【第37話】いつでもわしら2人は、お前の味方じゃ
「とりあえず風邪ひいちゃうから早く家に入りなさい。遠慮はいらないから」
桜がそう言うなり、朝霧達は家へゾロゾロと入る。人の良さそうなおばあさんで良かった~なんてことを考えながら廊下を歩いているとワン! という犬の鳴き声が聞こえた。
「ポチ~。元気でいたか~?」
結月が急に座り込みそんなことを言う。結月の前を見てみると、そこには子犬が結月に擦り寄って甘えていた。
「結月が生き物を殺さないなんて……」
「ハヤテ。やっぱり黒こげになりたいの?」
「だ、だってお前ゴキちゃんが出たとき跡形も残らないほど強力な火力で燃やしたじゃねーか」
「比較対象おかしいでしょ! 害虫と子犬とじゃ天と地ほど差があるっつーの!」
「害虫って……。ゴキちゃんを食べる国だって……」
そこまで言ったところで結月の鉄拳が朝霧の脳天に直撃した。一瞬、目の前に星が瞬いたかと思ったのもつかの間、辺りが暗転する。人間、あまりの痛みを受けると言葉がでないのだなとつくづく思う。
そんなことをしてると目の前の襖が開いた。
「お父さん。寝てらっしゃったんじゃ?」
部屋から六十代くらいの白髪の老父がでてくる。メガネをかけ、いかにも昭和の方という感じの頑固そうなオーラを放つ老父は不満げに口を開く。まぁ昭和生まれなんて、もうこの世界にはいないのだが。
「うるさくて眠れやしないわ。ん? 結月か? 来るんじゃったら連絡ぐらいせい」
「ご、ごめんごめん」
「そちらは?」
「私の友達。終電乗れなくてさ……」
「もっと早く帰らないからじゃ。まぁグチグチ言っても始まらんか。その様子だと晩飯もまだじゃろう。母さん、飯を作ってやってくれ」
なんだかんだ言って、俺たちのこと思ってくれてんだな……。朝霧は、老父の意外な発言に驚く。結月のおじいさんには失礼だが普通こういう人は『明日の朝まで飯は待て』とか言うのがテンプレだと思っていた。
「分かりました。結月ちゃん、皆さん。居間までどうぞ」
そう桜が言うなり、朝霧達は居間へと移動する。
居間に着くと純和風な造りについ驚く。畳や座布団、木の机は卓袱台ではないが、高級旅館を連想させるものだ。テレビも今では骨董屋にすら売っていないアナログテレビ。そのアナログテレビに四K電波放送用の専用チューナーを取り付けてある。
画質が売りの四Kが泣くぞおい。
「にしても和室って落ち着きますね。俺の義母の家にも和室があるんで……」
「ハヤテの寮も和室じゃない」
「……そ、そういえばそうだな」
「はやて……。眠い……」
朝霧が後ろを見ると、そこには目をこすりながら朝霧の服を掴む少女の姿があった。少女は眠さのあまり涙目になっており、不覚にも朝霧はそんなファンにドキッとする。
これは萌えゲーかなんかか……。
「あらあら。じゃああなたのご飯は明日にしましょうか。寝室に案内するからおいで」
桜が廊下のほうでそう言う。ファンは頷き桜についていった。廊下では「名前なんていうの?」とファンに訊く桜の声が聞こえる。その間に朝霧達は、座布団に腰をおろした。老父も部屋の隅にあるイスに腰をかけこちらを見る。
「そういえば結月のおじいさんって、名前なんていうんですか?」
「わしの名前? 重信じゃが……それがどうした?」
「いえ、気になったもので……」
そんなぎこちない会話をしていると、桜が寝室から戻ってくる。台所に寄ったようで、両手には皿を持っていた。
「老人が食べる質素なものだけど……」
「そんなことありませんよ。匂いだけでもお腹が一杯になりそうですから」
朝霧の大人の対応を見ながら結月は、吹き出しそうになった。
──敬語なんて使っちゃって……。
まるで目線は母親だった。
そうこうしている間に、料理が机に置かれる。「いただきます!」という声と同時にその場の全員が一斉に食べ始めた。
「……それはそうと結月」
重信が口を開く。その重く真面目な声に朝霧の食べる動作が思わず止まってしまう。が、結月と朝霧以外は全く気にせず料理を食べまくる。
「あの男は今どこに?」
「お父さんなら音信不通。どこにいるかなんて、分からないよ」
「……そうか。ワシはな、あんな男が娘の父親などと考えたくもない。あんな実験にも反対じゃった」
「お、おじいちゃんったら、友達の前で……」
「いつかあの実験の被験者になったことが辛く思う時がくる。そのとき、結月が現実に悲観するかもしれんというのが一番心配なんじゃ。だから、これだけは覚えといて欲しい。いつでもわしら二人は、お前の味方じゃ。辛くなったらこの家に来い。いや来てくれ」
結月は一瞬俯くが、すぐに重信のほうに向きなおり「わかった」と笑いながら答えた。




