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【第79話】フェイロン

 朝霧は、そんなジト目攻撃から逃れるように公園へと入っていく。

 大崎自然公園の外側は、森になっており、中心部の大きな広場のような場所は、森に囲われるようになっている。森は、公園内のものなのにも拘わらず、小さな子供なら行方不明になってもおかしくないほどに大きい。また、出入り口となる散歩道も、東西南北の四つの方向にしかなく、慣れてないと公園内で迷子になりかねない。

 はっきり言って、この科学都市には不釣り合いな公園と言ってもおかしくない。

 朝霧は、そんなふざけたデカさの公園の森林の中に伸びる散歩道を歩きながら、妙な寒気に襲われた。

 いつもなら仕事休みで、弁当を食べているOLや、たむろしている不良がいる公園内の森が、妙なほどにシーンと静まり返っている。まさに森閑という言葉がピッタリだ。また、この暑さのなか、蝉の声が全くしないというのも不思議な感覚がした。

 いくら竜という存在を知っていても、このような異常な光景を見れば、人間寒気を感じるものなのだなと、朝霧は実感する。

 と、そのとき散歩道の奥──公園の中心部の広場からなにやら変な気配を感じた。

 それは、別に恐怖の対象とか、そんな禍々しいものではない。にも拘わらず、冷や汗がダラダラと滴れる。

 朝霧は、思う。前にも似た感覚に襲われたことがある、と。


「ファン。お前は、加奈子とここで待っててくんないか?」

「ふぇ? で、でも……」

「お前しか竜の力を感じ取れない。もし、二体目の竜が近づいてきたら、速攻で加奈子と逃げるためにも出口に近い方が良いだろ?」

「……はやては?」

「大丈夫だって。それに確認しに行くだけだ」


 朝霧は、優しく諭すようにファンに言う。なんだかいろいろと心配をかけさせてしまってる感じが、申し訳ない。

 と、加奈子が少し不安そうな顔でこちらを見ていることに気がつく。


「はや兄、ぜっっったいに大丈夫なんだよね?」

「おいおい。そこまで念を押さなくても……それにこの気配の持ち主は多分、竜じゃないと思うんだよ。それを確認しに行くだけだって。ヤバそうだったら、すぐ戻る」


 朝霧がそう言うと、ファンと加奈子の顔が、心配の色から「なにこの期に及んで、バカなこと言ってんだコイツ」という訴えを含めた疑問の色に変わった。

 朝霧は、そんな視線の槍に心を刺されつつ、軽く学校に行ってくるかのように「じゃあ、行ってくる」と、言い残し広場へと走る。

 散歩道を奥に進むほど、変な気配は深まっていった。数分間走り続けると、目の前に大きな空間が広がる。

 広場は前方に一キロ弱ほど広がっており、その広さゆえに反対側の森が小さく感じる。と、そんな空間の中にポツンと人影があった。

 人影は、なにやら刀のような物を背中に背負っているようだった。と、朝霧に気づいたのか、人影が振り向く。遠目でよく見えないが、ニヤリと僅かな微笑みを見せる。

 漆黒と言えるほど髪の色が黒い高校三年生の最強無能力者──神宮寺 洸大は、そこに立っていた。

 神宮寺は、微笑みながらスタスタと朝霧の下へと駆け寄る。


「やっぱりいたのか、電子光線」

「電子光線?」

「裏社会でのお前の通り名みたいなものだよ。──まぁとにかく、そんな話は後にしよう」


 神宮寺は、少し真剣な顔つきになると、後ろを振り返る。

 朝霧は、神宮寺の視線の先……つまり、神宮寺の背後を見る。と、そこには小さな銀髪の少年が立っていた。

 少年は、まだ小学低学年ほどの齢で、その顔つきは、童顔という言葉がとても似合うようだった。着ている衣服は、どこぞのキッズ物を一式揃えたかのような感じで、色は黒と白のみと、統一されていた。

 神宮寺は、そんな幼い少年を前に引っ張り出す。少年は、人見知りなのか、それともめんどくさいだけなのか、とても嫌々という感じで前にでる。

 と、神宮寺は、そんな少年の代わりに自己紹介をし始める。


「コイツは、フェイロン。なんだかんだあって、世話することになった──」

「ちょっと待て! フェイロン!?」


 朝霧が、そう驚いたように大声で叫ぶ。

 と、言うのもフェイロンという名には、聞き覚えがあったからだ。記憶の片隅に──けれども印象深く残るその少年の名前。

 それは、ファンの従兄弟の名前であった。

 神宮寺はまたにやけ、言う。


「なに? 気づいてなかったの?」

「気づく……?」

「この前、タイマン張ったとき、お前の電撃を何事もなく払っただろ。あんなこと、いくら神人に近い身体を持った俺でも不可能だよ」

「──ってことは、お前フェイロンと契約してんのか……?」

「うん、そうだよ。やっと分かった?」


 神宮寺は、黒板の問題を間違えたバカをあざ笑うかのように微笑む。そして、こう付け加える。


「だから、お前を放っておくわけには行かなかったわけ」

「……へ?」

「ほら、お前が工場に乗り込みに行ったとき、俺が助けに入ったのは、夕霞に情報を教えた落とし前……っていうのは建て前ってことだよ」


 朝霧は、拍子抜けしたかのようにキョトンとする。そんな朝霧を前に神宮寺は続ける、


「実際は、お前がスキアーを攻撃したという事実が知れ渡るのを防ぐため。だから、わざと()()目を向けさせるよう仕向けたわけ。もし、お前がスキアーを攻撃したということが知れ渡れば、それこそ政府に狙われる可能性があったんでね」

「ちょ……ちょっと、待て。どういうことだよそれ?」

「つまり……。竜の契約者というお前が、政府直属の部隊であるスキアーと戦うのは、天界──つまり黒龍会との戦争の火種になりかねない。もしそんなことになれば、政府は戦争を未然に防ぐためにも、お前を裏で殺しにくる可能性も出てくるってこと」


 いまいち理解できない壮大な話に混乱する。と、朝霧はそんなことよりも一番の問題をふと思い出す。

 そう──今起きているこの奇怪現象についてだ。

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