【第33話】お金持ちなら幸せなのか?
朝霧は、ビル街が第三特別区とは違う人の活気にあふれたものだと思った。
第三特別区は、特別区という名に相応しいほど研究施設や科学施設が乱立している。そのためか、そのビル街に活気というものはなかった。
──が、ここは違った。何メートルごとかに立つポケットティッシュを配る店員、呼び込みの店員、チラシを配る店員。多種多様な係の人間がその店の前に立っている。それは、無機質で生活感のない第三特別区とは百八十度違うように感じた。
そんな大通りをとことこ歩くこと数十分。気がつけば小道となっており、辺りも畑だらけという場所にたどり着く。
「桜新町ってこんな田舎じみてたっけ?」
「田舎で悪かったわね。まぁ……都市開発が進んでるのは駅周辺だけ。こっち側は駅周辺が嘘みたいに思えるほど、ローカルなのよ」
──いや、さすがに限度ってもんがあるだろ。
そんなことを考えながら、朝霧は結月の後をつくように歩き続ける。
畑からは虫や蛙の鳴き声がいたるところから聞こえてきた。後ろを振り返ると、都市部の明かりがうっすらと見え、幻想的に見える。丁度、大きな月が、都市部の真上に登っているのもまたキレイだった。
そこからさらに歩いたところで、ようやく小さなバス停が見えてくる。それは本当に小さなバス停だ。時刻表が貼りつけてある棒は、今にも折れそうで錆びついている。待合席のような申し訳程度の小屋も、屋根に穴が空いていた。
結月は時刻表を見に、走って行く。
「えーと……釜本村行きのバスは……ラッキー! あと三〇分でくる!」
結月のそんな声が聞こえた瞬間、そこにいるほぼ全員の脳裏に「冗談だろ……」という言葉が浮かんだのは、言うまでもない。
こんな何もないような所で、虫や蛙の声を聞きながら三〇分も待つなど、拷問以外のなにものでもないだろう。
だが、結月はそんなことを全く気にしない様子で、待合席となっている小屋へ入り、ベンチのようなイスに座った。それにつられて、黒崎と海龍も結月の右隣に、つらなるように座った。朝霧も結月の左隣に座り、ファンを自分の膝の上に座らせた。
「……にしても意外だな」
「何がよ」
「だってお前んち金持ちじゃねーか。それなのにじいちゃんばあちゃんは、庶民的っつーか……」
結月の家は金持ちだ。なにせ黒崎学園に入ると決まったとき、親が学寮に住ませるのは心配ということで、学園の近くに結月の家を建てたくらいだ。
これほどまでお金持ちというのは、みんなの憧れの対象と言っても過言ではない。
だが、質問を受けた瞬間結月の顔が少しこわばった。それは、隠していたことがバレたような顔のようにも見える。
「……私のお父さんが学者でさ。ある発明品でお金持ちになったんだけど──」
「良いな~。俺も金持ちになってみてーもんだ」
羨ましい思いでそう言う。金銭的に問題があり、その日の夕飯さえ危うい朝霧にとっては、とても羨ましいものだ。
だが、結月は少し変な顔をする。なんというか文句ありげな顔を……。
結月は言う。
「お金持ちで幸せな事なんて、無いよ?」
その一言に朝霧は何を言えば良いのか分からなくなった。
──金持ちということでイジメられてたとか、そういう感じ?
──いや、こいつの場合それはないか。
──でもイジメが原因でこんな性格になったとか?
──んー……それとも他になにかあったのか?
いろいろなことが頭の中を巡った。が、それでも、なにか開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったという事実だけは、朝霧にも次第に分かった。
「ご、ごめん! 下手なこと言っちまって……」
「あ、謝らないでよ。昔のことだし……。それより……なんで私がこんなに身長が低いか、気にならない?」
朝霧は、少し結月の言ってることが理解できなかった。
身長のこと。確かに結月は、同年代では有り得ない小ささを誇る少女だ。だが、それが金持ちと何か関係があるのだろうか?
そんなことを考える朝霧に対し、結月は恐ろしくなるほど真剣な顔つきで、話し出す。
気がつけば月は雲に覆われ、虫も蛙も泣き止んでいた。




