってんだこの野郎。だから言ってんだろ。加奈子は助けるし、てめぇは倒すって。俺はバッドエンドが大っ嫌いなんだよ!」
二本目の電撃が、今度は朝霧の手元から生成される。
斑鳩は、とっさに自分の前方に縦五個・横三個。計十五個の魔法陣を展開させる。
電撃は、斑鳩を守るように配置された魔法陣にぶつかり、無効化される──はずだった。突如、白い影がそれを片っ端からぶち壊した。
「な゛っ!?」
斑鳩が、そんな驚きの声を漏らした瞬間、電撃が白い影を追い越すように迫り来る。
普段なら、人間の反応速度の限界に近いコンマ三秒レベルでの戦闘を可能とする斑鳩。だが、突如現れた白い影──つまり、神宮寺の人間離れした斬撃に不意を食らったこともあり、完全に電撃への反応が遅れた。
結果、二本目の電撃は見事に斑鳩の胴体を捉えた。彼の身体は宙に浮き、更に数メートル吹き飛ぶ。
地面に打ちつけられた瞬間、身体中に激痛と痺れが駆け巡った。斑鳩は奥歯をかみしめる。
少し深呼吸した後、斑鳩は拳を地面に押し付け、
「ふ、ふざけやがってくれますね。後悔しても知りませんよ?」
「アハハ。地面に転がりながら言われても、緊張感に欠けるんだけど……。まぁ、加奈子とかいうのが見つかるまでは殺さないでやるから、せいぜい踏ん張ってね」
神宮寺は、片手に白色の伸縮自在な剣を持ち直しながら、クスクスと笑う。嘲笑うという言葉がこれほど当てはまる笑い方はないと朝霧は思った。
「……まぁ、てなわけだからファンとフェイロン、ラハブ。俺と神宮寺がこの野郎の相手をする。その間に加奈子を見つけてくれ」
朝霧がそう言うと、三人は「分かった」と声を合わせる。と、ラハブがファンとフェイロンを抱きかかえ、地下道から地上の大通りへと飛ぶ。
三人が大通りの奥へと消えていくのを確認しながら、朝霧は斑鳩に目を向ける。
斑鳩は、ガクガクと震える足を押さえながら、なんとか立ち上がった。
そんな隙だらけの斑鳩に対し、神宮寺が攻撃をしかける気配はない。これを見れば、誰でもどちらが優勢か分かるだろう。
「既に疲労困憊のその足で、俺ら二人を相手するのは無理があるんじゃない?」
「言ってくれますね……ホント神宮寺さんってウザくてたまらない」
「口だけじゃ、俺らには勝てないよ? ……にしても、世界一の能力者と謳われていても、精神年齢は小学生か。これじゃあ宝の持ち腐れって──」
「黙れ……!」
斑鳩の声が低くなる。と、同時に彼の雰囲気がガラリと変わる。まるで、さっきの神宮寺を見ているかのようだった。
朝霧は思わず息を呑む。
そんな朝霧を斑鳩は睨みつけながら、
「ただの人間のくせに……、弱小種族のくせに……、この僕に逆らってんじゃねぇぞクソ野郎!!」
そう怒号をあげ、魔法陣を展開させる。
魔法陣は、地下道の左右の壁を埋め尽くすかのように配置され、朝霧と神宮寺の逃げ場を無くしていく。
この危機的状況に真っ先に反応したのは朝霧だった。朝霧は、神宮寺の背中に触れると瞬間移動で地上へと移動する。
場所は、元いた位置から数百メートル程離れた地点である。少しは安心……と考えたのも束の間、足下がふらつき立っていられなくなる。
「……ッ!」
と、同時に胸が苦しくなる。朝霧は声にならない悲鳴をあげると、そのままストンと大通りに尻餅をつく。
「助かった。ありがと……って、どうかした? もしかして怪我?」
「い、いや別に……ゲホッ! ゲホッ!」
すると突然、変な胸やけがし咳が止まらなくなる。更に車酔いをしたかのような変な気分になってくる。
それは、明らかに表れる身体の異常であった。
(竜術の副作用か……。チッ、薬もないこの無人街じゃ生命の危機にさえ陥るぞ……)
朝霧は、そんなことを考えながら息を整えよくとする。が、咳がそれを邪魔する。
咳は一回起こると止まることを知らず「ゲホ! ゲホ!」と、連続で起きる。朝霧は、そのせいでまともに空気を吸い込むことが出来なくなった。
「なんだかよく分かんないけど、体調がヤバそうだね。とにかく、君はそこで休んでなよ。そろそろアイツも来るみたいだし」
神宮寺は、そんな朝霧に見かねてそう言う。と、同時に僅かな微笑みを浮かべながら、誰もいない大通りの向こう側を見つめる。
朝霧は、咳を堪えながら神宮寺の見ているものを見ようと、目を凝らした──瞬間、虚空から斑鳩が現れる。
斑鳩は神宮寺の真後ろに現れると、小型のナイフを振りかざす。
「じん──っ!!」
朝霧が叫ぼうとする。が、その叫び声が届くよりも先に、神宮寺の超高速の裏拳が斑鳩の右頬をぶん殴った。
斑鳩の小さな身体が、宙に舞った。まるで、バトル漫画でよくお見受けするようなキレイな放物線を描く。
「カハッ……!」
