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【第54話】それが、はやての良いとこなんだけどね

「そういえば加奈子って誰なの?」


 ファンが朝霧を見上げながら聞いてくる。おそらくさきの翔太との会話から疑問に思ったのだろう。


「んー? そうだな……俺の義母かあさんの妹の娘……だった、と思う」

「……じゃあ私と『フィンロン』みたいなものか」

「フィンロン?」

「私のお父さんの弟の息子だよ」

「へぇ。となると俺と加奈子と同じ従兄弟か」

「そうなるね~」


 ファンはニコニコしながらそう言う。と、同時に朝霧が片手に持ったプリンを見つめてくる。言外に語られる言葉は「早く食べたい」だろうか。


「ん? あぁ……買ってくるから待ってろよ」

「分かった~」


 朝霧は、プリンをレジに持って行く。レジの液晶画面には一一〇円という表示が映し出された。

 よく食べる品なので、はなから値段は分かっていた。そのため、レジにくる前から右手に用意していた一一〇円を受け取り皿に出す。

 店員は、レジ袋にプリンを入れレシートを出すという一連の動作をとてつもない早業で行い朝霧に渡した。

 ある意味これは、一種の伝統芸だと朝霧は思う。

 朝霧は、レシートを受け取るなり、クシャクシャにしてポケットに入れ、店の出口の方にいるファンのもとへ移動した。


「お待たせ」

「別に待ってないよ。じゃあ帰ろっか」


 ファンが先頭に立ち、店から出て歩きだす。

 大通りと言っても周りのビルは全てオフィスか研究施設。十時過ぎともなれば歩く人間はほぼいなくなる。そのため人通りは全くなかった。

 昼間とは違う大通りの雰囲気を感じつつ、ファンと朝霧は、無機質なビル街を抜け寮へ向かって歩く。


「さっき言ったフィンロンね……私と一緒に下界に来たはずなのにいないんだ……」


 ファンがポツリと呟く。それも悲しそうな顔をして……。そこで、朝霧はファンの過酷な過去をまた思い出すことになる。

 朝霧は、本能的に「何かを言わなければ」と、思った。


「心配すんなって……。フィンロンって奴も俺が見つけてやるからさ」


 朝霧は、気がつけば自分でも驚くほど無責任なことを口に出していた。いつもの通り確証などどこにもなく可能性だって0に等しいことを平然と……、

 ファンも正直「はやては、やっぱりおバカさんだよな~」と思った。けれど……そのおバカな朝霧の言動が自分を支えているのも事実。だからファンは「うん!」と、笑いながら答えた。


「さてと……さっさと家帰って寝るとするか」

「おー!」


 朝霧とファンは、十分程度をかけ寮に着く。部屋に入るなり朝霧は、布団に伏した。さきの戦闘と東京国の闇のこともあり身体的にも精神的にもボロボロだった。


「はやて? 大丈夫?」

「ん? 少し眠れば大丈夫だよ」

「なら良いんだけど……無理はしないでね」

「おう。じゃあ俺は、さきに寝させてもらうぞ。おやすみ」


 朝霧は、ファンにそう言うと寝息をスースーとたて始める。「おやすみ」と言ってから数秒という早業である。

 朝霧はさきのレジ仕事が一種の伝統芸だと言ったが、この早寝も端から見れば伝統芸に見えるということを彼は知らない。


「さて、プリン食べて寝ようっと」


 レジ袋から焼きプリンとスプーンを出す。そしてスプーンをビニールの梱包から取り出すと食べ始めた。


「んー……!! おいしい!」


 ファンは、幸福そうな顔で食べる。

 下界に来てから早いようで長い六日目。明日で一週間なんだな~なんてことを考えながらテレビの真上にあるカレンダーを見る。

 ファンはカレンダーの七月三一日に、講習二日目という文字があることに気がついた。

 確か前にも講習があったから……明日が二回目ってことなのかな?


「──ってことは今日って三〇日なんだ」


 そんなことをつぶやきながらファンは、カレンダーから今日の日にちを導き出せた満足感に浸っていた。

 その様子は、千年生きていると思わせない姿である。


「……ってあれ?」


 気がつけばプリンがなくなっていた。無意識のうちに食べている自分に恐怖を感じる。


 太らないと良いけど……。


 そんな乙女特有の感情を抱きながら歯磨きをしにいく。

 歯磨きを終え、布団に入ろうとすると朝霧が布団からはみ出ていることに気がついた。


「全く……。やっぱりどこか抜けてるんだよな~はやては……」


 そんなことをポツリとつぶやき、布団をかけ直してあげる。朝霧は相変わらずスースーと寝息をたてながら寝ていた。


 ──まぁ……それが、はやての良いとこなんだけどね。


 安心した表情を浮かべるファンは、朝霧の頬にキスをし自分の布団に入った。


「おやすみ。はやて」

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