【第67話】純粋な澄んだ目
と、結月がそう応えると同時にコツコツという足音が近づいてくる。足音は、明かりのない廊下の奥の暗闇から聞こえてくる。
ただの靴音に変わりはない。にも拘わらず、それはとても禍々しい邪気を放っており、朝霧と結月は、思わずその場に立ちすくむ。
足音は、すぐそこまで迫っている様子だが、その足音の正体は暗闇から姿を現さない。それどころか音だけが近づいてると錯覚するほどに気配がなかった。
足音が突然止んだ。
と、同時にキィーンという先程聞いたものよりも甲高い機械音が、暗闇から聞こえてくる。そして、その音の中心には、うっすらだが、青白い光が見えた。
朝霧と結月は、それがレーザー光線だと直感した。そのためか、朝霧と結月はともに、素早く光線の照準先を読みそれを避ける。
すると、ヒュン! という空気を切り裂く音が鳴り響くと同時に、一直線に伸びる光が明かりのない廊下を照らしていく。
朝霧は、ふと光線の照準先を見る。後方の方の壁が僅かにだが照らされ、どうなっているか見えた。
コンクリートの壁が、メリメリという音が似合うような感じで穴が開いていく。なにか穴を中心にして圧力がかかってるような……そんな感じの開き方だ。
穴は、レーザーの大きさよりも大きく広がり、人が通れるほどくらいのサイズになったように見える。
それから何秒経っただろうか。コンクリートの壁をコンクリートと思わせないほど、いとも簡単に貫く強力なそれは、段々と光が薄くなっていき、光の太さも細くなっていった。
朝霧は、そのとき、ある違和感を感じる。
(なぜ定期的にレーザーを止めるのだろう)
そんな疑問は、中学一年のときに習う機械工学を知っていれば簡単なることだった。レーザーは断続的に使えないのだ。
レーザーというと、SFの漫画やアニメに出てくる断続的にレーザーを射出し主人公を手助けするものというイメージが強い。──が、現実は、そんな簡単に物事が運ばない。
レーザーは、一回の発射に数秒間のチャージが必要になるのだ。でないと出力不足を招いたり、オーバーヒートを引き起こすのだ。
この場合のチャージというのは、EWU放出物質の人工分泌を指す。つまり、レーザーのチャージ部分が能力者の分泌器官ということになるのだが……。
とにかく難しいことは省いて簡潔に言うと『レーザーは、発射毎にチャージを行わなければならない』ということになる。
朝霧は、そんな中学一年の頃に習ったことを思い出す。と、そこでキィーンというチャージの音であろう機械音が鳴り響き始める。
朝霧は、とっさに手に炎の剣を持ち戦闘態勢に入ってる結月を掴むと、足から空気を発射させ、さきほどレーザーが壁を貫いたであろう方向へ、かなりのスピードで飛んでいく。
「な……っ!?」
結月は、いきなり掴まれ、更に飛んでいるという現状に思考が追いついていないようだった。
朝霧は、そんな結月をお構いなしに足から絶えず空気を発射させ飛ぶ。
数秒間飛んでいくと、目の前に大きな穴が開いた壁が見える。朝霧は、その穴めがけて飛び込──もうとした瞬間、後ろからヒュン! という空気を切り裂く音が聞こえた。
朝霧は、とっさに後ろに振り返りながら、右手を前に出し、人差し指から電子光線を発射させる。
たった数秒、電子光線は男のレーザーとぶつかり合う。だが、素粒子を破壊するレーザーは、電子光線の電子を消しながら突き進み、ついには、朝霧にぶち当たる──その直前、朝霧は壁に開いた穴に飛び込み、足からでる空気をななめ前に出し、方向転換させる。
素粒子を破壊し尽くすレーザーは、朝霧の残像を貫くだけだった。
「ほう…………」
朝霧が壁の穴に逃げ込んだ頃、男は、朝霧の戦闘力の高さに少し驚いていた。
わざわざ敵に背を向けレーザーを誘い、誘ったレーザーと自分の能力をぶつけ合う。そのとき発生した作用と反作用を利用し、自身の飛ぶスピードを上昇させ、逃げる。
ここまで完璧で危険度の高い戦法をとれるのは、現役の能力兵士でも、そうそういないだろう。
だが、この戦法に驚いているのは、男だけではなかった。
(あっぶねぇ……。ギリギリじゃねぇか……)
それは、他でもない朝霧自身である。
無意識のうちに朝霧は、結月の手を掴み現役能力兵士を上回る技術で逃げるということをしていた。
(ともかく逃げよう……)
朝霧は自身のスキルに驚きつつ、隣で力が抜け立ち上がれなくなっている結月を見る。おそらくレーザーが迫ったとき「死んだ」と、確信したのだろう。
「結月。逃げれるか?」
「む、無理……」
結月は、顔を横にブンブンと振り、そう言う。完全に腰から力が抜けているようだ。
しかし、朝霧はここでどうしてもケリをつけたかった。あんなビームを相手に長期戦は不利というのもそうだし、なにより本能があの男をここで捕らえろと警鐘を鳴らす。
だが、力が完全に抜けている結月をカバーしながら戦うのは不可能に近いだろう。
──どうする。
──ビームに対してこちらは生身、質では完全に劣ってる。
──助けを呼ぶにもそんな隙はないし。
──どうする。
──……いや、待てよ。
──あれを使えば、結月なら、助けを呼べるんじゃ。
朝霧はそこであることを閃き、結月に向かいにっこりと笑った。それは、名案を思いついた政治家のような顔だった。
「な、なによ……。不気味な満面の笑み止めてくれない?」
「いやぁ。結月、悪いんだけど一回ここから退いてくんない? お前ならアレを動かすことくらいできるだろ?」
「は?」
「だ~か~ら~」
朝霧は、結月の体に手を触れる。
「公安委員会を動かしてくれ」
と、同時に結月をテレポートさせる。
結月の姿が消えた後、少しの間バチバチという静電気に似た音が聞こえてくる。
(さて……、これで結月を巻き込む心配はなくなった、と)
朝霧は、そんなことをふと思いながら、穴からソッと出る。と、目の前──約十メートルほど先に男が立っていた。
明かりは少なく薄暗いが、それでも目の前の男の表情は分かるほどはある。
と、男はにやりと微笑む。
朝霧は驚く。別に笑ったことに驚いているわけではない。
男が、憧れを抱いた少年のような純粋で澄んだ目をしているからだ……。




