【第48話】させない
「さっぱりしたなぁ」
銭湯から出て夕暮れの道を歩く朝霧がそう呟く。
一つ気がかりがあるとすれば、夕暮れにも拘わらず、汗はダラダラと出てくるうえ、それは一向に止まる気配をみせないということであろうか。
ちなみに銭湯に行きたいと言い出したファンは、湯船で温まったことで眠くなってるのか、結月におんぶされてるようだ。
「そうね。てか、もう七時過ぎなんだ……」
「お前は、銭湯から家近くていいよな。で、黒崎さんは、これからどうすんの?」
「私は、夕霞さんを家に送り届けた後、公安委員会と武装警察の合同会議に出席します」
「じゃあ結月の見送りは俺がするよ」
「で、でも……」
「この前の補習のこともあるし、お礼がしたいからな」
「で、ではよろしくお願いします。恵さんと鈴音さん行きましょう」
黒崎はそう言うと、恵と鈴音と一緒に大通りへと走っていく。その姿を見ていると、やはり優等生なのだと圧倒されるものがある気がした。
もしこれが結月だったら、こういう風には思わないんだろうなぁという言葉を胸にソッとしまったことは、自分だけの秘密なのだが……。
「じゃあ俺と楓は寮に帰らせてもらいます」
「おう。じゃあまたな健二」
健二と楓は、手をつないで大通りへと消えていく。あの姿を見ていると、兄妹ではなく恋人同士かと思ってしまう。
いや、別に兄妹間のラブコメ展開など好みではないのだが……。やはり気になってしまうのが男の悲しい性だ、と実感する。
「さて、行くとするか。ファン俺がおぶろうか?」
「あっ……じゃあお願い」
結月からファンを下ろしおぶる。さすが小学生並の体型なだけあって軽い。どのくらいかと言うと、人形でも背負っているかとうほど軽かった。
おそらくスリムで身長が低いという体型が、そうさせているのだろう。
「大通り出るより、そっちの路地行った方が近いわよ」
「りょーかい」
そう言い路地へと入っていく。人一人がやっと通れるほどの細い路地を結月が先頭に立ち、ずっと歩いていく。と、工場がデカデカと建っていた。
小さな門があるが、門という門ではなく、裏口といった感じである。
「こんなとこに工場なんてあったんだ」
「二、三年前からあるわよ。今は使われてないようだけ……」
そこまで結月が言ったところで言葉が途切れる。それと同時に結月が止まる。
「どうした?」
「ま……まえ」
結月がこちらを見ながらそう言う。表情は、こわばり何かに怯えているようだった。
朝霧は結月の前を覗き込む。そこには、血だらけの死体があった。右足と頭部がないその死体は、まさにホラー映画に出てきそうなものである。
「だ、誰がこんなことを……」
朝霧がそう呟くと「俺だよ?」という声が聞こえてくる。得体の知れないその声にビクリとなりながらも暗闇から聞こえたその声の正体を確認しようと目を凝らす。
だが、朝霧はこの声に聞き覚えがあった。が、それを認めたくない自分がいた。もしそうならこの死体は五大超能力者の誰かで今、結月が危機的状況に陥ってるということを認めることになるからだ。
「お前昼間に会った奴か。まぁテメェに用はねぇから帰りやがれ」
が、事実は残酷だ。暗闇から出てきた男は昼間に会った赤髪の男であった。
だが、昼間会ったときとは違い、目の前の男は狂気に歪んでいるようで……それはもはや人間とは思えなかった。
「さァて夕霞……。おめぇを殺しに来た」
そう冷酷に、残酷に、冷徹に言った瞬間、男は結月へと襲いかかる。朝霧は、とっさに結月の腕を掴み工場へと瞬間移動する。
「あぁん?」
榊原は、瞬間的に消えた結月達に驚きつつイラついた様子だ。その証拠に少しばかり血管を浮かばせている。
「なんだぁ? 空間操作系の能力者か?」
榊原は、呟く。が、朝霧達は全く気にせず工場内を走り回っていた。朝霧達はパニックもののゾンビ映画さながらの逃亡を繰り広げようとしていた。
だが、ゾンビ映画とは違い追ってくる者は生身の人間なのだが……。
「なんなのよ!? ハヤテ知り合いなの!?」
「はやて~。なんで走ってるの?」
「あぁ!! 一回落ち着け!」
「落ち着けるわけないでしょ!? なんなのよ! 私を殺しに!? 意味わかんないし!」
結月は完全に取り乱しており、走るのさえも止めてしまった。だが、これでは相手の思う壺だ。
「だぁぁぁ!! 分かった! 分かったから! この状況をどうにかすりゃ良いんだろ!?」
「……どうやって?」
結月は今までに見せなかったような涙目を浮かばせながら、朝霧にそう聞く。
だが、朝霧に別段、策があるわけではない。
ただ単に食い止めてやる、潰してやる、倒してやる。そう思ったことを言葉にしたまでのこと。つまり、行き当たりばったりだ。
だが、朝霧は負ける気はしていない。だから自信満々に、結月の頭を撫でながら、朝霧はいつものような軽い口調で言う。
「大丈夫大丈夫、なんとかなる」
──こちらとら竜王の契約者やってんだ。
──幼なじみの一人守れなくてどうする。
──……いや、それに。
本当のところは、『結月に一本たりとも手を触れさせるわけねぇだろ』といったところが本心である。だが恥ずかしさと照れが、そんな言葉を心の奥底に閉じ込めた。
と、その瞬間、工場の壁が消し飛んだ。吹き飛ぶではなく消え去ったのだ。それは、テレビでたまにやる大規模イリュージョンのようだった。
「みィつけたァ」
その直後、榊原がデカデカと空いた穴から工場内へと入ってくる。どうやら能力を使ったらしい。だが──、
──今、一瞬で壁を消し飛ばしやがったよな……。
──なんの能力だ?
──まさか四天王……?
朝霧は軽く混乱していた。こんな能力、見たこともなければ聞いたこともなかったのだ。
「テメェ何者だ? 普通の能力じゃねぇみたいだが……」
「教えてやっても良いが……死ぬんだし知っても知らなくても一緒だろ?」
朝霧の背筋に冷たい何かが走る。真夏の夜だというのに全く暑さを感じさせない。逆にヒヤリとするような感覚が襲ってくるのを感じる。
「素粒子破壊能力……。まさか父さんが開発に成功してたなんてね」
「あぁ? 父さん? もしかして健吾とかいう奴か?」
「そうだけど……」
「世の中こんな偶然があるんだなぁ。アイツなら俺の能力で殺したよ。そして娘であるお前もこれから死ぬわけだ。愉快愉快。さて、と。あの世で父さんに会えると良いなっ!!」
榊原は、そう言い放つと結月へと襲いかかる。が、朝霧の放った電撃が榊原を弾き飛ばした。
「結月を殺すっつったか?」
榊原は気がつく。恐怖心で動かなくなったはずの朝霧から、得体の知れないなにかが放出されていることに。
恐らく狂気に満ちた榊原よりも凄まじいオーラを放っている。だがそれは狂気や殺意という類のものではない。それは単純な怒気であった。
朝霧は声に、その怒気を上乗せさせて叫ぶ。
「させるわけねぇだろクソが!」




