【第38話】細菌型寄生兵器
「にしても良いのかよ、実験なんかに使って。お前の嫁の故郷なんだろ?」
「今更何を言ってる。第二特別区のガキを大量に殺したお前が、正義気取ってんじゃねぇぞ。誰のおかげで、今、犯罪者にならずに済んでんのかくらい、そのバカな頭で考えろ。それにな……あのガキ共はもう村に送っちまった。もう後戻りはできねぇんだよ」
カプセル型の機械やEII型溶液、BAS溶液のタンク、挙げ句には培養装置が大量に置かれた部屋のなかで、やせ細った男と太った男は話す。
部屋は薄暗く、壁のところどころに汚れがついている。まさにベタな研究室を具現化したような感じだ。
「まぁそうだけどよ……。そ、そういやあの培養機にはなにが入ってんだ?」
「ん? 次の実験に使うモルモットだよ。この実験が終わったら、あれも出来る限りのデータを取って、処分する予定だ」
「処分までする必要あるか?」
「ある。なにせ、国に売る大事な商品だからな。どこで情報流出するか分からんもんを野放しにはできん」
やせ細った男が、そんなことを言いながら目を向ける方向には、カプセル型の機械があった。カプセルの真ん中にある丸いガラスから、中にいる赤髪の男が確認できる。
「素粒子破壊能力だっけか? まぁ確かに国防省やらに売れば、いい金になりそうだな」
「正確には素粒子分解能力だがな……」
「あぁ、そうだったっけか。……で、そろそろ教えてくれや。俺の愛玩具に仕込んだものの正体ってなんなんだ?」
太った男がそう訊くと、やせ細った男は鼻で笑いながら答えた。もしこの笑顔を見たら、百人が百人、同じ感想を抱くだろう。こんなにも、つまらなそうな笑みを、人間は作ることができるのか、と。
「そうだな。ヒントを出すとすれば、これが世に出回れば世界の戦争は激変する。それどころか、もはや戦争に勝敗などなくなる。世界は壊滅する。ということくらいだろうか」
「……??」
男達がそんな話をしているなか、アレは、トラックに乗せられ移動していた。
トラックは、山道を通り村に出る──、
──その頃朝霧達は布団のなかにいた。夕飯──というよりは夜食に近いが──を食い終わり、就寝しようとしていたところだ。
「にしても電車のなかで寝ちまったから眠気がなぁ」
「ハヤテも? まぁだよね……」
重信と桜は思春期をなめているのか、男女同じ部屋で就寝させていた。そのおかげで結月とファンに左右挟まれながら寝転がっている始末だ。そのせいで寝れないのも、あるといえばある。
まぁ実際、朝霧は生理現象真っ只中であった。
「じゃあここは定番の恋バナを……」
黒崎がそう言い出したのもつかの間、外にいるポチが突然ほえ出す。ワンワン! と、何かに怯えるような……何かを追い払おうとするような、そんな異様な声だ。
「恋バナはあと。ポチを見てくる」
結月はそう言うと布団から飛び出し襖を勢いよく開け、廊下を走り抜けていった。黒崎と朝霧も外へと飛び出す。得体の知れない嫌な予感がしたからだ。
数秒後、外に出ると有り得ない異様な光景が広がっていた。
「う……ぐぅ……ぁぁぁぁぁ!!」
そんな叫び声をあげながら何人もの学生がぎこちない動きで歩いていた。
──それは、まさにゾンビのように……。ポチは、そいつらに向かいほえ続ける。
「ポチ!! 家に入るよ!!」
結月は、ポチを抱きかかえ家へ向かって走り出す。が、地面のへこみに躓き前転をするかのように転倒してしまった。
結月は、ポチを庇うため上向きになるよう転ぶ。ゾンビのような学生達は、結月が転んだことに気がついたのか一斉に近づいていく。
「に……くぅ……」
そんなことを言いながら一歩また一歩と近づく。
「いたたたた………」
結月が目を開けると目の前に人が立っていた。しかし、目は既に虚ろで表情はない。顔立ちから男だということは分かるが、生気はない。
そんな人間が、いやゾンビが立っていた。
「ひ、ひっ……!!」
がぁぁぁぁと、ゾンビが結月を襲う。その瞬間稲妻がゾンビを吹っ飛ばした。
「てめぇら……結月に手出すとは、良い度胸してやがんじゃねぇか!」
その攻撃がきっかけとなり、複数のゾンビが朝霧に気づき襲いかかる。が、朝霧の右手から放出された稲妻に、容赦なく吹っ飛ばされていった。
「ハヤテ……」
結月が安心した表情で朝霧を見る。が、その直後、朝霧の少し先に吹っ飛ばされた、致命傷を負ったはずのゾンビが立ち上がるのを見て、結月の背筋は凍りついた。
ゾンビは、ボキボキという骨が折れるような音を出しながら……赤黒い液体を撒き散らしながら立ち上がる。
「細菌型寄生兵器ってやつか……?」
朝霧が呟く。
細菌型寄生兵器というのは、簡単に説明するとゾンビである。これに使われる細菌は、人工的なもので自然界にはないのだが、生きている人間に宿主が死亡したあと活動を始める胞子を寄生させることで人間をゾンビへと変貌させてしまう。
もっと詳しく説明すると、宿主が死亡すると胞子は細菌となり脳に寄生、脳から命令を送る電気信号を化学信号へと変換させることで人体を乗っ取る。
臓器なども再活動を始めるが死んでいた臓器なため常時腹を空かせた状態になる。つまりゾンビが人を食べるのは、このためだ。
だが、ゾンビの一番恐ろしいのは、食われるということではない。
一番恐ろしいのはこのゾンビに噛まれた場合、唾液から細菌が移ってしまうという点だ。これはもし噛まれた側が死んだ場合、いくら噛まれてから時間が経っていようがゾンビ化してしまう。
また菌同士のネットワークを成形するというのも厄介である。
これは、簡単に言うと、菌と菌がインターネットのような回線を引き、それで会話するようなものである。この機能があるため、一人のゾンビがターゲットに気づけば、周囲のゾンビもその情報を元にターゲットに気づくのだ。
そして、このネットワーク機能や菌の生命維持を含め、停止させる方法は一つしかない。つまり、脳内に繁殖した菌の元を破壊するしかないのだ。
──だが、おかしい。
──ゾンビを作る理論は出来てても、肝心のウイルスは今の技術じゃ作れないはず。
──……まぁいい。
「どのみち、もう死んでる奴らってことに変わりはねぇ。それに……こちとらバイオハ〇ードは大得意なんだよ!」
朝霧はゾンビを睨みつけながらそう言い放つ。朝霧という男は死を軽視してるわけではない。むしろ逆だ。
だが、目の前のゾンビは、既に死んでいてウイルスに身体を乗っ取られている者達である。供養のため……というのは少し美化しすぎだが、それも含めれば殺してあげるのが最善策であろう。
まぁ深夜ということや、今日一日の疲労から、これが夢でなく現実だという認識が薄れているというのも、一理はあるのだが。




