【第51話】プレゼント
地面へ移動し、少し時間が経った。するとやっと、武装警察と公安委員会が駆けつける。時間にして十分ほど経つか経たないかくらいだ。
「夕霞委員長! 大丈夫でしたか!?」
楓や恵が結月の方へと走って来るなりそう聞く。
おそらく、要注意人物が榊原だと知り、結月の安否が気になったのだろう。
「平気……。ハヤテが助けてくれたから」
結月は、朝霧を微笑みながら見つめそう言う。当の朝霧は、全くそのことに気づくことなく武装警察の人間と話していた。
「間違いなく榊原 蓮ですね」
「ということは、あっちの死体は榊原 剛か。五大能力者を一日で四人も殺るとは……」
二人の武装警察官は、そんなことを話していた。
一人は無精ひげを生やし、タバコを吸う五十~六十代の男。もう一人は、長身で見た目二十代後半の男。
どちらもザ刑事という感じの雰囲気を出していた。
「えーと……何がなんなんですか? 俺には理解できないんですが……」
「悪いが部外者には話せない……と、言いたいところだが、君には伝えるよう上から言われててね。自己紹介をしておこう。俺は武装警察第一捜査科の近藤 正夫」
「僕も同じく武装警察第一捜査科の山内 定信」
「あっ……俺は黒崎学園の朝霧──」
「ハヤテ君だろ?」
近藤は、朝霧より早く名前を言う。朝霧は、そのことに驚いた。なぜなら近藤というこの男に面識がないからだ。にもかかわらず名前を知っているのはなぜだろうか。
「近藤さんって、もしかして精神感応系の能力者ですか?」
「いや、違うよ。まぁ話は、あちらの警察車両でしよう。山内。お前は外で見張りをしとけ」
「了解っす」
そう言われ、朝霧は車体に一〇三号車と書かれた車両に乗り込む。車両はトラックのような物で、荷台のような場所には両サイドにイスのような出っ張りがあった。
朝霧は、とりあえずそのイスに座ることにした。
座ってみると、予想通りイスが硬いことが分かる。 イスは、ひんやりとしていて、体の熱が奪われていくような感じがした。
「硬いイスで悪い。だが、君には話しておきたいんだ」
近藤は、先ほどの真面目な顔を更に険しくし、そう言う。
なにか重大な発表でもするような……そんな顔であった。
朝霧は、あまりの堅苦しい雰囲気に息をのむ。あまりこういう場には慣れてないのだ。
「君の活躍は東京国の上層部へと既に伝わっているだろう。国家レベルの実験を無にした張本人としてね……」
国家レベル……!?
朝霧は、そこに引っかかった。あんな人の命を軽視した実験が国家レベルのものだったのか……と。
「あんな……人を何人も殺した実験が国家レベルだったんですか?」
「正確には違う。私も詳しくは知らないが、人を殺したのはその延長線に過ぎないんだよ。まぁ私は、上層部から黙認するよう言われていただけで、それ以上のことは知らんのだが……」
「な……ッ!? で、でもなぜそれを現場の貴方が」
言い方が悪いかもしれないが普通、現場の刑事にこんな裏話をするはずがない。それが国家レベルの話なら尚更だ。だから朝霧は聞く。
すると近藤は少し間を空け、応えた。
「……なぜこんなことを言うか。そしてなぜ私みたいな下っ端がこんな話を知っているか。それは君のお父さんである朝霧 修也さん。いや、朝霧総監からの直々のお願いなんだ」
「ちょっ……ちょっと待ってください。総監? 義父が!?」
「まぁ知らなくても無理はない。滅多にテレビにもでないしな」
昔から仕事で何日も帰らないことはよくあったが、まさか警視庁のお偉いさんだったとは……。
朝霧は、自分の知らない父の顔に心底驚いた。
「そこで問題なんだ。君が今置かれてる立場に気づいてほしい」
「俺の置かれてる立場?」
「君は、無能力者にして電子光線を放つことのできる例外中の例外。国は、メンツもあってか君のことは黙認してるが……」
朝霧の思考が一瞬止まる。自分が、電子光線を放てることを東京国の上層部は、既に知っていたのか、と。
「明自党は、知ってるだろ? 今の東京国の与党であり、東京国最大の秘密結社だ」
「え……明自党が秘密結社?」
「うむ。明自党というのは、東京国上層部の実行部隊でもあるんだ。つまり……これから先、君がこの国の邪魔となる行動をとれば、明自党の人間に狙われることになる」
「そ、そんな! だって議員じゃ──」
「議員自らは手をくださいないだろう。明自党には、それようの部隊班がいる。まぁどんな組織かは知らんがね」
「…………っ!」
驚きのあまり声が出なくなる。まさか国を敵に回してしまうことになるのかと思うと気がズンと沈んだ。まるで絶望したかのように朝霧は俯く。
「い、いやそんなに暗くなるなよ。今のは、最悪の場合の話だ。君が今後、このようなことをしなければ起こり得ないことなんだから」
近藤が朝霧の様子を見かねそう言う。朝霧もそんな近藤に気をつかい顔を上げた。
「だが、まぁ……。こんなことを言うのは、朝霧総監が君を心配してのことだ。この国の闇は君には大きすぎる。二度と危ない真似はしないように」
「……近藤さん、分かりました。でも、俺は誰であろうと結月や友達に危害を加えようとする奴に対して退くつもりはありません。それが例え闇であろうと光であろうとです」
朝霧と近藤が睨み合う。まるでアデスに似た威圧感を持っているが、朝霧も退く気はない。
数秒間の睨み合いが続いた末、近藤がため息をつく。
「……これは君のお父さんからのプレゼントだ。全く……本当にお父さんの言った通りの返答が返ってくるとは思わなかったよ」
近藤は、呆れたような微笑みを浮かばせながら、朝霧に一枚のプリントを手渡した。
「この人なら頼りになるだろうとのことだ。だがまぁ……俺達の立場からすれば、こいつも危険人物であることに変わりはない。十分、気をつけてくれ」
朝霧は唐突に渡された紙を軽く見て、そして気がつく。
近藤の言う危険人物というのが、朝霧にとって見覚えのある名前をした人間だということを……。




