【第83話】行間
「一体なにが……」
静まり返った駅の構内で、青髪の男はベンチに座りながら、そうポツリとつぶやく。駅に人がいないからなのか、その言葉は鮮明にこだまするように反響するのが分かる。
男の名前はラハブ。黒龍会本部より、下界の状況の把握を命令されている竜である。
まぁ、任務と言えば聞こえは良いが、実際のところは『邪魔者の処分』と言ったところだろう。
と、言うのもラハブは知っている……というより知ってしまったのだ。
この状況把握という任務に意味がないということを──、
では、なぜそんな無意味な任務を命令されているのか。それは、ラハブに力がないからとか、そんな理由が問題なのではない。むしろラハブは、かなり強い部類である。証拠に、少し前まで一つの班の班長をしていたくらいだ。
ちなみに班というのは、黒龍会の部隊の呼び名である。つまり『ラハブ班』と言えば、ラハブが長をしている部隊という意味になる。
そして、部隊の長になるのは大体、力を持った龍神レベルの竜と相場が決まっている。にも拘わらず、たかが上級竜のラハブが班長になれたのは、それだけ力を持っているという示しているからだ。
では、なぜこんな任務を?
その理由は大きく分けて二つあると、ラハブは考える。
一つは、ラハブがファンロンという、重要な標的を逃したという重罪から。
これに関しては、黒龍会の幹部や長である黒龍が激怒し、ラハブは班長の座から降ろされた。更にそれだけでは済まず、一時は死刑も考えられていたが、ラハブが(部下の活躍のおかげでもあるが)、ファンロンの居場所を突き止めたことから、死刑から下界への島流しに減刑されたのだろう。
そしてもう一つ。これは、この任務に出る数日前に、噂程度に聞いた話なので、信憑性は薄いものなのだが──現在黒龍会で討議されている『下界の天界化計画』を王家の生き残りに知られないようにするため。
噂でしか知らないため、具体的な内容は分からないが『下界の人類を絶滅させ、そこに第二の天界を創造しよう』という計画だというのは、下っ端となったラハブでも理解できる。そして、この計画を上手く進められれば、ファンロンもろとも下界を滅ぼせる……というわけである。
だが、この計画を進める上で一つ問題がある。もし、これが本当だとして王家の生き残りにバレたらどうなるか。
恐らく、白の騎士団のような王家直属部隊が黙っているはずがない。となると、そのような部隊と黒龍会との間で、全面戦争が始まるだろう。
また、それだけでは収まらず、下界の国連なるものと戦う可能性も出てくる。もし、国連と戦争など起こせば、黒龍会もただでは済まない。
そうならないためにも『ファンロンを探すことが黒龍会にとって最優先事項ですよ』というアピールをし、計画を隠さなければならない。
そして、そのアピールの第一段階を達成するためラハブは、大勢の人々が目まぐるしく動く第二十四都市の駅へと来ていたのだが──、
突如として、その目まぐるしく動いていた人々が消え去った。まるで、オカルト物の映画に出てくる幽霊が、スゥッと消えていくかのように……。
ラハブは、突然の異常な出来事に任務を忘れ、数分間立ちすくんだ。だが、こうしていてもなんら解決には至らないと考え、黒龍から怒られるのを覚悟で転送術で天界に戻るということを試みた。
しかし、原因不明の力のせいで術が発動しないことに気づき、今に至るまで呆けながら駅のベンチに座っているわけなのだが──、
「なんなんだ。さっきから感じるこの竜の気配は……」
先ほどから、近くで竜の気配が──それも上級竜であるラハブが、慄然とするほどの大きな力を感じていた。しかも、それは一つの力ではなく三つの力が感じ取れるのが分かる。
まさか、この街に竜の力を持つ者が三人もいるとは……っ! と、ラハブは呆けた顔から苦虫を噛み潰したような顔になる。
と、そこで──、
(もしかして)
と、ラハブは、あることを思い出す。
それは最近、黒龍会に入ったヴィシャップという竜が下界に潜入したあと、連絡が付かなくなっているという黒龍会の者の言葉である。
ラハブは、それを思い出した瞬間、憎悪と憤りがこみ上げてきた。
「……チッ、あのクソ女が。疑ってはいたが、まさか本当に裏切るとは」
ラハブは、拳を強く握り締めながら立ち上がる。
それは、ヴィシャップの裏切り……そして、何かの復讐を決意したかのように。




