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【第29話】記憶

 と、そこで朝霧達の緊張がやっと解れる。朝霧は、シュルシュルと、身体から力が抜けていくのを感じた。

 と、そこでヴィシャッブ達の存在に朝霧は気がつく。


「ヴィシャップさん……」


 ビーチにはヴィシャップとアデスが並んで立っていた。こんな真夏の日差しの中、長い黒のコートを来ているなんて、暑くないのだろうかと思う。


「──あのときのっ!!」


 ファンが黒崎の背後で立ち上がりヴィシャップを睨む。今までの震えはなんだったの? という感じに少し朝霧は戸惑った。

 いやその前にヴィシャップさんは家臣じゃ──、


「ファン。ヴィシャップさんはお前の家臣なんだ。そんなに警戒するな」

「かしん?」

「お前は記憶を失ってるから憶えてないだろうがヴィシャップさんもアデスさんも竜王の家臣。つまりお前の味方なんだって。……って、この説明であってますよね?」


 朝霧が少し頼りなさそうに訊くと、アデスが少し呆れながら頷いた。


「で、でも。はやて襲われて……」

「その被害者がこう言ってるんだ、間違いないだろ?」


 ファンは少し疑うような顔でヴィシャップをジロジロと見る。するとヴィシャップがファンに向かい歩いてくる。


「先日はお騒がせしました。あのとき、天界に戻ってから渡そうと思ってたモノの忘れていまして、これなのですが」


 ヴィシャップは、青いキラキラとした宝石が埋め込まれたペンダントをファンに渡す。青く煌めく宝石は、朝霧にサファイアを連想させた。


「竜石……?」

「竜石ってなんだ?」


 朝霧がファンに問う。

 その竜石というものは、どこからどう見てもただの宝石にしか見えなかった。竜というものに疎い朝霧からすれば尚更そのようにしか思えない。


「竜石っていうのは、お願いを1つ叶えられる石なんだけど……どこでこれを? というかなんで私に?」

「黒龍の屋敷の保管庫からこっそり盗み出してきました。さすがにすべての竜石を盗むことは無理でしたけどね。まぁそれはともかく、この竜石の価値はファンロン様が一番知ってるはずです。これを差し上げるのが、私どもが家臣だと信じてもらうのに一番手っ取り早いかと思いまして」

「……分かった、信じるよ。けど黒龍って誰?」

「…………。それは今は知らなくても良いでしょう」


 ヴィシャッブは、ファンに父を殺されているという記憶を思い出させないようにそう答える。

 と、その頃朝霧は『願いを叶えるってランプの魔神か?』という疑問を頭に浮かばせていた。

 それと同時に『でもランプの魔神って願い3つだよな~』なんていうどうでもいいことも考えたりする。

 ん? てかそんものがあるなら……。


「んなもんあるなら黒龍やらを殺せたりできねーのか?」


 そうだ。わざわざ真っ向勝負する必要なんてない。ていうか俺が契約した必要もない気が……。

 が、ファンは出会ったときに見せた人を小馬鹿にする目で朝霧を見てくる。


「まぁはやては知らなくて普通なんだけど……命を奪う、とか、竜の性質を無視した願い、とかは無理なんだよ」


 なるほど。だからわざわざ契約やらなんやらが必要なわけか。


「でもよ、それならファンの記憶は元に戻るんじゃね?」


 そう、そうすれば家臣のこともすんなり受け入れられる。つまりヴィシャップやアデスとの思い出も蘇るはずだ。

 そんな朝霧の考えに反して、ファンはあまり乗り気ではないようだった。いや、むしろそんなことをしたくないような雰囲気を醸し出している。

 ファンは言う。


「ねぇ、記憶がなくなったのって、それだけ辛いことが私の身に起きたってことだよね?」

「あ……」


 ファンの過去──。

 それは竜王であるお父さんを亡くしたというもの。そんな記憶を掘り返してしまうのは、ファンにとって一番辛いはずだ。

 ──というかヴィシャップさんがそれを思い出させないために気を使ってたんじゃ。

 朝霧は悔やみながら、そーっとヴィシャッブを見る。と、あからさまにこちらを睨んでいた。

 ……ヒッ!


「ヴィシャップだっけ?」


 ファンの声が海岸に響く。ヴィシャップの身体を刺すような目つきが、柔らかく誰をも癒やすような目つきになる。あまりの様変わりに朝霧はまたも背筋を凍らした。

 そんな朝霧をよそにファンは言葉を続ける。


「あなた達が私の家臣ということは信じる。いや家臣とか正直、信じがたいけど。でもさっき、はやて達のことを助けてくれたし、こんな大切な竜石モノまでくれたし。だから私、あなたたちのこと信じるよ」


 ファンは、今までの敵対心丸出しの態度から一変しヴィシャップ達にそう言う。


「だからこの竜石は違うことに使わせてもらうね」


 そして、ファンは強い意志を持った目でそう言った。ヴィシャップは一瞬ドキッとする。

 なぜならまるで、あの夜の朝霧と同じような何かが、ファンの目に宿っているからだ。

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