【第56話】いや、信じるよ
「──であるからして影響の強いEWU放出物質同士がぶつかり合うことによって稀にではあるが核爆弾の何万倍ものエネルギーが生じる。と、授業はここまでだ」
坂野が言うと同時にチャイムが鳴った。朝霧はそれと同時に勢いよく教室から飛び出す。
ビューンという表現が似合うそのスピードに坂野は、少しばかり反応に遅れるが数秒後、朝霧に対して怒鳴り散らす。
「朝霧! 貴様は居残りじゃ!!」
「ごめんなさい! 居残りは今度の機会に受けさせてもらうよ!」
朝霧は、坂野を背に走る。
その行為は、成績がうんと下がる可能性があるのだが……。それだけのリスクを負ってでも朝霧には、しなければならないことがあった。廊下の窓から校庭を見る。
と、そこにはとある男の姿があった。
朝霧は、急いで階段を下り、上履きから靴に履き替え校門を駆け抜けた。少し走ると目の前に目的の男はいた。
朝霧は、男を尾行する。どこまで尾行するのか、と聞かれれば分からないとしか言いようがない。
とにかく人気のない場所で、目の前の男と話がしたかった。
尾行し始めて十分くらい経つと、学校の近くにある河川敷に出る。と、そこで目的の男は立ち止まった。
「さっきからなんなん? 俺のファンかなにか?」
「違いますよ。神宮寺さんに話があるんです」
「へぇ……。で、なに?」
「神宮寺さんの力を借りたいんです」
朝霧がそう言うと、神宮寺はさもつまらなそうな顔になる。それは、朝に見た彼のおもしろそうな顔を百八十度変えたような感じだ。
「あっ……自己紹介まだでしたね。俺は──」
「朝霧 疾風。君は大京学会では有名人だ。なんせ明自党の切り札──榊原を一時的ではあるが使えなくしたのだからね」
「……一時的?」
朝霧は、神宮寺が自分の名前を知っていたことより、その言葉に引っかかった。顔がピクッと動く。
「そうだよ。榊原は今の政権である明自党の切り札だ。つまりどんな手を使ってでも釈放させるだろう」
「…………!!」
「けどまぁ……いくら明自党でもそう簡単に釈放させるのは無理だろうから安心しなよ」
神宮寺のその言葉に少しだけ安堵した。あんな化け物がまた出てきたら恐ろしいなどという表現を軽く越えるものがやってくると思ったからだ。
「で、なんで俺の力が必要なわけ?」
「明自党を敵に回した時、助けになる人材が神宮寺さんと紹介されたからです」
「その前に君が明自党を敵に回さないように立ち回れば良い話だろ?」
「もしもの時の話です。今の俺には守りたい人間と竜がいる……」
朝霧は、分かっていた。強い能力者を育てるために人を殺しかねない政党が、ファンという竜を見つけたらどうなるかを。
間違いなく人体実験の対象になるに決まっている。
「竜?」
「あっ……神宮寺さんには、まだ言ってなかったですね。まぁ信じてもらえなくても無理は──」
「いや、信じるよ」
神宮寺は、先ほどのつまらなそうな顔が一変し、ニヤリと笑った。
「まぁ俺は断る。誰かの下につくなんてごめんだからな」
だが、そんな表情とは裏腹にそんな返答が返ってきた。
「そ、そんな──!」
「だったら……男らしくタイマンでもはる?」
朝霧は、とんでもない緊張に襲われた。今まで戦ってきた誰よりも神宮寺が凄いオーラを放っているからだ。
これが無能力者最強の貫禄だった。
「後悔しますよ?」
けれど負ける気はしなかった。
「そりゃあ特大ブーメランだ」
朝霧は、神宮寺が話し終わると同時に飛びかかる。拳に電気を溜めながら神宮寺を殴った。
拳に溜まった電気が辺りに放出され一瞬周りが見えなくなる。しかし朝霧は、手応えがあまりなかった。そしてそんな考えは現実へと変わる。
「それだけか?」
神宮寺は右手で朝霧のパンチを受け止めていた。朝霧は、ゾクッとする。
なぜなら、常人なら気絶してもおかしくない電撃を生身で受け止めたからだ。朝霧は、思わず後ろへ後退した。
「ほら。倒したいなら早くしないと……逆に仕留められちまうぞ?」
「……っ! だ、だったら……これでどうだっ!」
朝霧は、電撃を打ち出す。が、神宮寺はそれを右手で払いのけた。
「なっ……!!」
「さて、と。正しい狩りの仕方を教えてあげる」
そんな言葉が聞こえた数瞬後、朝霧は神宮寺が自分の目の前にまで迫っていることに気がつく。とっさに迎撃しようとするが、神宮寺のあまりの速い挙動に動揺し、反応が遅れてしまった。
「…………!!」
神宮寺のパンチが朝霧の左わき腹に直撃する。が、朝霧はそのパンチの威力を受け流す形で回転し始めた。その場で回りながらジャンプし、脚を神宮寺の顔にぶち当てる。
要するに回し蹴りをキメた。
だが、神宮寺はがら空きの朝霧の腹に再度バンチをねじ込む。
「グッ……!!」
先ほどのパンチとは比べものにならないほどの痛みが朝霧を襲う。
朝霧は、内臓が圧迫されるのを感じた。朝食から時間がかなり経っているのが幸いだろう。朝霧はそのまま数メートル吹っ飛び気絶する。