そんな空気を全て吐き出すような声と同時に斑鳩の身体がアスファルトに叩きつけられる。
まさかの神宮寺の反撃に朝霧は口をポカンと開ける。そんな朝霧の反応に気づいた神宮寺は「なに珍獣を見たかのような顔で俺を見てるの?」と言わんばかりの顔で朝霧を優しく睨む。
「な、なぜあの間合いで……!? 僕の攻撃を避けるどころか、攻撃を加えるなんて……お前ホントに人間か……!?」
当然、攻撃を食らい宙を舞った斑鳩も驚いていた。まさか、目にも留まらぬ肉体的な攻撃など予測もしてなかっただろう。
が、神宮寺は当然のことを当然にしただけだという顔になる。
「まったく……君さぁ、世界一の能力者って看板を信用し過ぎてない? これでも、俺は肉体や反応速度は神人並みなんだからね」
斑鳩は、険しくなった顔をピクつかせる。まさか神人を相手にするなど予想だにしてなかったのだろう。
そもそも神人というのは、人間と身体・神経の構成が全く違う。そのため、強靭な肉体を持っているし、あり得ないほど早い反応速度も有している。
斑鳩もそのことを知っている。だからこそ、彼の鼓動はどんどんと早まる。
と、斑鳩は早まる鼓動に耐えながら、ポーチから数枚の魔法陣の描かれた札を取り出す。魔法陣は、まるで鎖を模して描かれたようなもので、今までのレーザーなどに使われていた魔法陣と形が違った。
斑鳩はその札を手で握りしめながら憎たらしく笑い、
「神宮寺さんが神人だったとは。ククク、やっと僕の本気を受け止めてくれそうな人を見つけた。ホントは、この封印札を壊すつもりはなかったんですが……散々コケにしてくれたんです。せいぜい本気になった僕の前で、華麗に散ってください」
斑鳩は、そう言うと片手で持った札をビリビリと破り捨てる。その瞬間、朝霧と神宮寺はとんでもない強さの竜の力を感じた。
(あ、あれで竜の力を封じ込めてたのか……!?)
朝霧がそんな疑問を抱いた瞬間、斑鳩の姿が虚空へと消えた。
ギョッとする朝霧をよそに神宮寺は、大して同様もせず気配を読みながら斑鳩の攻撃を予測しようとした──が、突如虚空からの打撃を食らい神宮寺の身体がよろける。
「──っ!?」
その後、二度三度と虚空からの攻撃は続いた。神宮寺は、気配だけを頼りに攻撃を見切ろうとするが、あまりの打撃の早さに追いついていけない。
神宮寺は抵抗すらできず、透明人間にでもなったかのような斑鳩に嬲られ続ける。
と、そのときとんでもない殺気が彼を襲う。
(ナイフ……っ!!)
彼は、ナイフが来ると察知し、とっさに後ろにステップを踏む。が、それを先読みしてたかのように、斑鳩が神宮寺の真後ろに出現した。
斑鳩は、両手で小型のナイフを構えながら、神宮寺の頭蓋骨を狙い澄ます。が、それを待っていたかのように神宮寺が再び右手で裏拳を叩き込む。
────しかし、手応えがなかった。神宮寺は自分の右手の先を見る。そこにあったのは、なにもない空間だった。
つまり、彼の攻撃は完全に空を切ったのだ。
神宮寺は、思いもしない出来事に思考が一瞬止まった。
コンマ一秒ほど焦った後、神宮寺はとっさに身体の向きを百八十度回転する。と、目の前の空間から斑鳩が現れた。
焦りの色に染まった神宮寺の顔を見ながら彼は嘲笑う。と、同時にナイフを振りかざした。
避けれないと、神宮寺が覚悟した瞬間──、
「神宮寺ィィぃぃぃぃぃぃぃ!!」
そんな叫び声とほぼ同時に、一筋の青白い光線が斑鳩の身体を吹き飛ばす。その光線は朝霧の電子光線だった。
神宮寺はおかげで、なんとか危機的状況を抜け出した。が、この光線を撃ち出すという行為が朝霧に致命的なダメージを負わせた。
神経を貪った竜の力は、ついに血管をも蝕み始めたのだ。突如、食道をなにかが逆流する感覚を覚える。と、ついには咳とともにそれを放出した。口の中に鉄の味が広がる。
朝霧は、嫌な予感を感じ取りながらアスファルトにぶちまけた液体を見る。それは、真っ赤な血だった。
残酷でグロテスクな色をした血液を見て、朝霧は思わず気を失い……真夏の熱いアスファルトに倒れ込んだ。
「朝霧……? おい、朝霧! しっかりしろ!」
「あれ? 神宮寺さん。あなた人の心配をしてられるほど余裕がありましたっけ?」
朝霧にそう叫ぶ神宮寺の真後ろから、そんな斑鳩の声が聞こえる。その声はとても近くから聞こえてきたのが分かった。
恐らく、既にナイフを振りかざして狙いをつけているのだろう。それが分かるくらい、彼の言葉には余裕と殺意が込められていた。
神宮寺は目をつぶる。
…………が、ナイフは一向に振り下ろされない。少し疑問に思い、恐る恐る後ろを振り返ってみる。
と、そこには斑鳩の代わりになぜか五十代くらいの男が立っていた。




