【第88話】斑鳩澄也
朝霧は街中を疾走していた。どこへ──という明確な行き先はない。強いて言うなら神宮寺のところへだ。
まぁ、誰かさんがトランシーバーを吹っ飛ばしていなければ、こんなふうに走らなくても済んだのだが……と、朝霧は心底思う。
そんな朝霧の後ろを誰かさん──つまり、ラハブが走る。本来なら黒龍会の竜が王家の竜と共同戦線を張るなどあり得ないらしいのだが(ラハブ談)、神の領域を無くさなければならないという共通の目的から──また、斑鳩がラハブの命も狙っているという理由から一緒に戦うことになった。
ちなみにファンは、身体の小ささゆえに足がどうしても遅くなる。そのため、朝霧がお姫様抱っこをしながら走っているのだが……それが余計に彼の体力を奪う。
だが、休んでいる暇はない。と、言うのも斑鳩が自分達を見つけてしまうのは時間の問題だと朝霧は考えているからだ。
なぜ、そう思うか……。
それは斑鳩が竜の力を感知できると朝霧が確信しているからだ。最初に朝霧を狙ったのも、レーザーを遠距離から正確に当てたのも、先程朝霧の居場所を特定したのも全て朝霧の身体に通うファンの力を感知していたのだと彼は睨む。
そのため、斑鳩が見つけるよりも早く神宮寺を見つけ、戦力を整えなければならないと思っていた。
もし、この場に朝霧しかいなかったら考えは違っていただろう。なぜなら一人で戦うことだけを考えれば良いのだから。
だが、今はファンという守るべき存在がいる。最悪のケースを考えれば戦力を整えたいと考えるのが妥当である。
と、そんなことを考えているとファンが「はやて」と話しかけてくる。
「な、なんだ?」
「なんだか急いでるみたいだけど、どこに行くの?」
「どこって、そりゃあ神宮寺のとこだよ」
「……忘れてるかもだけど、私竜の力を逆探知できるんだからね?」
「そうだったぁぁぁ!!」と、朝霧は心の中で叫ぶ。ラハブの過去や斑鳩の裏切りなど、衝撃的な事実の方に目がいってしまい完全に忘れていた。
ファンは、そんな朝霧に疲れきった目をしながら言う。
「多分、公園の方にいるよ。もう探索を終えたんじゃないかな」
「サンキュ──」
「契約者避けろ!」
瞬間、後ろの方からラハブの怒号のような大声が響いてくる。朝霧は、とっさに瞬間移動で頭上へと飛んだ。別に理屈はない、本能がそうしろと叫んだのである。
当然ながら朝霧の身体がなんの支えもない空中へと舞う。必死にバランスをとりながら──朝霧は見た。
赤黒いレーザーが、さきほどまで朝霧のいたところに着弾しているのを……。そして、轟音を鳴り響かせながらアスファルトが爆発するのを……。
(くっ、そ! もう探し当ててきやがったか!)
朝霧は口の中でそう呟く。新たな追撃を恐れ、体制を立て直そうとする……が、追撃はやってこない。それどころか、魔法陣はラハブに狙いを定め直す。
朝霧は、それを見るなりラハブを助けるために瞬間移動のための電気を溜め込む。
ビリビリという音が響くのと同時に朝霧が地面へと降りる。と、そのままラハブの身体に触れながら二回連続の瞬間移動を行う。
景色が一瞬にして変わった。
朝霧達が飛んだ場所はさきほどまでいた場所から数百メートル離れた地点だった。本当は、公園まで飛ぶつもりだったのだが、二回連続の瞬間移動……となると、朝霧に溜まった電気量が極端に減るためここらが限界だったのだ。
朝霧は、もう一度瞬間移動をしようとするが、身体の疲れがそれを止めさせる。恐らく、度重なる竜術の使用が朝霧の精神を蝕んでいるのだろう。このままやれば、前のように気を失うことも考えられる。
朝霧は、仕方なく地面にへたり込む……と、そのときあることを思い出す。
──なぜ、空中で無防備になった自分を攻撃しなかったのだろう。
あれだけ正確な攻撃が可能なら、空中に浮かぶ人間を撃ち落とすなど朝飯前だろう。にも拘わらず、ラハブに狙いを変えたのはなぜなのだろう……。
朝霧は悩みに悩んだ末、竜の専門家であるファンに聞いてみることにした。
と、ファンから意外な返答が返ってくる
「だって、いかるがって人竜の力の逆探知なんてできないもん」
「へ?」
「竜の力の逆探知ができるのは正真正銘の竜じゃなきゃできないんだよ?」
「じゃ、じゃあどうやって俺達を狙ったんだよ」
「多分……召喚術と紋章術が使えるとこをみると『エコーレーダー』だと思うよ」
「エコなレーダー?」
朝霧がそう聞き返す。と、ラハブが「バカなのか」と言わんばかりの顔になりながら説明をする。
「エコーレーダーってのは、紋章術の一つでな。辺り一帯の地形を紋章に読み込み、音の反響具合を調べるんだ。あとは、自分の耳を頼りに目標物の発する音の発信源を探し当てる……まぁ、簡易的な竜術の一つだな」
「要するに、コウモリみたいなことをやってるってわけか?」
「そういうこった」
朝霧は、やっと合点がいった。さきほどの追撃がなかったのは、朝霧が空中に逃げたことで、音の反響が消えてしまい、彼を狙うことができなくなったのが原因なのだ。
つまり、空に飛べばある程度攻撃を避けられる……というわけだが、それと同時に危機的状況に陥ってるという事実にも気が付かされる。
そんな朝霧の思考を代弁するかのようにラハブが口を開ける。
「いくら簡易的な竜術とは言え、エコーレーダーは遠距離特化の竜術……逃げるのは自分の首を締めるようなものだ。近距離戦に持ち込まなけりゃ勝ち目はねぇぞ」
「けど……どうやって近づく?」
朝霧がそう聞くと、ラハブは僅かに微笑み言う。
「簡易結界を張って突撃すりゃ勝機はあるだろう」
「なるほど、ファン。簡易結界頼めるか?」
「当たり前なんだよ」
朝霧達がやっと作戦を立てられた……そのとき再び魔法陣が近くに展開される。朝霧は、すぐに電子レーザーで破壊しようとする。が、魔法陣の数を見て力が抜けた。
さきほどとは比べ物にならないほど、数が桁違いだったのだ。軽く百くらいはあるだろう。
(チッ、瞬間移動を……ウッ!)
