【第69話】素直に一緒に帰りなさいよ……
気がつけば、朝霧はベッドで寝ていた。ふかふかの布団に柔らかな枕という、普段感じることのない感触から目を開けると、見慣れない天井がそこにはあった。
ベッドのある部屋は、なにかとても良い匂いがする。一瞬で学寮ではないと察した。
「ここは……?」
朝霧は、ここがどこか分からず、少し混乱状態になる。と、同時に恐怖心に襲われる。
ただ分かることは、自分が気絶していたということだけ。だが、それが逆に、更なる恐怖心を生み出していく。
朝霧は、記憶を絞り出すように気絶する前のことを思い出そうとする。
と、そこで結月という言葉が浮かんできた。
「そういや……そうだ! 確かクローン工場に──」
朝霧が、気絶する前の記憶を思い出した瞬間、ガチャッという扉の開く音が聞こえてくる。開いた扉からスラリと、部屋に入ってきたのは、結月であった。
「やっと目を覚ました……。全く心配させるんだから」
結月は、朝霧に視線を向けると同時に安堵の表情になる。
「えーと……俺やっぱり気絶してた?」
「覚えてないの?」
「いや、気絶してたのは体感的に分かるんだけど……気絶したあとのことがイマイチ分からなくて……」
当然と言えば、当然である。気絶した後のことをしっかり覚えていたら、それは気絶ではなく半覚醒状態だ。
結月は、そんな朝霧に対し、はぁとため息をつく。
「私もあの場にいなかったから分からないんだけど……ハヤテが私を瞬間移動で外に出した後、水城とかいう能力者に気絶させられたみたい。私があのときしっかり気絶させていれば全く問題なかったんだけど……失敗した」
「なるほどな」
朝霧は、気絶する前にその水城という能力者らしき女を見たことを思い出した。
結月の父──健吾と、あの異様な場で話していたことから、あの女もスキアーの人間なのかと直感する。
「そういや神宮寺は?」
「え……? あぁ、風紀委員長のこと? アイツならハヤテを私の家まで運んだ後、他にも仕事があるとかで、どっか行っちゃったけど……」
「そ、そうか……」
「どうかしたの?」
「別になんでもない。とりあえず帰る。ファンも飯待ってるだろうしな」
朝霧は、そう言うと、ベッドから起きあがる。と、少しばかりフラフラとする。
今日の疲れが既に許容範囲を超え、身体から溢れ出してるようだ。
「大丈夫? なんなら家まで送るわよ?」
「ベッドまで使わせてもらってるわけだし、それじゃあ悪すぎる。それに瞬間移動使えばすぐだしな」
「そ、そう。(そこは素直に一緒に帰りなさいよ……)」
「ん? なんか言ったか?」
「別に。じゃあ、またね」
「おう」
朝霧は、バチバチという電気の走る音とともにスッと姿を消す。と、結月はさきほどまで朝霧の寝ていたベッドに視線を落とす。
(ハヤテの寝てたベッド……)
なにか罪悪感のようなものを感じながらベッドに近寄る。
「さ、さて、私も疲れたし寝ようかな。疲れたんだから仕方ないよね? うんうん」
結月は、自問自答を済ませると布団に潜り込む。
と、その頃朝霧の学寮では、朝霧の悲鳴が響きわたっていた。
「ハヤテ!? どうかしたの?」
その悲鳴に驚いたのか、夕食の準備をしていたファンは、オタマを片手に持ったまま、ハヤテの方へと走ってくる。
と、ハヤテは、スマホの画面からファンに視線を移し、戸惑った表情を浮かべる。まるで、重大な提出物を忘れてしまった小学生のような顔だ。
「いや、ちょっと……ヤバいかもしれん」
「ヤバいって?」
「ファンと一緒に住めなくなるかもしない」
「え……?」
朝霧は、呆然とするファンにスマホの画面を見せる。そこには、何の変哲もないメール画面が表示されていた。
だが、その内容が問題だった。
件名は、これからよろしく!
そして問題の内容は『加奈子だよ~。今度、黒崎学園中等部に編入することになったんだ~。で、女子寮の空きがないからお兄ちゃんの部屋に入れさせてもらいたいわけなんだよ。学園長さんには許可をとったし、用意もできてるから……明日そっちに行く予定だよ。これからよろしくね~』というものだった。
「これは……」
「どうしよう。ファンと生活してるなんて分かれば、加奈子にどう説明すれば……そもそも親に説明が……」
「ハヤテ。これは浮気ってやつなのかな?」
「へ? ……ってお嬢様? オタマは人を殴るための道具じゃ──クヴァッ!?」
朝霧は、疲労しきった身体に幼い少女の本気の攻撃を受け、本日二度目の気絶をした。と、それをきっかけにあまりの疲労が限界を迎え、深い眠りについていった……。




