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【第24話】龍術魔本

「な……ッ」


 技を防がれた朝霧は、少し呆然としていた。なにせ自分の今できる最大限の技が防がれてしまったのだ。戦意喪失してもおかしくない。が、次の瞬間の「朝霧……君?」という黒崎の声で我を取り戻す。


「な、なんだ?」

「さっきのって超能……いや、後で聞く。今はあの能力者を拘束することだけを──」


 その瞬間背中に衝撃が走る。

 銃弾のように肉を抉るような痛みではない。

 熱されるようなヒリヒリする痛みでもない。

 それは、鈍器で背中を強打したような激しい痛みであった。


「──っ!!」


 あまりの痛みに言葉すら出ない。

 腰の骨が数本折れたのではないかと錯覚する。朝霧は、そんな痛みに気を取られていたため、自分が数メートル吹っ飛んだことにも気がつかなかった。

 痛みに耐えながら起きあがろうとする。そして、後ろを振り向いた。すると、更なる追撃(水の飛礫)が迫っていることに気がつく。

 防御をとろうと両腕を顔の前でクロスさせる。

 ──くる!

 衝撃に備えた朝霧だったが、追撃が直撃することはない。そーっとクロスさせた腕の隙間から女を見る。

 が、そこには女の姿どころか青い海すらなかった。

 真っ赤なメラメラとした物がそこにはあった。まるで赤い布が風になびいているかのようなそれは、まさしく火そのもの。


「アンタ戦ってる相手に背中を見せるとかバカ?」


 声のする方向。つまり左側を見ると、結月が右手から炎を出していた。が、ただの火ではない。恐らく結月は、最高火力に近い力を出しているであろう。その証拠に水の飛礫は、一瞬のうちに蒸発している。


「は、はは……。さすがは委員長様だな。でも炎で水を消し飛ばすとか非常識にも程があるのでは……?」

「喋るのは後にして、さっさと立て! この火力維持すんのだって大変なんだから!」

「お、おう。サンキューな」


 朝霧は立ち上がる。そして、再び女の方に目を向けた。と、目の前で燃え盛っていた炎がフッと消え、青い海と女の姿が再度現れる。それと同時に水柱が迫ってくるのが見えた。

 朝霧は息を整えながら考える。無駄な思考は邪魔になるだけ。とにかく今は相手の攻撃を無効化させることだけに集中する。

 右手に力を集中させ、雷撃を繰り出す。

 前に使ったときよりも扱いに慣れてきているのだろうか。数倍強い電圧が出たことが、体感的にだが分かる。

 刹那後、雷撃は水を強引に吹き飛ばした。


「やれやれ……めんどくさい、本当にめんどくさい。そもそも契約者。貴様はなんのためにバハムートを守っているんだ?」

「あぁ?」


 水柱がもう一度、朝霧を襲う。それを先ほど雷撃で再度迎撃する。


「私には理解しがたい。人間と竜が心を通じ合うなど不可能だ」

「…………」

「なんの理由があるかは知らんが、お前がバハムートを守るということは、無駄な犠牲者を増やすことと同じだ」


 女は結月と黒崎を見ながら言う。

 女の言うことはあながち間違ってはいないかもしれない。朝霧がファンを守れば、その周囲の人間に危険が及ぶ確率は自然と高まる。

 それは、朝霧が一番分かっていることでもあった。


 しかしそれでも。

 朝霧があの日、ファンを居候させると決めたとき。あのときに宿らせた強い意志はこう言う。


「……ちげぇよ」


 そう、そんなのは間違ってる。

 確かにわざわざ知り合いを危険に晒すなど褒められたことではない。むしろ、やってはいけないことだ。

 ……けれど、そしたらこの少女はどうなる?

 この少女を危険に晒すのは良いのだろうか?


「そんなもん身勝手じゃねぇか」


 良いはずがない。

 自分と同じ境遇の……いや、なにより目の前の困ってる少女を……。そんな自分達の身の安全を確保するために見殺しにしたり、見捨てて良い理由なんかになるわけがない。


「誰かを救うために誰かを見捨てるなんて、そんな道理、俺は認められねぇ。だから俺は……全員を守り通す!」

「そんなこと……。成し遂げられる可能性が0.一%あるかも分からないことを……。よくもまぁ断言できるものだな! ファンロンの命を狙うのは私だけじゃない。私よりはるかに強い奴らは巨万ごまんといる! それでも全員を守るというのか? 今ならそこの少女二人は助けてやる、投降しろ」

「…………確かに、そうかもしれないな。0.一パーセントしかないかもしれないな。けど……0.一%の希望に。0.一%の可能性に。誰もが幸せになれる。誰もが笑って暮らせる。そんなハッピーエンドのために0.一%の賭けにでることが、そんなに悪いことなのかよ!?」


 朝霧の怒号が響き渡ると同時に火花が散る。

 朝霧の意思とは無関係に、足元から二本の雷撃が生み出される。そして二本の雷撃は、まるでそれ自体が意思を持ったかのように、女に向かって直進していく。

 が、前の攻撃と同様急に出現した水に吸収された。


「その達者な口だけは褒めてやる。だが、貴様のその決意には呆れるばかりだぞ。せっかく、無関係な少女を助けてやろうと言ったのに、残念だな。もう謝っても遅い……死ね」


 ──っ!!

 女から、ただならぬ殺気を感じ朝霧は数歩下がる。


「龍術魔本一六五条六八項。全ての生命の始まりである水よ。今その命力を解き放ち一つの生命体へと姿を変えよ。そして、我にそれを操る力を与えよ……水人間ヒュドール・アンスロポス発動!!」


 龍術魔本。

 それは、太古の昔に初代竜王が発見した古術の一つで、詠唱した竜の力を無限に引き出す性能を持ち、代わりにその竜の心を蝕む代物……。


 王国の図書に封印されていたはずなのに……なんでこの女がそれを……!?


 ファンの驚きは真っ当なものだ。なにせ記憶の大部分をなくしている少女には、王国が黒龍に襲われ、その書物が盗み出されたことなど知る由もないのだから。

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