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【第74話】朝霧君……ちょっと重い、かな……

「さて、ぼーっと突っ立ってないで、教室に行きますよ?」


 坂野を撃退した目の前のヒーローは、朝霧と翔太に微笑みながらそう言う。いつも教師から睨まれる朝霧達にとって、この笑顔は反則技と言っても過言ではない。朝霧と翔太は、ついつい佐倉から目をそらす。

 そんな生徒の気持ちを高揚させる数学教師──佐倉 香(さくら かおる)は、黒崎学園でも数少ない親切で生徒思いの良い教師である。恐らく、彼女が担任で悪く思う生徒はいないだろう。

 まぁ、その性格故か、朝霧の担任になったことはないのだが──、


「い、いつもありがとうございます、佐倉先生」


 朝霧は、未だに佐倉の目に視線を移せないままそう応える。端から見れば、朝霧が佐倉に気を持ってると思われてもおかしくないシチュエーションだ。


「……朝霧君、朝ご飯変なものでも食べたの?」


 だが、そこはさすが、超がつくほどの鈍感美人教師。完全に朝霧の異常行動をスルーしながら予想外の返答を繰り広げる。


「な、なぜに!?」

「いや、白々しくお礼なんて言い出すから……熱でもあるのかなって」

「あー、あれですか。俺は教師にも馴れ馴れしい口を叩く問題児設定ですか」

「い、いやそういう意味じゃなくて……ほ、ほら! 良い意味で、ね」

「逆に先生に馴れ馴れしくする生徒のどこに良いとこが……」

「それは……優しいとことか、かな?」


 と、佐倉は朝霧の不意を突くかのように、必殺『超自然な完璧スマイル』と『褒め言葉』を駆使し、朝霧を脳殺(ころ)しにかかる。

 当然、(大人の女性からの)褒めや心からの笑顔に慣れてない朝霧は、この佐倉の言動と同時に顔面が熱さで弾け飛んだ。バン! という破裂音がとびきり似合いそうなほど、顔面が赤く膨張する。もし、これがマンガなら湯気が立っているだろう。

 それとほぼ、同時に朝霧の身体から力が抜け真後ろに倒れ込む。と、それをすかさず翔太が受け止める。


「は、はやてっち!? 気をしっかり持つぜよ!」

「朝霧君!? ど、どうかしたの!? 具合が悪いなら先生が保健室に……」


 そう気をつかった佐倉が前屈みになると、ワンピースの隙間から、ブラやら胸の肌やらが少しチラッと見える。

 と、今度は朝霧の鼻からブシュ! という音とともに赤色の液体が吹き出す。紛れもない鼻血だ。

 思春期男子高校生に呪文『美人教師の胸チラ』は、かなりの破壊力を生み出すことがここで証明されたわけだが……今は、それどころではない。


「はやてっち、しっかりするぜよ! てか、佐倉先生は、そろそろ自分の胸の大きさと美人度を自覚して言動を自重してくれぜよ!」

「い、いやだって先生そこまで胸があるとは……」

「Fカップあれば、大抵の男子高校生はイチコロなり!」


 佐倉と翔太のそんなやり取りを聞いている朝霧の鼻からは更なる血がこみあげてくる。このまま死ぬのかな……なんてバカなことを考えるが、さすがに死因=言葉責めというのは、考えるだけでもイヤだ。

 朝霧は、なんとか気を保ちながら立とうとする。だが、既に足は棒の状態。立ち上がろうにも体重を支えきれないであろうことは明白だった。

 だが、そこまで頭が回らない朝霧は、よろよろと立ち上がり……そのままよろけ、目の前へとダイブした。

 バタン!

 身体が床に叩きつけられる音がする。だが、痛みは感じない。それどころか、フニャフニャしたなにかを感じる……。

 朝霧は、なにかに埋もれた顔をゆっくりと上げる。と、そこには倒れ込んだ佐倉の姿が──、


「あ、朝霧君……。ちょっと重い、かな……」


 朝霧は、この時点で思考が飛んだ。

 恐らくラッキースケベ展開なのだろうが、学校の先生との禁断の恋はご所望ではない。いや、佐倉とつき合えるのなら大歓迎だが……多数の黒崎学園生を敵に回すことは目に見えている。現に隣の翔太の視線には、禍々しい妖気が感じられる。

 そもそも佐倉の性格からして、どう転んでも朝霧とつき合うという答えは導き出されないだろう。

 とにかく、朝霧は弁明をするためにも、佐倉から離れようとするが、足が衰弱しきっているため、それも叶わない。

 ちなみに元から佐倉に持ち上げてもらうつもりはない。というか、佐倉の力では、朝霧を持ち上げられない。この前の教師、生徒合同の身体測定で分かったことなのだが、佐倉は、女子中学生よりも力がないのである。

 朝霧は、仕方なく邪気を放つ目でみつめてくる翔太に助けを求めることにした。


「しょ、翔太。足が酷いことになってるから持ち上げてくれると嬉しいんだが……」

「……………………」

「翔太、さん?」

「……………………」


 どうやら助けを呼ぶこともできないらしい。と、言うのも翔太の目が邪気を放つ目から、異端者でも見るかのような目に変わったのだ。

 これでは、自力で解決するしかなさそう──、


「ハ、ヤテ……?」


 唐突に耳に入ってきたその声は、聞き慣れた声だった。顔を見るまでもない。それは結月の声だった。

 視線を翔太から左の方に変える。と、予想通り、そこには結月が立っていた。おそらくこの騒ぎを聞きつけ、学級委員としてその騒ぎを止めるために来たのだろう。


「結月か……助かった。足が酷いこ──」

「なにこれ……朝から見せつけようってわけ?」


 朝霧は、頭の上にハテナを浮かばせるが、ふとした瞬間に現在の状態を思い出す。

 倒れ込む美人巨乳教師。

 押し倒す童貞男子高校生。

 この状況を見て『あらあらスキンシップ?』なんて悠長なことが言えるのは、頭がどうかしてる奴かハーレム物のヒロインぐらいだろう。


「ちょっ……これには訳が──」


 朝霧がそこまで言い訳したところで、ボキッ! という乾いた音が校舎中に響き渡った。

 つまり、結月の関節技が決まった。

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