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【第68話】ここでの用は済んだ

 男は、ゆったりゆったり歩くのを止め、その場に立ち止まる。

 朝霧と男との距離は、およそ十メートル弱。もし、これが素手同士の喧嘩なら、あらゆる戦術が使えただろう。

 だが、今は、そんな不良同士の喧嘩レベルの話ではない。相手は素粒子を破壊し尽くすレーザーなどという、前代未聞の兵器を持っている。

 これでは、距離など無いのと同じだ。

 だからと言って、逃げよう……とは、思わなかった。

 朝霧の瞬間移動も、レーザーと同じで行動を起こしてから、瞬間的に発動できるような代物ではない。チャージが必要になる。

 と、いうのも瞬間的に膨大な電気を身体に溜めれるわけではないらしい。竜の力などという未知な力を朝霧は、理解してるわけではないが、体感的にそう感じるのだ。

 そして、そのチャージに必要な時間というのは、あのレーザーのチャージと、ほぼ一緒……いや、それ以上に遅いということも直感していた。

 榊原と戦ったときは、相手が生身の身体であったため、チャージの時間を稼げた。だが、今の相手は違う。

 同じ時間か、それよりも速くチャージを終わらせ、光の速さで発射を行う兵器。触れればゲームオーバー。つまり、逃げようものなら朝霧は殺されてしまう。

 つまり逃げられないのだ。

 朝霧に緊張が募っていくのと同時に廊下の静寂さが寒さへと変貌していく。


「……朝霧君だったかい? なぜ君は結月を追ってきたのかな?」


 と、そんな静寂を破るように、男の声が響きわたる。

 別に警戒してるわけでもない──が、隙を見せるわけでもない男に朝霧は、少し怯む。


「おいおい。そこまで強ばらなくとも、俺は君を殺さないよ」


 男が、そう朝霧をなだめるように言う。

 普通、目の前にいる敵が『殺さないから安心しなよ』と言ったところで、油断する奴など、この世にはいないだろう。

 だが、朝霧は、不思議と気を緩めた。


「なぜって……そりゃあ親友だからだよ」

「親友なら、君は、自分の命を懸けてまで、その子を追うのか……? もし、そうなら呆れるほどにバカだぞ」

「……なに言ってるんだ? 親友をみすみす殺すなら、命を懸けて……一%の希望に懸けてでも、助け出す方がよっぽど利口だろ」


 男は少し黙り込む。と、同時に微笑む。

 朝霧は、この状況では有り得ない男の反応に少し驚く。


「なるほどな……君には真実を話そう。せめてものお礼だ。俺は、すでに死んでる」


 朝霧は、ギョッとする。

 なぜなら普通に、なにか与太話をするかのように自分が死んでると、普通なら考えられないことを言い出したからだ。


「恐らく、結月はなにかをキッカケに俺が死んでることに気づき調べ始めた……。そしてあのクローン工場爆破事件を知った。そこで死んだのは、俺のクローンだと分かったんだろう」


 朝霧は、まるでSFの物語を聞いてるかのようで、少し理解ができなかった。

 だが、男は淡々と話し続ける。


「結月は、今までのことや国際法違反を含めて俺を自首させようと思ったに違いない。そして、爆破を免れたこの工場へやってきた。なにかの手掛かり……あわよくば、俺を見つけるためにな……」


 男は、話し終えると、魂が抜けたような顔になった。まるで、なにもかも失い路頭に迷う人を見るかのようだ。

 すると、男は虚ろな目でまた口を開く。


「俺は捕まるわけにはいかないんだ……。もし、捕まれば結月に危害が及ぶ。だから……もうこの方法しかないんだ……。良かったよ。君のような優しくて勇気のある子が、あの子の親友でいてくれて……」


 男は、虚ろな目を涙目にしながらそう言った。

 男は一度も結月を本気で殺しにかかっていなかった。もし、本気で殺しにかかっていれば、朝霧が到達する前に殺されていただろう。

 一度、結月にレーザーが迫ったときも、俺が部屋に来たことを確信してから放っていた。

 朝霧にさきほどレーザーが迫ったときも朝霧が瞬間移動を発動できる時間をとっていた。

 つまり、男は結月も朝霧も本気で殺そうとはしていなかった。

 男の言うたった一つの残された方法というのに朝霧は、そこでやっと気づいた。

(クソッタレが……っ!!)

 朝霧は、とっさに天井に電気を通す。と、男はレーザーのチャージをしながら自身の頭向けた。


「俺が死ぬしか方法がないん……だ、よ?」


 レーザーのチャージ音が最高潮に高まったその瞬間、男の右手が天井に張り付き、宙にぶら下がる。


「……っと、あぶねぇあぶねぇ。さっきも言っただろ? 1%の希望に懸けてでも助け出した方が利口だって。危害だなんだなんて知らねぇけど、おめぇが死んだら結月が悲しむだろ」


 朝霧が、宙にぶら下がる男にそう言う。と、その瞬間、朝霧の後頭部に激痛が走る。


「……遅いじゃないか、水城」


 男が朝霧の背後の方に向かいそう言う。


「仕方ないでしょ? 気絶した振りしてたんだから。実際、少しの間気絶してたし」


 朝霧は、うっすらとする意識の中声の主を確認する。と、そこにはあの屈強な大男が心配し、声をかけてた女の姿があった。


「で、なに? 外には大京学会の神宮寺がいるし……何がここで起きてるわけ?」

「事情は後で話すよ。とにかく、ここでの用は済んだ。さっさと退散するぞ」


 男は、水城と呼ばれる女を連れ、入り口と真逆の方向へ歩いていく。と、そこで朝霧の意識は闇に落ちた。

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