【第70話】でりかしー無さ過ぎなんだよ!
鈍い痛みと真夏の暑さを感じながら、朝霧は、深い眠りから覚めた。
時刻は、既に朝方のようで、窓からは薄い橙色の空が広がっていた。窓が一方向にしかないため、一部の空しか見えないが、雲一つないようだ。
台風一過のような、その空模様は、まさに朝霧の身の回りに起きた出来事が全て消え去ったことを比喩してるかのような感じであった。
朝霧は、体を起こしながら周囲を見渡す。寝ていた場所は、リビングのようで、朝霧は一晩、床で直に寝ていたようだ。そのためか、朝霧は身体中が痛く感じる。
と、ソファーに自然と目が向く。理由はない。まぁ強いて言えば、そこに気配を感じたからだ。
そこには予想通り、ハムスターのように丸まりながら寝ているファンの姿があった。その金髪のロリ体型少女は、僅かな寝息をたてながら心地良さそうに眠っている。
着ている服は、ピンク色でヒラヒラがたくさんついたパジャマだ。これは、幼なじみの結月から貰ったパジャマなのだが、あの気の強い結月が、こんなパジャマを着ていたのかと、少々疑問に思う。
朝霧は、そのまま立ち上がるとリビングの壁を見る。そこには親から貰った電波時計が、糸に吊されぶら下がっている。ちなみに、これがこの家で唯一の時間を知る術だったりする。
そんな時間を知らせてくれる素敵な道具を見るに、今は朝の7時過ぎらしい。
朝の七時といえば、大抵の学生は布団から起き朝飯の用意をしたり、大抵の社会人は仕事にいく支度を整えたりする時間帯だろう。だが、今は絶賛夏休み真っ最中。つまり、朝霧にとってそんな現実など(あと一ヶ月弱の間だけ)無いも同然なのである。
だが、生活リズムを崩すというのは、あまり良いとは思わない。別に朝霧のみであれば問題はないが、ファンがいるとなると話は変わる。
この少女は竜王の娘で、一応千年を生きる竜らしい。だが、それでもこの世界の年齢に換算すれば、たった十数歳の少女に他ならない。しっかり栄養や睡眠時間を考えなければいけない。そう考えたら朝霧の特技『オタク生活リズム』など出来やしないのだ。
と、朝霧はファンの方へ歩いていく。
「ファン。飯作るから起きろ」
朝霧は、脅かさないように優しい小さな声で起こそうとする。が、ファンは全く動じず、スースーと寝続ける。
「おーい。おーい。……って、ダメだこりゃ」
朝霧は、呼び続けるが全く起きる気配がない。仕方なく、朝霧はファンがかけている毛布をバサッと取り上げる。
と、放たれた空間にファンの小さな白い太ももや、脚が現れる。朝霧が動揺するよりも前に、布団はそのまま後ろに放り出される。
毛布のなくなったソファーには、露わになった少女の下半身が現れた。ギリギリパンツは穿いているが、この状況を誰かに見られれば、朝霧は、ロリコン変態野郎確定であろう。
そんな問題大ありの状況のなかで、ファンの身体が、僅かに動く。と、うーんと、伸びをしながらムクッと起き上がる。
「……はやて? おはよー」
少女は、目を擦りながらそう言う。いつもなら、可愛らしい仕草だな~と思いながらノホホンとしているのだが、今はそうはいかない。
パンツ一丁で寝ている少女の前で男子高校生が凍りついているのだ。完全にアカンやつである。
「どうしたのはやて? 電池切れのオモチャみたいに動かなくなってるけど……」
ファンは、そんな朝霧の異常に気づき、そう話しかける。
(ん? まだ自分がズボンを穿いてないことに気づいてない?)
朝霧は、ダラダラと流れる冷や汗を感じながらそんなことを考え──た瞬間。
「あれ? ズボン……っても、毛布は!?」
ファンは、一番アカン問題に気がつき、周囲を見渡す。と、朝霧の真後ろに毛布が転がっているのを見つけたらしい。
ファンは、天敵を見つけた小動物のように睨みながら涙目で朝霧を見つめる。
「あ、いや……ご、誤解だ! 俺だって見たくて見たわけじゃ──ごう゛ぁべ!?」
「私だって女の子なんだからね!? はやては、でりかしー無さ過ぎなんだよ!」
ファンは、床に転がる朝霧にそう怒鳴りつける。なぜ朝霧が床に転がっているのかというと、ファンの細い脚が朝霧の顎に蹴り上げられたのだ。
「わ……悪かったって……」
朝霧は、プイっと怒るファンに謝るが、ファンは、完全にご機嫌ナナメのようだった。その証拠に未だ露わになっている下半身を隠す様子がない。
「あの~お嬢様?」
「…………なに?」
「あとで、プリン買ってあげるから許してください」
「プリンの他にプチシュークリームも欲しいかも」
「……分かりました」
ムスッとした顔からにっこり笑顔になり、毛布を再度手に取ろうとするファンの横で、朝から痛い出費だな……と、朝霧はため息をつく。




