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【第66話】絶対に死ぬなよ

「結月、ここを立ち去りなさい。これが親としての最後のお願いだ」


 だが、現実は非情で残酷なものだった。目の前の男は、険しい顔でそう告げてくる。

 それがなにかを悩み、なにかを捨てた男の答えだった。


「……そう、ならもう良いわ。夕霞健吾。貴方を無差別殺人の首謀者の疑い及び、クローン禁止国際法違反で逮捕します」


 結月は、そう目の前の男に告げる。

 事務的な宣言のなかには、なにか強い感情が隠っており、それが彼女にとって大きな決断だというのは、誰が見ても分かるものだった。

 だから……だからこそ男は、悩みに悩んだ。

 このまま自首をし、また親子としてやり直せないか、と。

 だが、スキアーの構成員という立場からそれは叶わない願い。男は決意する。

 ──犠牲はつきものだ。

 男はそう決心した。そして、目の前にいる娘と向き合う。


「結月。娘だからといって手加減はしない。全力で殺しにかかるぞ……。それでもお前は──」

「当たり前じゃない。相手が親だからとか、死ぬのが怖いとかで逮捕しないなんて公安委員会委員長として失格よ」


 結月は、いつもの威勢の良さでそう言い放つ。だが、その声は震えに震え上がっていた。

 自分でも理由は分からない。だけど……なぜか抑えきれないほど声が震えていた。

 段々と、身体までもが震えだす。男は、その様子を見るなり、少し戸惑いながら武器のようなものを装着した右手を結月に向ける。

 武器は、中が空洞になっており、それは拳銃や砲口を連想させる。だが、それがただの拳銃ではないと結月は直感した。

 キーンという甲高い音が聞こえると同時に空洞の奥が青白く光る。

 ──レーザー光線!!

 結月は、とっさに右手の手のひらに力を集め、『炎の槍(フレイム・バイデント)』を生成する。と、同時にそれを男の右手に狙いを定め、射出する。

 放たれた炎の槍(フレイム・バイデント)は、ゴウ! という空気を焼く大きな音を発しながら凄まじい速度で男の右手に迫る。

 炎が右手に直撃する直前、キーンという音がヒュンという空気を切り裂く音に変わる。

 と、そこで結月は気がつく。炎を貫いたのにも拘わらず、速度を落とさず、迫りくる青白いレーザーが目の前にあることを……。

 結月は、とっさに右に転がり、避けようとする──が、間に合わない。


「──っ!!」


 と、次の瞬間目の前にもう一つ。

 結月の背後から青白い何かが放たれ、男の放った青白いレーザーを食い止めた。

 時間にして一、二秒。たったそれだけの隙が、僅かだが生じる。だがその一瞬のおかげで、結月はレーザーをなんとか避けることができた。

 結月の後ろからの謎の攻撃は、男のレーザーに数秒間耐えたが、難なく突破されてしまった。

 それは、結月の残像を貫き部屋の壁をも貫いたようだった。

 結月は、不覚にもゾッとする。もし、あれが自分に命中していたら、という理由ではない。

 あの光線の正体が分からないから、である。


「どうだ? 公安委員会の委員長をしていてもこんな武器初めてだろ? 完全消失パーフェクション・ロストのEWU放出物質を解析して作った光線なんてそうそうないからな」


 完全消失パーフェクション・ロストというのは、榊原のことである。一種の能力名で、その能力者の通り名と認識される場合もある。

 つまり、男の言ってることを要約すれば『素粒子破壊レーザー』を作りました、という風になる。

 ハッキリ言って、結月は一人でこの男に勝てる気がしない。

 なぜなら榊原の能力を直に見て、その凄さを知ってるからだ。だからこそ勝てる気がしない。

 そう、一人なら──、


「あっぶねぇ。けどまぁ間に合ったみたいだな……」


 結月の背後にある部屋の入り口では、ある少年がふぅと、ため息をつきながらそんなことを呟いていた。

 結月という一人の少女にとって、その少年はヒーローだ。

 いつも、なにか困ったことがあれば、駆けつけ助けてくれる自分だけのヒーロー。

 そして、今。また少年は自分のことを助けに無謀な戦いに駆けつけたようだった。

 だが、そんな嬉しいシチュエーションとは裏腹に結月には、怒りに似た感情がこみ上げていた。

 と、少年がこちらに走り出す。

 ここで、結月は真後ろからキーンという甲高い音が聞こえることに気がつく。少年のことに気を取られていて男への警戒を怠っていたようだ。

 ヒュン。

 そんな空気を切り裂く音が聞こえること同時に結月は少し離れた通路に瞬間移動していた。


「あぶねぇ……。ったく、てめぇはなにしてんだ?」


 少年はそう結月に問う。怒ってる様子の顔ではないが、心の中では怒っているようだ。

 結月は、そんな少年の行動が、とても嬉しかった。

 だから……嬉しいからこそ結月は泣きながら怒鳴る。


「なんで……なんでアンタは……ただの幼なじみのためにここに来たの!?」


 泣きながらだからか、その声はとても震えており、おおよそ怒っている声だとは思えなかった。

 涙でぼやける視界の中心には少年──朝霧疾風の姿があった。朝霧は、少し怒ったような顔になる。


()()()幼なじみ、か……。ふざけんなよ……ふざけてんじゃねぇよ! おめぇからしたら()()()かもしれねぇが、俺からしたら()()()幼なじみに変わりはねぇ! 悪いが、俺は大事な人が傷つけられるのを黙って見てるなんていう、自己中心利己的大馬鹿野郎みてぇなことはできねぇ!」


 朝霧が言い終わると同時に、結月の瞳から大粒の涙が零れる。朝霧の言葉がキッカケに、今までため込んできた全てが爆発したみたいだった。

 結月は、消えそうなほど小さく……けれど、しっかり感情を込め、朝霧に「ありがとう、ごめん」と応える。

 と、そのとき廊下の奥からガシャンという扉の開く音が響いてくる。だが、朝霧はその音に気づかない。否、気づけなかった。


(やべぇ。ついつい強く言っちまった……)


 そんな気持ちを朝霧の心を支配していたからだ。他の物事に気を配るなどという余裕など無かったのである。

 朝霧は、強気なクラス委員長さんの「なに女の子泣かしてんの!」という怒鳴り声(いわゆるベタな展開)が聞こえてきそうな気さえしていた。

 まぁ、その強気なクラス委員長(仮)を朝霧は、今泣かしてるわけなのだが……。

 朝霧は、扉の開く音が鳴り響くなか、結月に手をソッと差し出す。ついにこの雰囲気にいたたまれなくなったのである。


「あー、ごめん! 一方的に言っちまって悪かった! だから泣くなって……。とりあえず、さ。絶対に死ぬなよな」


 結月は、朝霧の手に掴まり、まぶたを擦りながら応える。


「ハヤテこそ死ぬんじゃないわよ。私だって言いたいこと、たくさんあるんだから」

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