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【第90話】行間

 関東のジメジメとした真夏の暑さが襲う、第二十六都市の郊外。そこは、蝉の鳴き声がミンミンと鳴り響き、耳が物理的に痛くなる場所だった。

 地面がアスファルトで舗装されてないため、暑さが反射しないはず。にも拘わらず、その蝉の声が暑さを増幅させ、とんでもなく暑く感じさせる。


「暑い……」


 そんな、蝉の鳴き声が充満する田んぼに挟まれた舗装のなされてない道で、無精髭を生やした男──アデスがふてぶてしく呟く。


「三大界王たる者が弱音を吐くんじゃありません」


 その横で、黒髪を腰の辺りにまでに伸ばし、刀を携えるヴィシャップが、アデスの呟きに柔らかい口調で叱る。

 アデスは、数秒間なにか物言いたげな目でヴィシャップを見ると、海龍に視線を変えた。


「なぁ、海龍……。なんか水でバシャーンとかできねぇの?」

「……やろうと思えばできるが、辺り一面が水没するぞ。それでも良いのか?」


 それを聞くなりアデスは落胆のため息をつく。

 なぜ、ファンを近くで見守る立場である彼らが、こんな秘境のような場所に来ているのか。

 そんな答えは、今朝の七時頃のことが原因であった。



 アデスは、起きるなり奇妙な気配に襲われた。少し離れた地点から竜の力を感じたのだ。

 彼は、嫌な予感がし、いてもたってもいられなくなる。すぐさま二階の寝室から飛び出すと、階段を駆け下がった。

 と、階段を降りた先にはヴィシャップと海龍がいた。どうやら料理の支度をし終えたらしい。まぁ支度と言っても、ガスや電気が使えないため、コンビニのお弁当をテーブルに置くだけなのだが。

 なぜ、電気やガスがつかえないか。それは、アデスやヴィシャップ、海龍が拠点としている場所が第二十四都市の使われなくなった廃墟だからである。

 まぁ、廃墟とは言えど元々が研究施設のため造りは頑丈で部屋数もある。無一文が拠点にする場所には最適であろう。

 ちなみに飯代は三人がローテーションでバイトをすることでどうにか賄っている。


「起こす前に起きてくるとは珍しいですね」

「あぁ、確かに。それにどうした? そんなに慌てて」


 急に二階から降りてきたアデスに二人はそう言う。どうやら、この妙な気配に気づいていないのだろう。


「どうもこうもねぇ……変な力を感じるんだ」

「そうですか? 特に、なんにも感じませんが……」

「まぁ、距離が距離だから気づけねぇだけかもしれねぇな……とにかく俺には分かる。紛れもない竜の力だ」


 ヴィシャップが感じ取れないのも無理はない。と、言うのも竜の力を感じ取れる距離の制限、というものがあるのだ。

 その距離の制限は、竜のランクによって決まる。つまり、界王レベルのアデスは関東平野一面くらいをカバーできる。対して、上級竜のヴィシャップや海龍は、せいぜい第二十四都市をカバーできるくらいなのである。

 ちなみに、界王の娘であるファンは、まだ幼いということもあり、ヴィシャップや海龍と同等レベルだったりする。


「……つまり、この街の外に竜がいる、とでも?」

「あぁ、間違いねぇよ」


 アデスの言葉を聞くなり、ヴィシャップと海龍が顔を見合わせる。

 と、同時に訪れる沈黙。打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた部屋のためか、それとも、この沈黙のためか。妙な寒気が感じられた。


「……とにかく、朝食を摂りながら作戦会議でもしましょう」


 と、ヴィシャップの言葉が沈黙を破る。アデスと海龍は、小さく頷き席へと着いた。

 そして、その朝食中に決まったのが『やられる前にやってやる!!』戦法だ。つまり、敵の居場所をアデスが感知し、そこに奇襲をかける、という短絡的かつ安直的な作戦である。

 だが、いくら単純なこの作戦も、戦闘のプロが行うとなれば成功確率は極めて高くなる。しかも「単純だからこそやりやすい」という利点もある。

 そして、朝食を終えた三人はこの作戦通り敵がいると思われる場所に徒歩で行くところなのだが──、



「……にしても、なんでこんな辺鄙へんぴな田舎に敵さんはいるんだ? しかも、なんでこんなに暑苦しいんだ!?」

「アデス、怒鳴るな。暑苦しいぞ」


 海龍に睨まれる。言外に語られる言葉は「私達だって暑いんだ。我慢しろ」と、言ったところだろう。

 うぅ……と、アデスはその場にへたれ込んだ。だが、地面に焼かれた砂が熱く、座っていられない。

 悲鳴にも似た声を出しながらアデスが飛び上がる。


貴方あなたは、静かにできないんですか!?」

「いくら界王と言えど自然には勝てねぇんだ。仕方ねぇだろ。それに五、六時間歩きっぱなしなんだぞ!?」

「私達だって同じです! 我慢してください!」


 暑さのあまり、皆が皆苛立つ。と、そのとき前方から五人の男達が現れた。男達は、全員白地に黒のラインが入ったコートとズボンを着ている。

 アデス達は討論を止めると、その男達を睨みつけた。


(この妙な気配。こいつらか……っ!)


