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【第47話】出来損ないの弟

「はぁはぁ……」


 日も暮れ薄暗くなる。けれど、まだ暑さの続く街の路地で、銀髪の男──榊原 剛は、必死に走っていた。

 まだ始まったばかりの関東の夏の夕方は、なにもしてなくても汗が噴き出てくる。それに加えて走るという行為は、ある意味自殺行為と言っても過言ではない。


「待てよ兄貴。出来損ないなんてレッテル貼った挙げ句、家から追い出した弟に負けんのかぁ?」

「お前なんか弟じゃねぇ!! さっさと失せろ!!」


 剛は叫ぶ。目の前にいる敵であり、実の弟である赤髪の男──榊原 蓮に向かって……。

 目の前にいる弟は、家族から勘当され行方を眩ましていた。家族は、数日で野垂れ死にでも犬死にでもしてるだろうと考えていたのだが──、

 目の前には、普段通りの……なにより新たな力を持ってやってきた蓮がいる。

 そんな予想にもしていなかった出来事に剛は少し怖じ気づいた。


「そう言うなよ……。久しぶりの再会じゃねぇか」

「ふん。無能力が原因で家から追い出されたお前が今更何の用かと思えば、俺を殺しに来ただ? そんな不可能なことを」

「ならなぜ逃げる? 分かってんだろ? 俺が昔の俺じゃねぇことを」


 剛は黙り込む。剛の能力は、空間操作と言い3次元と11次元を結びつけることができる。瞬間移動はもちろん時間移動もできるのだが……応用で敵の周りの空間を感じることができる。

 つまり周りの空間に影響を及ぼすEWU放出物質も感じ取れる。そして今、蓮の周りにはあるはずのないEWU放出物質が感じられるのである。


「…………いつ能力者になったんだ?」

「追い出されてから一ヶ月後くらいかな。天才的な学者に出会ってよぉ。能力開発してもらったんだ」


 この言葉を聞き、少し剛に希望の光が見える。蓮が追い出されたのは、つい一ヶ月前くらいのことだ。

 つまりまだ数日。そう、たった数日だ。何年間も能力を磨いてきた俺とは天と地ほどの差がある。

 剛は勝利を確信した。それは、感情論とか根性論とかそういう話ではない。証明に限りなく近い確信だった。


「てことは、まだ能力を使い慣れてねぇようだな。それで俺を倒すなど──」


 次の瞬間、剛は瞬間移動能力を使い蓮の後ろにまわる。と、同時に回し蹴りの動作を始め──、


「──百年はぇ!!」 


 準備の整った剛が右足から蹴りを繰り出した。瞬間、血飛沫が飛び散る。だが、それは決して蓮のものではなかった。

 剛は自分の目を疑う。自分の右足がきれいさっぱり、消し飛んでいたのだ。あまりの激痛に言葉がでない。


「……っ!!??」

「おめぇの行動パターンは分かってんだよ。単純な回し蹴りなんざ、受け止めることくらい朝飯前だ」


 剛がその場に倒れ込む。あまりの痛みと驚きが襲ってきた。それに加え、今までで味わったことのない敗北感が剛に覆い被さるように押し寄せてくる。

 俺の足を止めるだけじゃなく消し飛ばしただと!?


「お……おまえ……なんだその……能力は……!?」

「ククク……。俺に殺されてきた奴ら全員が同じことを言ってきたよ。まぁおめぇのような奴に答える必要はねぇか」


 剛の顔が青ざめる。逃げなくてはと本能が叫んだ。

 こんな正体不明の能力を相手に勝つなど不可能に近い。いや、不可能だ。先ほどの証明に近い確信が、一八〇度変わった。

 剛はとにかく能力で瞬間移動をしようとする……が発動できない。


「あまりの痛みでEWU放出物質の分泌不全を引き起こしてるな。その様子じゃ能力も使えねぇってか」


 蓮がそう言う。EWU放出物質は周囲の空間に影響を与え、通常とは違う空間を作り出す。それが能力の正体なわけなのだが……。

 これはホルモンのように能力を使用しようとすると、無意識に放出される。が、あまりの痛みや特殊音波による妨害等で、分泌不全を引き起こすことがある。

 今回のように痛みで使えなくなるというのは、典型的な例だ。


「くっ……!!」

「さて……と。俺の能力は、触れたもの以外は消し飛ばせねぇが、その様なら確実に仕留められるな」


 そう言いながら蓮はニヤケながら剛に近づく。

 その目には、既に人間の魂は宿っていなかった。あるのは狂気と憎しみの色。まさに無心に人を殺す殺戮機械のようだった。


「赤と青どっちが良い?」


 蓮は呟く。それはまさに都市伝説の怪人赤マントのようだ。いや本当に怪人赤マントがいるのなら、そちらの方が何倍も人間らしいだろう。

 剛がそう思うほどに、蓮は異常だった。目や表情、口元全てが狂気に歪んでいる。一言で表せば、それはぶっ壊れていた。

 おそらくもう何を言っても無駄だろう。そう覚悟が決した。


「けっ……死に方は選ばせてやるってか? 気にいらねぇな。さっと殺すなら……殺せよ」

「そうか。なら……」


 蓮は、剛の頭に触れる。と、その瞬間頭部がキレいさっぱり消え去った。それは、まるで手品でも見ているかのように……。

 だが、手品とは違いタネも仕掛けもない。ただ消し飛ばしただけ。つまりやられる側の命がどうなるかなど考えていない。

 その証拠に剛の首から、異常なほどまでの鮮血が噴水のように吹き出し、みるみるうちに血だまりを作り出す。

 蓮は、ニヤケながらそれを見守り、そして呟いた。


「やれやれ。こんな汚れた血なんざ触りたくねぇからな。夕霞を始末しに行くか」


 榊原は新たなターゲットに狙いを定めると、薄暗い街へと消えて行こう──と、したそのとき。榊原は、気がついた。背後から誰か二人の男女の声が聞こえてくることに……。


 それは、大通りからのものではない。裏路地からのものだ。そして、それは段々とこちらへ近づき、ついには少女の絶叫したような声が聞こえた。


 榊原には、その声に聞き覚えがある。事前調査で聞いた結月という少女の声。それと酷似していた。

 狂気に歪む榊原の顔が夕焼けの中ニヤリと微笑む。

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