【第26話】海界の王の猛攻
朝霧は、呆けながら目の前に誕生した巨人に圧倒される。何よりもこれが生命体だと考えると一層恐怖心を煽られる。
──こんなもん倒しようがねーだろ!
これが朝霧の本心だった。攻撃しても再生するのがオチ。倒すには力を与えている海龍を倒さないといけない……。が、そもそも攻撃が通らないため倒しようがない。ハッキリ言ってムリゲーだ。
そんな困惑する朝霧をよそに、海界の王は、巨大な右手をゆっくりと振りかざす。天高く上がった右手は朝霧めがけて、振り下ろされ彼の身体を見事に潰す──はずだった。
パキパキ。
そんな音をたてながら巨人は凍り始め、動きが止まる。
「なんだかよく分からないけど……いくら再生ができても動きさえ止めてしまえばこちらのものよね? いい加減観念した方が貴女のためよ」
黒崎が女に向かいそう言う。
──そうか……無理に力を殺そうなんて考えなくても、動きさえ封じられれば隙ができる!
──よし、今のうちに。
朝霧は、固まった巨人の拳を真下から波打ち際へと走ろうとする。が、女はこの状況でまだ少しにやけていた。その異様な表情に朝霧は、恐怖を覚え走るのを止める。
パリン!
そんな音がしたかと思った瞬間、巨人を包んでいた氷が割れ、水の塊へと戻る。と、巨人の右手が再び打撃をし始める。
やば……。
すかさず右手の手のひらを真上に向け爆風を放出させる。が、吹き飛んだ水の破片は、直後に再生していき元通りに戻る。
朝霧は何度も爆風を真上に起こすが、幾度となく再生されるため、巨人の攻撃は止むことを知らず二回三回と続く。朝霧はそれを食い止めるのに精一杯で、巨人本体──ましてや海龍に攻撃を加えることなど不可能であった。
そのため朝霧は、海龍の立つ水柱から射出された水の飛礫に気がつかなかった。
──なっ!!
無数の水の飛礫は、朝霧の体のいたるところにぶち当たり、朝霧は痛みに耐えきれずその場にうずくまる。
「あっ……」
そのとき朝霧は、自分に巨人の打撃が迫っていることに気がつく。朝霧の動きが完全に止まった。能力を発動させようにも間に合わない。
朝霧の身体は、鈍い音とともに、水の拳に包まれた。
何秒間かの沈黙が浜辺に訪れる。
数秒が経ち、まず最初に状況を把握したのは結月だった。朝霧を助けるために動き始める。もちろん助ける術など彼女にはない。しかし動かなければ助けることなどできない。だから結月は走る。
結月が水の拳の一〇メートル手前ほどまで近づいた時だった。突然、巨人の拳がパンという音をたてて、内側から破裂した。それと同時に朝霧の体が宙に舞う。
「ハヤテ!」
結月は、思考よりもさきに走り出す。
朝霧が落ちた落下点では、ドンという音と砂煙がたった。つまり、朝霧の体は砂浜に落ちた。
と、その数秒後に結月が駆け寄る。
「ハ、ハヤテ! しっかりして!」
意識がないのか指先すら動かさない。とにかく運ぼうと朝霧の体を抱き抱えようとするが、体格差の問題でビクともしない。
結月が朝霧を運ぶなど、一般人がお相撲さんを運ぶのと同じくらい無理難題なものだ。だが、無我夢中の結月はそんな理屈に気がつかなかった。
そして巨人がまた打撃を繰り出していることにも、気がつかなかった。
──っ!!
結月が巨人の気配に気づいた時には、すでに遅かった。逃げることはおろか、迎撃することさえ不可能な距離まで拳が迫っていた。結月は歯を食いしばる。
「部位光化“腕”『龍の守護』」
が、突如目の前に現れた男が巨人の打撃を受け止めた。瞬間、巨人の腕はおろか巨人の本体そのものが崩壊した。まるでそれは、風船が破裂したかのようだった。
「な、なんだ!?」
海龍が困惑する。
それもそのはずだ。龍術魔本が厳重に保管されていた理由は、それの生み出す力の強さにある。伝承では、ひとたび龍術魔本を発動すれば、その術式を殺すことはほぼ不可能と言われている。が、結月の目の前に立つ男は、いとも簡単に力を殺した。
海龍が困惑しない方がおかしいのだ。
「貴様、ファンロン様に手を出そうなど百年早えんだよ、このくそったれが」
「て、てめぇ一体何者だ!?」
「俺を知らねーとは……黒龍会の教育も悪くなったものだな」
「……んなことはどうでも良い! さっさと質問に答えろ!」
海龍がいらだちを露わにしながらわめき散らす。それは顔が美人の分類に入る海龍には似合わないものであった。
そんな様子に結月やファンは少しビックリしたが、男は淡々と口を開く。
「……天空界王『アデス』と言えば理解できるか?」
「──ッ!?」