 アデス……いや、この場にいる全員がそう直感する。

 アデスは、力を右手に溜める。と、右手がピカッと光り出す。これは海龍戦のときに見せた“光化”という技だった。

 ヴィシャップも既に刀に手をかけ臨戦態勢に入っており、海龍もすぐに呪文を詠唱できるような態勢をとっているのが分かる。

 男達はそんな『喧嘩上等』状態な三人を見るなり、少し焦りながら言う。


「ちょっ……アデスさん、ヴィシャップさん。ま、待てください! この服を忘れたんですか!?」


 それを聞くと同時に、三人の力が少し緩む。が、まだ完全に油断してるわけではない。

 もし、今奇襲をかけられても十分反撃を行えるだけの注意は、はらっていた。


「誰だお前さんらは?」


 アデスは、少し訝しむ表情をしながらそう聞く。と、男は少しホッとしたような顔になる。


「自己紹介遅れてしまいすみません。私は『白の騎士団』に所属するアゼフ=ミカイルと申します」


 アデスは「なに……?」と声を漏らす。

 白の騎士団というのは、元々王家を守るために竜術を極めた人間が構成する部隊。主に下界に組織を置くとは聞いていたが──、


「なんで、白の騎士団の奴らがこんな田舎にいんだ? そもそも解体されたんじゃねぇのか?」


 そう。白の騎士団の大元である“王家”が黒龍により壊滅している。つまり、白の騎士団はもう存在しないはず、なのだが。


「いえいえ、竜王様が亡くなられたとはいえ、解体するつもりは毛頭ございません。王家の後継者……つまり、ファンロン様がいる限りは絶対です」


 アゼフ=ミカイルは、そう言う。それを聞くなり、アデスは完全に気を緩めた。


「そうか……ご苦労だったな。だが、なぜこんなところにいるんだ?」


 アデスは、一番気になっていることをミカイルに聞く。すると、ミカイルの右隣に立つ男が口を開く。


「理由は二つ。一つは、ファンロン様の護衛に来ました。知っているかとは思いますが……私共のような竜()()()では、ファンロン様の力──つまり、竜の力を感知することができません。そこで、模索術を使ったわけなのですが……どういうことか、模索結果がこの辺りを示しているのです」


 彼の言った“竜もどき”という言葉。これには『人間は竜にはなれない』というルールが関係してくる。

 どういうことかと言うと、いくら人間が竜術を極めようが、本物の竜の力には到底たどり着けない。という意味である。

 そのため、自然と竜の力を感知するといった高度なものは、いくら竜術を極めた人間でもできないのである。

 だが、人間もバカではない。竜の力を感知する術式くらい、とうの昔に編み出している。

 それが模索術である。

 これは、特定の竜の力を感知するというもので、白の騎士団が所有・保管する『竜術全本』に書かれている。

 ちなみに門外不出らしく、騎士団以外の者達はこの術を使えなかったりとする。


 ともかく、この場所にファンはいない。なのになぜ、模索術はこの地域にファンがいると示しているのだろうか?

 そして、なぜアデスもここに引き寄せられたのだろうか?


 そんな疑問は次の海龍の一言で消え去る。


「もしかしたら、放射術かもしれんな……」


 アデス……いや、その場にいる全員が、目を大きく見開きながらその手があったか、と口の中で叫ぶ。

 放射術とは、その名の通り放射を起こさせる“紋章術”のことである。では、今回のコレとなにが関係してるか。要約すると、こういうことである。


 例えば、ファンが放つ竜の力を札かなにかに凝縮させたとしよう。それをどこかに置き、その札めがけて放射術を放つ。

 すると、札に凝縮させたファンの力が周囲に放射されるわけである。


 だから、アデスも白の騎士団も、その力におびき出されてしまったのだ。

 アデスは、その事実に気づくなり舌打ちをする。と、同時に気がつく。


(もしかして……これは、ファンロン様を狙うための敵の罠だったのか!?)


 そんな思考がよぎった瞬間、奥歯を噛みしめるように言う。


「チッ、まんまとやられたわけか……。おい、ミカイル! 現在をもって白の騎士団の総指揮は俺が執る。文句はないな!」


 アデスがそう言うと、五人の男が同時に小さくうなずく。アデスはそれを確認すると、怒鳴るように叫ぶ。


「第二十四都市に目標を変更! 作戦目的はファンロン様の護衛及び敵の殲滅だ!」


 そう叫び終わると同時に、男達の「ラジャー!」という野太い声が蝉の鳴き声をかき消す。

 このときの時刻は十四時を少し過ぎたくらいのことだった。

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