朝霧が瞬間移動をしようと再度電気を溜めるが、急に胸が痛くなりそれどころではなくなる。朝霧は、そのまま地面に倒れ込んだ。
そんな朝霧をあざ笑うかのように魔法陣が光り輝き出す。恐らくレーザー発射まで十秒もないだろう。
ちなみに魔法陣は円のように配置されており、半径は十メートルくらいである。つまり、朝霧の瞬間移動が封じ込められたら今、これを回避するのは不可能なのは明らかだった。
三人が死を覚悟した瞬間──、
三人の後方から白い影が現れ、魔法陣を凪払った。
白い影は、ヒュンヒュン! と、音を響かせ高速で魔法陣をぶち壊す。朝霧は質量のある残像など、この世にあるのか……と思いながらそれを呆然と見ていた。
最後の魔法陣を壊すまで、時間はかからなかった。朝霧達を呆然とさせたそれは約五秒間、空中を舞った後ピタリと止まった。
朝霧は、そのとき初めて白い影の正体を知った。
白い影は、剣の形をした鞭のようなものだった。恐らく、握る強さで硬さが変わる代物だろう、と朝霧は思う。
「なになにぃ? このふざけた術は……」
そして、その白い剣を持つ者の声が後方から響いてきた。朝霧達は反射的に後ろを振り向く。
と、そこには黒髪の木刀を背負った男──神宮寺が立っていた。
ここまで、この理不尽暴虐野郎を見て安堵したことは無いだろうと朝霧は思う。
「じ、神宮寺……。なんでここに?」
「こっちで竜の力を感じるとかフェイロンが言ってね。来てみたらこの様だったってわけさ」
朝霧はなるほど、と言いながら心からフェイロンに感謝する。恐らくフェイロンがいなければ、朝霧とファン、ラハブは今頃灰になっていたであろう。
と、そんな朝霧に神宮寺が問う。
「で、どうしてこんな危機的状況になってたの? そこにいる奴は誰?」
「あぁ……、説明したいのはやまやまなんだが、また魔法陣が展開されるかもしれねぇし今は……」
「簡易結界張り終わったから大丈夫だよ?」
朝霧は、いつの間に! と声を大にしてつっこむ。どうやらラハブも手伝ったらしい。
仕事がお早いことでと言いながら、朝霧は神宮寺の方に顔を向ける。そして、今までの経緯を全て話した。
「つまり、斑鳩とか言う奴が真犯人だった、てこと?」
事情を全て知った神宮寺は、地面に座りながら再度確認するように朝霧に問う。
「そういうこった。にしても、理解が早くて助かるぜ」
「伊達に黒崎学園第一位の成績は誇ってないからね。まぁ、通りで斑鳩って名前を聞いたことがあるわけだよ……」
「? 知り合いかなんかなのか?」
「いや、知り合いじゃないよ。ただこっちの世界じゃ有名人なんだよ……なぜ気付かなかったんだかねぇ」
「こっちの世界って……つまり闇でってことか?」
朝霧が訝しむような顔になりながら、神宮寺にそう聞く。と、神宮寺は「そうだよ」と一息置く。
「四天王……ってのは知ってるよね? 東京国で最強の四人の総称さ」
「そりゃあな。まぁ、存在自体が都市伝説化してるけどな」
神宮寺はそんな朝霧の言葉を聞くなり、ニヤリと微笑む。
「都市伝説、ね。本当に都市伝説だったら良かったんだけど……斑鳩澄也。奴は四天王の一人さ」
「四天王の一人……って、おいおい冗談だろ?」
「いや、本当にそうなんだよ。奴は『未知能力』などという超能力ではない能力を持ってるんだ。そのため、大京学会でもマークしてたんだが……まさかそれが竜の力とはねぇ」
神宮寺の顔が、変な微笑みに変わっていく。なんだか、とても面白がるような笑みだ。
と、いきなり神宮寺が立ち上がる。
「さて、正体が分かればこっちのもんだよ。……朝霧疾風。君には今後いろいろと世話になるだろう。だから、俺の足を引っ張らないほどになってもらわんと困るだよねぇ……」
朝霧は、少し言葉のはしはしに突っかかるものを感じながらも、神宮寺の言葉を黙りながら聞く。
と、その瞬間神宮寺の周りの雰囲気がガラリと変わる。そして、口調すらも変わりながら言う。
「だから……てめぇに狩りってのを教えてやる」




